~再び~
雷鳴がした。
こっちの半分は明るく向こうの半分は真っ暗で、まさに明と暗を分けるような出来事
だった。
俺は突然、地方に飛ばされた。今まで好き勝手にやっていたことが会社にバレて左遷
されることになったのだ。俺がまだ駆け出しの店長の頃からいつも側に置いて可愛がっ
てきた後輩の杉崎が、俺が行ってきたすべての悪事を会社に密告したのだ。
時給を上げてやったのも俺、チーフにしてやったのも俺、個人的にも色々と便宜を図っ
て面倒を見てきてやったつもりなのにそれをアイツはいとも簡単にその恩を仇で返しや
がった。
店の金で女を囲っていたこと、トイレに隠しカメラを置いていたこと、チンピラを雇っ
て小遣い稼ぎをしていたこと…俺が会社に知られては困ることの全てをチクリやがった
んだ。本部からの通達で俺とアイツの立場が真逆になったと知ったその日に
「先輩ご苦労様でした。これからはのんびりしていて下さいね、後は俺に任せて。」と
杉崎から電話があった。俺はすぐさまアイツのいる店に行って二階に駆け上がり、
店長室のドアを思いっきり叩いた。しばらくすると
「先輩、ちょっと待ってくださいよぉ今忙しいんすよ、やることが山盛りで」と
薄笑いを浮かべながらドアを開けた。
「先輩に俺の下で働いてもらうのはさすがに気が引けるので、それだけは許してやって
くださいって、本部の方にお願いしときましたから…今までお世話になったんで、」と
言いながら椅子に腰かけると俺の目をギロッと見た。
「てめえ…」
「おっと、先輩これからは役職名で呼んでくれなきゃ困りますよ。あ、でも先輩とは
会えなくなるんですよね、地元に帰られるんでしたっけ?よかったじゃないですかぁ
これからはご家族でのんびり過ごされれば。ちょうどいいですよね、もう過去は切り捨
てて再出発。まぁ頑張ってくださいよ。」
そう言うとまた立ち上がりドアに近づきドアノブに手をかけると「どうぞ。」と言って
ドアを全開にした。俺は怒りに震えながらゆっくりとそこまで辿り着き、ヤツの前で
立ち止まり顔を睨むと、ヤツは顔をドアの外に向けて無言で“行け”と合図をした。
俺は茫然自失でやっとドアの向こうに出るとヤツは何も言わずドアをバタンと閉めた。
「天罰なんだよ天罰っ!」
ボーっとしている耳にそう聞こえたような気がした。
〈今、虹がかかってるよ。〉
私はひかるくんに写真を送った。
空が急に暗くなって風が強く吹き始めて“これは怪しいぞ”と雲の動きを注意していると
みるみるうちに雲が分厚くなってきて稲光が黒い雲の間を走った。
窓ガラスに打ち付ける雨粒が次第に大きくなり、風がガタガタと音を立ててその存在感
を見せつけ始めると私はいよいよ窓の外に目が釘付けになった。
自転車に乗った人は顔を下にして必死にペダルを漕いでいて、車に乗った人はどこか皆
焦っているようにも見えた。
そうこうしているうちに、あっという間に空は明るくなり虹がかかった。濁った灰色の
雲に透かして見える七色の虹。徐々に色が鮮明になり興奮気味に家の中を右往左往して
いるとそれはやがて二重になった。
『良いことの前触れかも⁈』そう思うと居ても立ってもいられずこの興奮を伝えたくて
抑えきれなくなると再びひかるくんに写真を送った。
〈良いことが起こるかも⁈〉
すると間もなく
〈良いことが起きるよきっと‼︎〉
というメッセージとともに写真が送られてきた。
『彼も見ていたんだ、同じ虹を。』そう思うと余計に嬉しくなった。
「今度一緒に行ってもらいたいところがある」と以前ひかるくんに言われていたことを
思い出し、その話を切り出した。ところが行き先を尋ねてもいいようにはぐらかされて
ちゃんと教えてはもらえず、それでは何をしに行くのかとその目的を尋ねてもこちらも
ハッキリとしたことは何一つ教えてはもらえなかった。とにかく“朝早く出発する”という
ことだけは明確になって、出掛けることになった。
当日、2時間掛けて辿り着いた先は、一般の人も参加できるコースがあるサーキット
だった。
私が、見たことも無い風景に圧倒されていると
「俺、スピードが好きなんだよね。」と
ひかるくんは照れくさそうに言った。そして
「ちょっとエントリーしてくる、」と言うと車を出て駐車場を歩き出した。
周りを見渡すと目的を同じとする人たちが続々と集合してきていて、何も知らない私は
まるで借りてきた猫のようにシートに座ったままでいた。
少しして手続きを終えたひかるくんが戻ってきて
「もうシートベルト外したら…」とボーっとしている私を見て気遣った。そしてその後で
「俺が走るところを見ていて欲しい。」と興奮気味に言った。
それから少し車の中でくつろいだ後
「ちょっと見に行ってみない?」と誘われ、知らない世界に来て少し戸惑っていた私
だったが、頑張って外に出てみることにした。
最初は大きな音とタイヤの匂い、何よりそのスピード感に臆病になっていた私だったが
ひかるくんに手を引かれ少しずつ前に出ていくと、だんだんその場の雰囲気にも慣れて
きた。それでもコーナーのところで、積まれているタイヤに車がぶつかると、怖くて
つい後ずさりをしてしまうと彼はすぐに「大丈夫?」と言って前に出て、身を挺して
気遣ってくれた。
しばらくすると、もう間もなくしてひかるくんの走る順番が来ることをアナウンスが
知らせた。それを聞くとひかるくんはソワソワして
「じゃあ行ってくるから、見ててね。」と目を覗き込み
「気をつけてね。」としか言えない私に
「大丈夫だよ、頑張るから。」と言って手をぎゅっと握った。
いざ始まるとひかるくんはコーナーのタイヤに何回か接触して私をヒヤリとさせた。
頑張って欲しいけどやっぱり怖くてドキドキしながら、目の前を何度も通り過ぎて行く
彼の車を、手に汗を握りながら見守っているとようやく終わってくれて、ひかるくんが
戻ってきた。
「どうだった?二回もぶつかちゃったよー。」と
髪を直しながら照れくさそうに顔を真っ赤にして歩み寄ってきた。
そんな彼の顔を見た途端なんだか泣きたくなって思わず涙ぐみながら側に行くと
「どうしたの?泣かないで。」と私を抱き寄せた。
「俺の好きなものを知っていて欲しかったんだぁ。これとあともう一つ、もう一つは
前に橘さんに知ってもらってある。俺、仕事も趣味も一生懸命やるから、見ていて
欲しい。」
そう言うと私をぎゅっと抱きしめた。




