~新しい風~
彼も同じ気持ちでいるのだろうか?必要以上に気取らなくても自然体でいられて
お互いに楽しくなれる。この相性の良さをどんな風に感じ取っているのだろうかと
彼の笑顔を見ながらふと思った。
「…あ、ねえ、今日ね職場の備品が無くなってて、ちょっと気持ち悪いねって仲間と話し
てたの。」
「えっ、無くなってたって盗まれたの?」
「うん、たぶんそうだと思う。営業時間中に外に出してある備品なんだけど…しかも
小さな物じゃなくて人目につくかなり大きな物。」
「ん〜なんかイヤな感じだなぁ…」
「前もねあったの。嫌がらせっていうかコーヒーの空き缶が置きっぱなしにしてあって
朝、職場の入り口の真ん前にポンっと置かれてあったの、目のつくところに。しかも
何日も続けて…なんか少し怖いなぁって。」
「う〜ん、それはちょっとおかしいなぁ。気を付けた方がいいよ。」
ひかるくんは真面目な顔をした。
「あっ」
ひかるくんは思い出したように急にごそごそと腕をまくり、左手首につけていたアクセ
サリーを外すと「これ持ってて。」と言って、唖然としている私の手を取ってそれを
手首にはめた。
「え?」
まだ驚いている私に
「お守り。」と言って照れ臭そうに笑った。
その気持ちが素直に嬉しかった私は「うん。」と言って微笑み返した。
備品が盗まれる騒ぎは連続しては起こらず、少しホッとしていたものの、時々入り口の
ドアの前に落ちているタバコの吸い殻が妙に気がかりではあった。
私とひかるくんは順調に結びつきを深めていった。頻繁に会っていると言うわけでは
なかったが、会えば自然と心が勝手に回転数を上げてキュッとその距離を縮めた。
「ところで最近どう?備品が盗まれる騒ぎは。おかしな事はない?」
ひかるくんはキリッとした目で覗き込むようにして言った。
「うん、まぁ大丈夫。ただ…」
「ただ何?」
「タバコの吸い殻が…」
私はそう言いかけて止めた。余計な心配をかけてもしょうがない。
「…ううん、大丈夫。あれからは起こってないから。」
私はまだ心配そうな顔をしているひかるくんにそう言って笑い掛けた。
「ん?ホントに大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。」
そう言って左手首につけている“お守り”を掲げた。するとひかるくんはそれを見て
ハッとした顔をして笑った。
「今日は雨が降っちゃったね、もう花が散っちゃうのかなあ。」
少しだけ窓を開けて見上げた空に気持ちがソワソワした。
「大丈夫だよ。これから晴れるって天気予報で言ってたからきっと花は元気だよ。」
不安を払拭してくれるその明るい声に、私は振り返り、頷いて笑った。
あの頃の私は傷ついてご飯もまともに食べられない状態だった。なのに今はこうして
心から笑っている。すぐに“大丈夫だよ”と言ってくれ、安心させてくれる人に巡り逢えて
徐々に心を開いていけるようになっていた。
「ねぇひかるくんの苦手なものって何?」
そう尋ねると少し考えて
「偽り、かな…」とボソッ と言った。
「偽り…」ひかるくんの顔を探るように見るとどこか怒りにも似た冷静な表情で遠くを
見ていた。すると次の瞬間、
「橘さんは?」と切り返され、驚いて
「う〜ん、サプライズ。サプライズはちょっと苦手。」と慌てて答えた。
「すみませんっ」
突然目の前に若い男性が現れた。スーツをキチッと着こなしてはいるが顔は幼くて、
どこか“夜のサービス業的な雰囲気”を漂わせている男性だった。時折見せる笑顔もどこか
営業スマイル的なものがあり、でも不思議とイヤな感じはしなかった。最初はこちらも
“そのつもり”で接していたが、だんだん話をしているうちに何となく心が惹かれるものが
あった。自分のこういうところはいけないところで、とても厄介だけれど、この人の
持っている何かが自分に訴えかけてきて、どこか引っかかるものがあった。
