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運命の人  作者: K-ey
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~もう一度だけ…~

『そうだ!』俺はふと閃いた。

無理に聞き出さなくても病室の前に患者の名前が出ているじゃないか。


俺はそそくさとその場を後にし、ロビーに繋がる通路まで出た。光の差す方を見ると

ごった返す人の中からパッと照らし出されるように現れた二人の男性の姿が見えた。

一人は高校生くらい、もう一人は三十代くらいの青年だった。

二人は明らかに何か緊急事態が起こったというような面持ちでこちらに近づいてきた。

そしてちょうど俺のすぐ前まで来た時に大人の方が立ち止まり、携帯を手に

「ちょっと待って、会社からだ。」と言った。

俺も一瞬立ち止まり、やり過ごそうとその人を避けようとしたその時

「あっ、りょうくんごめん先行ってて、すぐ行くから。」

と一緒にいた男の子に声を掛けた。


『⁈りょうくん…涼子さんの子供の名前は確かにりょうくんだったはず…』

俺はゆっくりその男の顔を見た。大人の方のその男は俺に気づき軽く会釈をして

人のいない通路の端によけて話し始めた。

『この男は?…』

俺は頭が真っ白になった。様々な人がごった返すこの空間でたった一人隔離された

ような気がして身動きがとれずにいた。

『子供も公認の中なんだね…』

俺はとうとう深い深い海の底に沈んでいったガラス瓶のように、もう二度と明かりの

見えないところに着地してしまっていた。



俺は翌日から院内を回り始めていた。病室の表札を見れば彼女の居場所がわかると

考えたからだった。ゆっくりと一つ一つ他人の目を警戒しながら確かめて回った。

三日後、売店の前で俺はやっと彼女を見つけた。

車椅子に乗った女性を介助する男性に出くわしたのだ。車椅子を押すその男性はこの前

廊下ですれ違った、りょうくんと一緒にいた男だった為、車椅子の女性が涼子さんだと

すぐに分かった。

都合よく売店の前で足を止め、買い物を始めたので俺はゆっくりと観察することが

できた。彼女に目をやると彼女は眼帯をしており、見たところ他に傷はなさそうで、

「何か飲む?」

という男の問いかけに

「オレンジジュース。」

と答えていた。


買い物を終えた男が彼女にジュースの缶を握らせてこっちを向いたその時、俺は男に

話し掛けた。

「ご夫婦ですか?」

男は一瞬驚いた顔を見せたが俺が患者だと分かると

「あ、いえ、まだ…大事な人なんです。恋人なんです。」

と穏やかに答えた。

「…そうですか…羨ましいですね、俺はそう長くは生きられないんです。だから…」

俺が彼女に視線を送ると男はハッとした表情になり、同情するような顔で

「彼女ちょっと目が…今はちょっと見えないんです。」

「見えない?」

「ええ、でも先生が希望はあるって…角膜を提供してくれるドナーさえ見つかれば

また見えるようになるって。今は90%以上ほとんど問題ないっておっしゃって…

だからそれを信じて待ってるんです。だからあなたも…」


「本木さん⁈」

不意に誰かに呼ばれる声がした。

「本木さん先生がお呼びですよ、」

その時ジュースの缶を床に落とす音がして俺はハッとしてすぐさま彼女の方に目を

やった。すると彼女は唇を震わせ探るように首をかしげていた。

俺はすぐに缶を拾うと彼女の手に握らせ

「心配しないで、きっと助かりますよ…」

と声を掛け、その場から立ち去った。

「たつやさん…?」


俺は胸がはちきれそうな思いでエレベーターに乗り、最上階のボタンを叩いた。

「どうして…どうしてこんな…」

エレベーター内の鏡に映る自分が憎くて俺は何度も自分に拳を叩きつけていた。




「私見たんです。」

俺が余りにも常軌を逸した風でいるのを目撃した女性が、病院のスタッフに通報した

らしく、俺はすぐに駆けつけたスタッフによって保護され病室まで連れていかれた。

「…落ち着いてくださいっ、お身体に障ります!」

「どうせ死ぬんだからいいだろっ、俺は…俺は…俺なんかどうせ、」

興奮状態から抜け出せない俺に医者は鎮静剤を投与した。だんだん無気力になっていく

自分に俺は自分が情けなくて涙が溢れてきた。


「達矢さん、また明後日必ず来るから。待ってて、いい子にしててよ。」

遠くなる意識の中で彼女の声がこだましていた。





夜が明けて、何も聞こえない狭い廊下を俺は一歩一歩引きずるようにして歩き、やがて

屋上手前のテラスまで辿り着いた。

高いところに吹く風は地上のそれとは違って実に無機質だった。

隣接する建物に真っ白なシーツがバタバタと大きな音を立てて風に煽られていた。

気づいていたのに…涼子さんは許しても神様は決して許してくれないことを…

俺は目を閉じて考えていた。今まで自分がしてきたこと。好き勝手に他人を苦しめて

他人の家庭をメチャクチャにしてきたこと、女をもて遊んで、挙句の果てに授かった

生命も自分勝手に抹殺してきたこと、面白おかしく私腹を肥やしてきたこと…

そして何より、大切な人を悲しめ、貶めた罪はあまりにも大きく、その代償は計り知れ

ないということを…。


俺に未来があるのか?ならば最後にせめて善人として死にたい。俺にできることといえば

彼女に幸せな人生を全うさせること…それしかもう彼女を幸せにする方法は今の俺には

残っていなかったのだった。



そうと決まれば一刻を争う事態に手をこまねいていることはできず、俺は早速、覚悟を

決めた。【臓器提供意思表示カード】に眼球提供の意思表示をした。更に“この病院に

入院する 橘 涼子さんに角膜を提供する”という一筆を添えて肌身離さず持ち歩くことに

した。

『これでいつでも大丈夫だ。』

俺は自分でもこんなにも気が休まるとは思ってもみなかった。


胸のつかえが下りた俺は病院内を歩き始めた。後はどうやって死ぬかが問題だった。

「おじさん眠くない時はどうするの?」

今ではお気に入りとなったテラスのベンチに座って考えを巡らせていると頭に包帯を

巻いた男の子が話し掛けてきた。

「ん?…そうだなーおじさんは…」

そこまで言うとこの前興奮状態に陥った時に使われた鎮静剤のことを思い出した。

『そうだ睡眠薬を使えばいい!』と閃いた。

「眠れない時は無理に眠ろうとしないでただ横になってればいいんだよ。」

俺は男の子にそう言って腰を上げた。


睡眠薬…それがいい。これで準備は整った。

でも…やっぱりもう一度、もう一度だけ彼女に逢いたいな…

もう一度だけ逢って俺の人生を終わりにしたい。そうすれば俺の人生はもう本当に幸せ

だったと言うことができる。

最後にもう一度だけ…逢わせてください。神様…どうか…お願いします。







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