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運命の人  作者: K-ey
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~面影~

「え?」

「今帰るからね。」

その後すぐに電話は切れた。

ひかるくんの声でも、もちろん平井さんの声でもなく、でもその声を聞いた途端に私は

ハッキリと思い出してしまっていた。記憶の奥の方にしまってある、確かに聞き覚えの

あるあの声を。

『達矢さん…』

確かに達矢さんだった。







「よく聞いて下さい、奥さんの命は持って半年。お腹の中にいるお子さんも無事に出産

できるかどうか…非常に危険な状態です。」

担当の医師は表情をひとつも変えることなく淡々とそう宣告した。

妻の出産予定日は“こどもの日”だった。

病院の階段をゆっくりと降りながら俺は目の前が真っ暗になった。『神様はやっぱり

いたんだ…。』俺は思わずフッと笑った。そして笑いが止まらなくなった。何も悪くない

涼子さんを好き勝手に苦しめてあんな風に裏切って、それでも彼女は俺のことを一度も

責めたりしなかったのに、それなのに…俺が神だって?結局誰も救ってなんかいない、

妻でさえも。今までさんざん人を苦しめてきたことの罰が今襲いかかってきただけ。

『悪魔だよ悪魔。』神様は涼子さんを助けたんだ、俺といると不幸になるから。

それでいいんだよ。さすが本物の神様だよ。それが正しい。

俺はふらふらになりながら何とか病院の出口まで辿り着くと天を仰いだ。



幾重にも重なる雲の隙間を月が泳いでいた。人々が寝静まった暗闇の中でも悠然と

そこに存在していて、動くたびに雲の色を白やオレンジに怪しく変えていた。



『ひかるくん‼︎』

私は心の中で彼の名前を呼んだ。怖くて、またあの時の自分に戻ってしまうのでは

ないかと不安になって携帯電話を握り締めたまま目を閉じていた。こんな時間に迷惑だ

と何度も思いとどまろうとしたが、不安に押しつぶされそうになって耐え切れなくなり

とうとう電話をしてしまった。

「…もしもし」

「どうしたの…橘さん?」

彼はいつもよりも低い声で電話に出た。

「…もしもし、」

「橘さん、…どうしたの?」

「ひかるくん…ひかるくんごめんね、声が聞きたくなっちゃって…」

私はそこまで言うともうそれ以上何も言うことができなくなって黙っていると

「橘さん何かあったの?」

とひかるくんが言った。

「…ううん、ただ声が聞きたくなっただけ。ごめんねホントこんな時間に。」

彼を近くに感じていたくて私はずっと電話を強く耳に押し当てていた。

「それは全然いいけど…」

「…もう大丈夫。ありがとホント。ごめんねこんな時間に、もう寝るね。」

「え?うん…」

「おやすみ。」

私は電話を切ると深呼吸をした。




今日はこの前、平井さんから頼まれていた絵のモデルをやる日で、彼の店の定休日と

私の公休日が重なる為、午後から会うという約束になっていた。

平井さんとの待ち合わせ場所は普段彼がアトリエとして借りているマンションの一室で

隣の部屋は英会話スクール、そのまた向こうは一般の企業が事務所として使っていると

いうことで、私をそれを聞いた上で今回の件を引き受けていたのだった。


ドアをノックすると「どうぞ、」と平井さんが現れた。少し緊張気味に部屋の中を

キョロキョロと覗きながらと中へ入っていくとデッサンや油絵、水彩画など沢山の絵が

そこには溢れていた。

「うわぁ…」

さながら展示会場のような雰囲気に圧倒され魅了されていると、平井さんはその様子を

見てクスっと笑った。

「まだまだだけど一応頑張ってます。」

「趣味があるってホントいいですね。」と私が言うと

「まあ。」と笑った。

そして勧められた通りに部屋の真ん中に置いてある椅子に座り、緊張気味に平井さんの

方を見た。

「そろそろ始めてもいいですか?」

「あ、はい。」

平井さんはスケッチブックを開くとおもむろに描き始めた。

鉛筆が紙を撫でる音と平井さんが時々私の方を見るその間合いが私をドキっとさせた。

「あの、ちょっと怖い顔になっちゃってますよ、リラックスリラックス。」

そう言うと平井さんは立ち上がりどこかに消えたと思うと間もなく音楽が流れてきて、

その場の雰囲気が和やかになった。

「緊張しますよね。」

平井さんはそう話しかけると穏やかに笑った。


私は彼と相対している間中、ずっと思っていた。『この人誰かに似ている…』

平井さんの目線をかいくぐり私は密かに彼を確かめていた。目から鼻、口…と順に目で

追って、そういえば声も…どこかで聞いたことのある声…

「橘さん、そろそろ休憩でもしましょうか?コーヒーでも淹れてきますよ。」

「あ、はい。」

私はその声にハッとして、頷いた。


待っている間に部屋を見渡した。その中に何かキラキラと光るものが見えて、吸い寄せ

られるように近づいていってみると、それは天の川の中に花がたくさん咲いている絵で

思わず見入っていた。

「それ、銀河鉄道の夜を読んだ後に描いた作品なんですよ。」

平井さんが後ろから声を掛けた。

「あの、とても綺麗ですね。」

「星、好きですか?」

「好きです。ほら、あの、今日もイヤリングしてきたんです、星と月の。」

私はイヤリングを揺らしてみせた。

「そうなんだぁ…あ、こちらへどうぞ。」

平井さんはコーヒーを片手に私を促した。


「プレゼントしますよ。」

「え?」

「あの絵、橘さんにプレゼントします。」

「でも…」

「好きな人に持っててもらうのが一番だから…橘さんは何か入れますか?コーヒーに。」

「私はミルクだけ。砂糖は入れないんですけどミルクは多めが好きなんです。」

「ふぅん、俺はブラックで。」

私は平井さんの顔を見つめた。

「どうかしましたか?」

「あ、いえ。別に…」

私はこの人の中に、あの人を見い出していた。背格好や声があの人に、そういえば

どことなく似ていたのだった。


私はすぐにカップに手を伸ばしコーヒーを口にした。そしてもう一度ゆっくりと

平井さんの顔を見つめ直した。次の瞬間、手が滑ってコーヒーカップを倒してしまい、

あたふたしていると

「大丈夫ですか?火傷しませんでしたか?」

平井さんは心配そうに私の顔を覗き込んだ。ほんの数秒目が合ったその瞬間に私の中に

あったあの人の面影と完全に重なってしまっていた。達矢さんと…。私は動揺を隠せず

「あの私、失礼します。ごめんなさい、急用を思い出しちゃって」

そう言ってそそくさと立ち上がった。

「ちょっと橘さんっ、どうしたんですか?大丈夫ですか?」

平井さんは慌ててそう声を掛けたが、私はもう居た堪れなくなってその場を追われる

ように部屋を後にし、急いで車に乗り込むと急発進させた。


私の記憶の中からいなくなっていた筈の彼の存在がまた蘇ってきていた。

“達矢さん”という言葉の動きでさえ唇が忘れていた筈だったのに…。


私は目を閉じた。

「大丈夫ですか?」

その声がぐるぐると頭の中を駆け巡っていた。

あの人の、声が。






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