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運命の人  作者: K-ey
9/91

~狂喜~

ピッピーッというクラクションの音に驚いて前を見ると

信号が青に変わっていた。

あの怪しげに光る紫色の《熟女パブ》の看板をキョロキョロと

探しながら、“昼間はなりを潜めている”繁華街の 異次元空間 に俺はいた。


あの時はもう頭の中がバラバラになっていて、只の憂さ晴らしで

この夜の街に入ったわけだが、今日はちゃんと目的がある。

【快楽】この二文字のみ。


あの商売女が俺を呼んだのだから、俺を誘惑したのだから

どうなっても仕方がない。

俺の知ったことではない。

あの女の望み通りにしてやるだけ。


まあ、もちろん、こっちだってそれなりの金を払うわけだから

それ相当の楽しみは味あわせてもらう。

フィフティー フィフティーだ。


俺は店の看板を見つけると、近くのコインパーキングに車を停めた。

ルームミラーで髪を撫でつけ、顔をくまなくチェックすると

「よし、」と言って外へ出た。


通りへ出るとサラリーマンのグループとすれ違った。

黒いスーツに黒いかばん、大声を出しながら道幅いっぱいに広がって

歩いている。

俺はすぐに目線をそらし、顔を隠した。


通りの向こう側では、若いカップルが抱きあっている。

俺はそれをチラッと見ながら、店の扉を開けた。


「いらっしゃいませー」

明らかに外の空気とは違う“異次元の世界”がそこにはあった。

案内されるがまま、少し緊張しながら鏡張りの通路の中を進んで行くと

あの女が駆け寄って来た。


「あ、いらっしゃいませ〜、嬉しい。お待ちしてましたあ。」

少し透けた生地で胸元にラメが入った水色のドレスに身を包み

胸の前で手を合わせ、黒く長い睫毛をキラキラさせて

俺を笑顔で迎えた。

「さあ、どうぞ。」

そう言うと俺の手を引っ張ってテーブルへと案内した。


「何飲みますか?」

水色の“透けた谷間”から、いい匂いが漂ってくる。

「あっ、水割りで。」

目線を顔に戻すと、じっとりとした目で意味ありげに微笑みながら

俺を見ていた。

そして女は俺から目をそらすと店員を呼んだ。


アップスタイルにしたうなじから少し出ている後れ毛が俺をゾクッとさせた。

細く長い色白の首から、いい匂いが漂ってくるような気がした。

「ん?」

女が俺の方に顔を戻すと、俺がハッとしたのを見逃さず

「どーしたんですかあ、ぼんやりしちゃって」

とからかうような言い方で俺を見つめた。

「あ、いや、綺麗だなあと思って」と俺が言うと

「んっもう、嘘ばっかり。上手なんだから」そう言って

運ばれて来た氷とウイスキーを、慣れた手つきでグラスに入れた。


カラカラと氷をかき回すと「はい」と俺の目をしっかりと見ながら

両手でグラスを差し出した。

俺はドキドキしながら、その手を覆うようにして、両手でそれを受け取った。

「んふっ、どーぞ。」

女の爪が俺の手の平をサッと引っ掻いた。俺は反射的に手を離すと

「どうぞ。」

ともう一度俺の目を見て微笑みながら、水割りを勧めた。


ゴクッと一口飲むと、まるで女が配合した“魔法の薬”を

飲まされているような感じがした。

「美味しいでしょ、私が作ったから」

ちょこっと舌を出して悪戯っぽく笑う女の目を見ると、

まるで本当に魔法にかかったように、俺は一気に残りを飲み干した。


次々に飲まされる“媚薬”によって俺は完全に自分を失っていた。


「ほら、起きて。もう、大丈夫?」

俺は肩を揺さぶられ、やっと顔を上げると目の前には“大きな谷間”が

広がっていた。

咄嗟に俺はそこに顔をうずめると

「イヤっ、もーう。だめっ。」

女が俺の顔を両手で包み込んで、そこから引き離すと

「あとで」

とまるで子供に諭すように俺の目を見て囁いた。


「ちょっとお水持ってきて、」

ハッキリとした口調で店員に告げると

「少しお水でも飲んでゆっくりして。」

そう俺に優しく言った。 俺の頭は完全に膨れ上がっていた。


「ほぉら」

俺を起こしてテーブルから引き剥がすと、俺の傍らに座り

身体を密着させて、俺の口にグラスをあてがった。

ゴクッ ゴクッと水を喉に流し込んでいると、女の胸が俺の身体にピッタリと

くっついていて、温かった。


「ほら、もう一杯」

俺に水を差し出すと、今度は太腿を密着させてきた。

俺は酔ってはいながらも、女の体温と香水の甘い香りを

しっかりと感じ取っていた。

「少し飲み過ぎたかな…」

俺はグラスを空けてテーブルに置こうとすると

女が俺の手を覆うように手を重ねて、グラスを取り上げ

「少し酔いを覚ましてから帰れば」

と上目遣いに言った。

俺はフワフワと浮いた気持ちになり、

「酔いを覚ますって?」

と白々しく女に言うと、女は

「この後、アフターしよっか。」

と誘ってきた。


グロスで濡れた唇がギラギラと光って、口だけが別の人格を持って

いるかのように思えた。


「いいの?」

俺がわざと素っ気なく言うと

「いいですよ〜、大切なお客様ですから。」

そう言って、俺の目を覗き込んできた。

俺は鼻の穴を膨らませて、傍らにいる女の肩を抱くと

「じゃあ、行こうか」とグッと力を込めた。

瞬時に、女の肌の感触が“男としての俺”の本性を呼び醒ませた。


「待ってて、」

俺の手を肩から引き剥がし、身体を離すと奥の方に消えて行った。


俺は完全に浮き足立っていた。

本能のままに、欲望のままに、俺をむき出しに出来る

これからの出来事に、胸を躍らせ舞い上がっていた。


女を待つ間に精算を済ませ、もう一度水を飲み、タバコに火をつけた。

ゆっくりと大きく吸うと 気持ちが落ち着いて色々なものが目に入ってきた。

禿げたオヤジのスケベそうな目、女の胸を鷲掴みにしてたしなめられている

サラリーマン風のメガネの男、大袈裟な笑い声で客に媚びを売る商売女の姿。

「フン」俺は鼻で笑って、タバコの灰を灰皿に落としまた一口吸った。


「お待たせ〜」

女が支度を終えて出て来た。

「行こうか」

俺はタバコを乱暴に灰皿に押し付け、水を一口、口にすると

席を立った。

女が俺の腕に手を伸ばし自分の胸に引き寄せると、俺たちは

出口に向かって歩き出した。

コツコツ と女の履いているハイヒールの音が通路に響き、

俺を高揚させた。

顔を見合わせて扉を開けると、そこにはしっかりと“現実”が存在していた。


店の外へ出ると、アスファルトの匂いや様々な生活の匂いがして

さっきまで居た場所が、いかに“異次元”だったか

ということが思い知らされた。


「ねえ、どこ行こっか?」

女がグイッと俺の腕を引っ張って、俺を再び異次元の世界へと誘い出した。









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