実はこの男性に会うのはその日が初めてではなく、前にも一度会っていたのだった。
その時もハッとする何かがあったのは事実で、でもいかんせんその時は女の子を連れて
現れたので、必要以上に深くは感じ取らないようにしていた。
「僕ツイてるんですよ!」
その男性は、きっと慣れているであろう誰にでも好かれるアイドルばりの笑顔で私に
訴えたが、目の奥には何か孤独めいた芯の強さみたいなものの存在を感じていた。
ほんの数分のやり取りの後、彼は一旦姿を消したがまたすぐに戻ってきた。それが可愛
くて思わず笑ってしまうと
「やっぱりもう少し居ようかなぁ…」と言って私の目を遠慮がちに覗き込んだ。
人の出逢いって面白い。それぞれのカラーがあって隠しているつもりでもふとした瞬間
にそれが表に出てきて、まさに人生いろいろ、一期一会、大切にしなきゃ。そんなこと
を密かに考えていると
「あの、じゃあまた来ます。」と言って立ち去ろうとして
「あ、また来てくださいね。」と慌てて後ろ姿に声を掛けると振り向きざまにお得意の
笑顔を見せた。不思議で印象に残る人…そう思っていた。
その夜、ひかるくんから電話があって近況を報告しあった。サッカーの話や最近あった
面白いことなどで盛り上がり、そのついでに今日会った男性について少し話をした。
するとどんな容姿だったか髪型や顔形、着ていた服についてまで尋ねられ、あるがまま
を答えた。ひとしきりおしゃべりした後で勤務日について尋ねられ、教えると納得した
ように「わかった、じゃあおやすみ。」と心地良い声で言ってくれて、電話を切った後
もしばらくはその声が耳に響いていた。
「もうヤだなあ、また吸い殻…」
その日は入り口のドアの前にタバコの吸い殻が捨ててあり、思わず辺りを見回した。
『いったい誰がこんなことをするんだろう?…』それを見た途端暗い気持ちになった。
少し憂鬱な気持ちを抱えたままいつも通り仕事を終えると一旦シャッターを閉め、室内
に入り、ひとり、残務を始めた。するとしばらくして建物の裏の方でドンドンと物音が
した。最初は強風のたびに聞こえる物音だと思い『またもうやだ…』と心細くなった。
そのうちに今度はドアノブをガチャガチャと回す音がしてハッと息をのんだ。
明らかに自然の物音とは違う意図的なものを感じて身構えた。やがて静かになりジッと
様子を伺っていると、次にドンドンドンドンとドアを叩く音がして声を上げた。ドアの
方を見ると鍵は確かにかけられ、ドアチェーンもしてある。勇気を出してドアスコープ
を覗いてみようと思い、近づこうと椅子から立ち上がると「ハハハハハ…」と男性の
笑い声が聞こえ、思わず立ち止まった。咄嗟に口元にやった手を見ると左手首には
ひかるくんにしてもらったお守りが光っていた。
深呼吸をしてゆっくりとドアに近づき恐る恐るドアスコープを覗くと、そこには誰も
居ず、見えず、ホッと胸を撫で下ろした。念のためその日は置き傘を手に外へ出て、
何事もなく帰宅した。
何日かして、ふらっとこの前来たあの男性が現れた。
「こんにちは。」
と声を掛けられ、見ていた書類から目を上げると、以前来た時にはなかったはずの髭が
蓄えてあり、
「あれ?よく似合いますね、髭。」と言うと
「あ、俺幼く見えるんで…」と言葉少なに言った。
そうこうしているうちにふとタバコの臭いがするのに気付き、それを辿ると右手の先に
タバコが見えた。
思わずそっちに目をやると身体の向こう側に手をやって煙が来ないようにしてくれ、
「近くに来たからちょっと寄ってみました…」と一言言うと今度はタバコを足元に落とし
サッと火を消した。
その後、彼の希望の品を揃えて手渡すと
「また来ていいですか?」とポツリと言い、私が笑いながら「もちろん。」と答えると
納得したように頷いて「じゃあ…」と帰って行った。
「面白い子。」
私は思わずフッと笑うと仕事の書類にまた目を通し始めた。




