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運命の人  作者: K-ey
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~光と陰~

「じゃあそろそろ行こうか、今度は橘さんの番だから。」

「え?」

「約束してただろ凧揚げ。海に寄って行こうよ、この後。」

「え、いいの?」

「もちろん。海浜公園で凧揚げしよう。」

「ヤッター」

私はふざけて彼の脇腹をくすぐると

「やめろよ、やめてくれ。弱いんだよそういうの〜」と

顔を真っ赤にして身をよじった。



春の日差しとは思えない程の眩しい光が辺り一面を照らし出して、一足早い夏の匂いを

感じさせていた。


凧は風に煽られてグングン空へと伸びていき、青空へ吸い込まれていった。余りにも

勢いよく凧糸がスルスルと天高く伸びていってしまうので、まるでそのまま自分まで

空へと持っていかれてしまうのではないか、という不安感に襲われ

「ヤダもう交代して〜早く早く、」と言うと

ひかるくんは声を上げて笑い、私の慌てぶりを楽しんでいるように見えた。

「も〜ヤダ、早くっ」

余りにも私が必死に言うので彼は

「ほら、貸してごらん。」

と言って素早く糸を受け取った。

上空の風に煽られて八の字を描きながらもまた再び安定して悠々と空に浮かんでいた。



「いや〜やっぱ面白いなぁ。凧揚げなんて久しぶりだよ、子供の頃にお兄ちゃんと

やったきり。」

ひかるくんは長く伸びた凧糸をぐるぐると巻き付けながらポロっと口にした。

「ねぇ、ひかるくんのお兄さんて何歳?」

思い切ってそう尋ねてみると、ひかるくんは困ったようにしばらく考えた後

「俺のお兄ちゃんはもう、この世にはいないよ。」とやっと重い口を開いた。

くるくると一定のリズムで手を動かしながら自分の気持ちを手繰り寄せるように

目線は地面に向けられたままゆっくりと語り出した。


「俺のお兄ちゃんは死んだんだよ、事故で。」

私は聞いてはいけないことを聞いてしまったそのフォローをしようと

「…でも」

と言い掛けると

「俺のお兄ちゃんは優等生だったから、あんな厳しい教師の親父に可愛がられて、

期待されて、とにかくすごかったよ。」と

私の言葉を遮って、まるで何か覚悟を決めたように思いを吐き出し始めた。

「俺はお兄ちゃんとは全然違って、頭も要領も良くなかったから…いつも空回り。でも

友達とはうまくやってたし楽しかった。お母さんはそんな俺を分かってくれていつも

優しくしてくれた。だけど親父は、出来の悪い俺に見向きもしなかった。ろくに話も

聞かずただ適当に相槌を打つだけで、俺のことなんてどうでも良かったんだよ…」


ひかるくんは巻き終えた凧糸をしっかり結びつけるとやっと私の方を見た。

「親父はお兄ちゃんが事故死した後まるで別人のようになっちゃって、抜け殻っていう

のかな…そして、そして…」

ひかるくんはそこまで言うと私から目線を外し、振り絞るように

「ある時言ったんだよ…俺に、『お前が死ねば良かったのに。』って…」

そう言うと目を伏せた。

私はそんな寂しそうなひかるくんを目の当たりにして、いよいよ堪え切れなくなって、

思わず彼を抱き寄せると

「辛かったね。」と言った。


彼は小さく震えていた。

ひかるくんはお父さんの余りの変貌ぶりに耐え切れず、傷ついて、その後、家を

飛び出したんだと話してくれた。

『男の子だって泣いてもいいよ。いっぱい我慢してきたんだから…』

私は心の中でそう呟きながら彼の頭を撫でていた。

“いつかは私のことも話さなければならない時が来る”と少し臆病になりながら私もまた

彼に抱きしめられていた。





髪を切りに行ってからもう一か月が過ぎた。今日は平井さんの美容室に予約を入れて

ある日だった。

『どんな髪型にしようか…』と鏡の前でチェックしていると

「一か月でもうこんなに伸びますかねえ…」

平井さんは私の髪をチェックしながらしみじみ言った。

「それで今日はどんな感じにしますか?」と

聞かれたが私自身それ程こだわりがない為、いつまでも考えがまとまらないでいると、

空気を察した平井さんの方から提案をしてきて、結局お任せすることになった。


「平井さん忙しいでしょ、いつ絵を描いてるんですか?」と尋ねると

「でも好きだから時間は何とか都合つけてますよ。さすがに寝るのは2時、3時になる時

もあるけど…」と苦笑いした。

よく聞いてみると絵は独学で、高校生の頃から描き始めたということだった。

「今度きちんとモデルになってもらえませんか?見ながらじっくり描きたいし。」と

シャンプーをしながら頼まれた。

「え?私なんか…」と躊躇すると

「人物画が好きなんですよ。他に頼む人もいないし…」と言われ

「まあ私で良ければ…」と承諾した。


『この人やっぱり笑顔がいいなぁ。』

私は何気ない会話の中で時折見せる彼の笑顔に感心していた。そして話の内容や相槌の

打ち方、話し方、驚くほどシンクロする好きなことについて、心を動かされていた。


「じゃあ次は何日がいいですか?」と

聞かれ次の予約を入れ、帰った。

車に乗り、ハンドルを握ると『このまま一カ月ごとに会うスタンスがもう出来上がって

いるんだなあ。』とふと思った。そう考えると何か不思議な感じがした。





いつも通るマンションの脇に植えられているハナミズキは、一年前とはまるで違って

見えた。

うすピンクや白い花が可憐で、いつもならそこを通るのが待ち遠しかった筈なのに

今年はさほど目に入らず、印象にも残らなかった。


遅番勤務を終え、まだ誰もいない真っ暗な部屋に灯をつけた。部屋着に着替えようと

ブラウスのボタンに手をかけた時、電話の音が部屋中に響いた。

「もしもし」

「……」

「もしもし?」

「……」

「あの、どちら様ですか?」

そう尋ねると、電話は切れた。

誰からかかってきたのかとすぐに液晶画面を覗き込むと【非通知】だった。

あまり気持ちのいいものではなかったが、別に今回が初めてというわけではなかった

ので、そのまま一旦は忘れてすぐに夕食の準備に取り掛かった。



夕食を終え、片付けをして、“さぁ寝よう”と部屋の灯りを一つ消した。いつものように

アロマオイルを手にマッサージをしていると突然、暗闇に電話が明るく光った。

“誰だろう?こんな時間に”そう思いながら受話器をそっと耳にあてた。

「もしもし…」

「……」

「…もしもしっ?」

すると少しの沈黙の後で声が聞こえた。

「今、帰るよ。」


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