ぼくと枇杷
ぼくの家のお庭には、太陽さんの光がたくさんあたる。
とってもあったか。
ぽかぽかで、ずっとそこに居たくなる。
ぼくの家には、一匹の犬がいる。
ぼくとおなじくらいのおおきさの、ワンワンいわないワンちゃん。
ぼくは「ワンワン」って呼んでる。
ワンワンは、ワンワンって吠えないけど。
「ワンワン」
って言うと、こっちにくるんだ。
ワンワンといっしょに、お日さまと寝るんだ。
ぼくは、ゆめを見るのがすきなんだ。
ゆめは、ぼくにいろんな色を見せてくれる。
あったかい色。
つめたーい色。
静かな色。
きれいな色。
でもね、全部じゃないんだ。
そよぐお花さん。
でも、この眼にうつるお花さんは、くろとしろだけ。
とってもきれいだけど、きれいじゃないんだ。
ぼくは、お絵かきするのがすきなんだ。
絵は、ぼくにできないことをしてくれる。
お空を描くのがだいすきで、あおいろとしろいろのクレヨンはとってもみじかい。
楽しくって、紙からとびだしちゃうこともあった。
けど、色はきれいになってく。
たのしいな、たのしいな。
ぼくの家のお庭には、一本の木が立ってるんだ。
とってもおおきいの。
お父さんよりおおきいの。
病院へいくバスより、うーんとおおきいの。
だいすきな電車より、すごーくおおきいの。
お花がわらう頃には、オレンジ色の実をつけるんだ。
たんじょうびに買ってもらった図鑑でしらべたら、枇杷っていうの。
よく、くろい鳥さんが食べちゃうけど、ぼくも食べるよ。
木のはっぱの隙間から太陽さんが見えかくれしてる。
かくれんぼ、始めよっか。
ぼくだけのパレードさ。
せかいじゅうのオレンジを、あつめたらこんなきれいな色になるのかな。
描いても描いても、この色にはならないや。
しろい鳥さんこんにちは。
ちゅんちゅんちゅん。
ちゅんちゅんちゅんちゅん。
かわいくて、手をのばす。
でも、遠くて。
触れなくて。
小鳥は呟いた。
「お前は、まだ来るべきじゃないんだよ」
ぼくは、眼を閉じるんだ。
ちいさなくらやみが、ぼくのからだに絡みついてく。
耳鳴りが止んで。
窓際にすわる、しろい鳥さんはこっちを見てる。
ふと、ぼくのてがあったかくなる。
お日さまかな? ワンワンかな?
「ケンちゃん…………?」
おかあさんだ。
でも、おかあさんの目からお水が溢れる。
後ろのドアから慌てて走ってくる、誰か。
あ、お医者さんのせんせーだ。
上を見上げると、懐かしくなるしろい天井。
おかあさんは、ぼくの小さなからだを起こして、優しく。ぎゅってする。
ぼくは、ぎゅってされるのがいちばんすきなんだ。
お医者さんのせんせーが近づいてくる。
「ケンくん、どこか痛むかい?」
ぼくは「いいえ」と答えて、さっきのしろい鳥さんをさがす。
でも、どこにもいなくて。
窓枠には、小さな枇杷の実だけがおかれていた。