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運命の人  作者: K-ey
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~運命~

彼といると何故か心が落ち着いた。たわいのない会話でも心から笑えたし、『こんな

こと言ったら変に思われるかも?』なんて普通なら一瞬怯むことさえも口にすることが

できた。それはどう捉えるべきなのかよくわからなくて、戸惑ったりもしたけれど

結局、いつまで自分の気持ちに気づかないふりをするのか、見えないふりをするのか、

自分との葛藤で時間との闘いでもあった。

今持っているこの感情を“恋”と認めてしまうのか、それとも“気の合う人”という位置づけ

で括ってしまうのか…『今度こそは信じても良いのではないか』そんな声がふと心の奥底

から聞こえてきた。


「すみません…」

声を掛けられ、咄嗟に仕事用の笑顔になった。『いけない、いけない、集中しなきゃ…』

「今日は暑いくらいですね。」

お客様にそう話し掛けられ空を見上げると、青い空が雲の白さを際立たせていた。

「お花見には行きましたか?」

その話題に触れられ、またフッとあの日のことを思い出した。



〈映画でも観に行かない?観たい映画があるの。〉

私は思い切ってひかるくんにメッセージを送った。

一歩を踏み出さなければ何も変わらない。怖いと思うことも実際やってみなければ

わからない。常識に囚われてがんじがらめになっている人生にはそろそろピリオドを

打たなければ、そう思っていた。




「俺ちょっとこういう映画は恥ずかしいなぁ、柄にないってゆうか…」

「え?そんなことないよ。本当は心優しい勇敢な男、ぴったりじゃない。」

「いやぁ、そうかな…」

そう言ってひかるくんは持っていたジュースのストローを口に咥えた。

「ねぇ、ところでひかるくんって兄弟いるの?」

「…どうしてそんなこと聞くんですか?」

ひかるくんは声をのんでから少し低い声で言った。

「えっ別に意味はないけど…ただ何となく、もしかしたら一人っ子なのかなと思って」

と言うと

「…そうですよ、一人っ子ですよ。」

とぶっきらぼうに言った。急に、人を寄せ付けない表情を見せて明らかに態度を変えた

ひかるくんが心配になった。彼の心の中にある複雑なものが垣間見れた瞬間だった。


妙な空気を変える為に「ねえカラオケにでも行かない?」と誘うと

「ん…カラオケ?」とこっちを見た。

「そう。どんな声してるのか知りたいし、ストレス発散にもいいでしょ。」と言うと

「うん、いいね。」と言って明るい顔を見せ、私はホッとした。



私はどうして彼と一緒にいると心が落ち着くのかわかったような気がした。彼の声は

ハスキーで男の人なのにどこが軽やかで重た過ぎない、言葉が素直に耳に届く、そんな

優しい声なのだ。怒鳴り声やガラガラとした、息が詰まるような声ではないから、安心

して、自然に癒されてしまう不思議な声の持ち主なのだった。

「ねえ、いい声してるね。」と思わず、歌い終えたばかりの彼に言うと

「え?ホントに⁈」と少年のような顔になった。

「うん、ホントにいい声してる。癒されるなぁ。」としみじみ言うと

「うわっ」と目を輝かせて笑った。


帰りの車の中でつい、彼の歌った歌を口ずさむと彼は「いい声してるね。」とこっちを

見ていたずらっぽく笑った。私たちは思わず顔を見合わせて吹き出した。









俺は涼子さんの現在を調べる為にあらゆる手を使った。探偵を雇い、身辺を調査した。

勤め先・経済状況・家族構成全てを調べあげていた。

俺があんな自分勝手で酷い仕打ちをしなければ彼女は今もあのマンションに住んでいら

れただろう。俺が彼女に出し続けていさえすれば自己破産なんてこともしなくて済んだ

かも知れない。遊んできた女に与えた半分でも彼女に与えていれば、苦労することも

なかったのに…あの女たちと同じように着飾って自分の為に金を使っていれば、女として

もっと気楽に生きられたのに…

俺は突き止めた彼女の勤め先を遠くからただ見つめる日々を送っていた。

“何としても彼女を助けたい”毎日そう思っていた。


俺は本部を動かし、最後の賭けとしてもう一度新店舗開店の計画を実行させることに

成功した。俺にはこれしか手立てがなかったから…。

だが俺は忘れていたんだ。彼女がもうとっくの昔にギャンブルなんてやめていたことを

自分がそう仕向けていたことを…

全ては彼女の為だったが、いくら待っても来る筈がない。彼女はもうとっくに俺のこと

なんて忘れてしまっていたのだから、俺のことなんかもう好きではない、のだから…

勝手に抱いていた希望は失望に変わり、その失望が絶望に変わるのにそれほど時間は

掛からなかった。


全て嘘だったよと言ってくれないか、今まで起こったことの全てが幻だったよと言って

くれないか…俺のこれまでの人生は全て夢だったよ、そう言ってくれないか…。




俺は結局、顔で選んだ女と結婚した。自分勝手で金がなくなると平気でせびりに来る

ような、年下の商売女の言いなりになって、その女の連れ子も一緒に面倒みることに

なった。



「涼子さん、涼子さん…」

俺は玄関のドアを叩き叫んでいた。

「ほら、しっかりしてよ!」

「彼女が…彼女がこんなに辛いのに、こんなに苦しんでるのに…」

フラフラとする俺に女は

「生活保護を受けるよりマシっ、」と言い放った。

「ハハハハハ…」

薄汚れた建物の壁を殴り、俺は大声を出して歩き回った。駐車場の車を蹴飛ばし、

訳のわからない言葉を発しながら、ひたすら朝が来るまで歩き回った。

次の日も次の日も同じことを繰り返しやがて住民は警察を呼び、警察が周辺をパトロー

ルする騒ぎになった。




ほとぼりが冷めた頃、俺は彼女の住む敷地内の芝生の下に、彼女とお揃いのペンダント

を埋めた。

“俺の心はここに置いていく”と決めたから…




転勤が決まった。いや厳密に言えば【異動願】を出していた。

辛い過去を捨て、これからは“自分らしく”生きていこうと決めていたからだった。

『強くなるんだ』赤信号で止まった車の中で俺はそう自分に言い聞かせた。窓の外に目

をやるとコンビニの駐車場に見慣れた水色の車がとまっていた。『まさか⁈』そこには

俺が守らなければならなかった女性と息子になるはずだった少年が乗っていた。

『どうして最後まで目にしなければならないんだよ、』

その時【運命】と言う二文字がふと頭をよぎった。


「ほら見てみろよ、あの女だよ」俺はその二文字を打ち消すように、助手席に座って

いる妻に言い放った。「どれ?」笑いながら2、3回覗き込むように身を乗り出すと、後ろ

にいた息子が急に立ち上がった。「ほら、危ないから座って」まだ4歳になったばかりの

彼に諭すように言うと足をバタつかせて腰を下ろした。

「あっ、青よ」俺は妻に促されるとアクセルを強く踏み、音楽のボリュームを上げた。

バックミラー越しに水色の車が俺たちとは真逆の方向に走り出して行くのが小さく見え

た。

【俺たち】は今、背中合わせで離れた。

『もう戻らない』そう心に固く誓った初夏の日曜日の午後だった。





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