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運命の人  作者: K-ey
71/91

~花~

「橘さん、凄いことになってますよ。」

気がつけば私たちは、餌をねだる鳩に囲まれ身動きが取れなくなっていた。いよいよ

怖くなり、持っていた餌を袋ごとばら蒔くと今度はそれをめがけてまたどこからか飛ん

できた鳩の羽音に、逃げるようにしてその場を離れた。

「アハハハハ…」

「怖〜いっ、」

私たちは顔を見合わせて笑った。

「ひとり?」

「ひとりですよ。」

「ねえバイクって気持ちいいでしょ。風を切って」

「うん、そうですね。それにバイクって渋滞とか関係ないからいいんですよ。並んでる

車の横をスーッと…」

「うん、あれいいよね。羨ましく思ってた。私も実はバイクに乗りたかったんだよね、

ずっと。」

「へえ、そうなんですか…」

「かっこいいじゃない、250くらいなら乗れるかなぁと思って…」

「まぁそうですね。でも意外だなぁ…」

「そう?」

私はひかるくんの驚いたような感心したような顔を見てなんとなく嬉しかった。


「俺、実はバイク10台くらい持ってるんですよ。」

「え?でもそんなに乗り切れないでしょ…」

「そうなんですよ。でも時々エンジンをかけてるから大丈夫なんですよ。」

「へえ、」

「乗りますか?」

「え?え、でも今はちょっと怖いかな…」

「アハハハ、いつでも言ってください、ちょうどいいようなのがあると思うから。

あ、俺も餌やってみようかなぁ…」

そう言うとひかるくんは売店の方を見た。



私たちはきっとお互いの心の奥深いところにある、何かに共感していたのだと思う。

年齢とか性別とかそんなちっぽけなものを超越した、言葉に全て表せなくても分かり合

えるような、そんな不確かででも最も大切な何かを、もしかしたら初めて会った瞬間に

無意識に感じ取っていたのかもしれない。






「この前はまさかこんなところでっていう感じでしたね。」

「ホントねえ…」

職場にふらっと姿を見せたひかるくんはいたずらっぽく笑った。あれから一ヶ月くらい

が経っていた。

「橘さんっもしも、もしもですよ。もしも僕とデートするとなったら初めてのデートは

どこがいいですか?」

「え?」

あまりの唐突な質問に驚いていると

「もしもですよ、」

と念を押した。

「うーん…体を動かすことがいいな。」

「えっ?」

「ゲームセンターでホッケーとか、バスケのボールどっちが多く入れられるかとか競争

したり、あーバッティングセンターとかもいいなぁ…」

「あっ、ああ〜」

「なんかそういうので競争したい。」

「へえ…あ〜面白そうだなぁ…」

「バッティングセンターとか行く?最近行った?」

「いや行ってないです、」

「面白そうじゃない?ストレス発散とかできそうで…」

「そうですね、いいなぁ。今度行きませんか?」

「うん、いいね。行きたい、行こうよ。楽しみっ」



そうなることが運命だったように私たちは自然に仲良くなった。長いトンネルを抜けて

見えてきた光は決して必死に見つけ出したものではなく、そこまでのプロセスが導いて

くれた道しるべそのものだった。





「いやあ楽しかったなぁ、久しぶりに。アハっあんなにマジになるんだなぁ橘さん。

アハハ驚いた。」

ひかるくんは顔を真っ赤にして笑った。

「だって勝負だもん。」

そう言うと更にまた笑った。

「ねえまだ桜咲いてるかな…ひかるくんもうお花見した?」

「いやしてないです。」

「夜桜見に行かない?綺麗だと思うよ。」

「うん、いいですね〜。行こう。」


自販機の押しボタンが緑色に光っていた。

「何飲みますか?俺はコーヒーっと…橘さんは?」

「ひかるくんはコーヒー好き?」

「好きですよ。ブラックが、」

「…そう。私はミルクティーがいいかな、今は。」

缶を手に取り、自分の車の方に行こうとすると

「乗ってくださいっ、運転して行きますよ。」

とひかるくんが声を掛けた。

「うん、ありがとう。そうね、2台じゃ面倒かな…じゃあお願いします。」

私は少しドキドキしながら車のドアに触れた。

「助手席に乗ってもいいの?」と聞くと

「いいに決まってるじゃないですか!」と少し怒ったように言った。



私たちはこの辺で有名な、花見の時期限定でライトアップされる遊園地に出掛けた。

駐車場の空きスペースを探すのが大変なほど混んでいた。いざ来てみるとやはり夜の

遊園地はどこか独特な色香を漂わせていて、大人の匂いがした。

暗闇に照らし出される夜の桜は、花でさえも昼と夜の顔を合わせ持つことを認識させて

くれた。

「いやあ綺麗ですね…」

ひかるくんは感慨深げに枝を見上げて言った。

「うん、本当に。なんか静かになるねっ。」

「うん、そうですね。圧倒されるというか…」

薄ピンクの花びらが宙に舞った。思わず手を差し出すとその花びらは手の平の上に

そっと舞い降りた。

「ほら…」

それをひかるくんの目の前に持っていくとひかるくんは

「うん。」と静かに頷いた。




ゆっくりと歩きながら桜を愛でていた。

橋の上からふと川の方に目をやると、黄緑やオレンジや青の光が夜の川面に揺れて

いて幻想的だった。


「そろそろ帰ろうか…」

「うん、そうだね…」

二つの足音がゆっくりと静かに、夜の遊園地に響いた。

「夜はやっぱりまだ寒いね。」

そう言うと同時にくしゃみが出て、冷たい手を握り締めていると、突然ふわりと肩に

何かが覆い被さり思わず振り向くとひかるくんが自分の上着を肩に掛けてくれていた。

「…ありがと、でもあなたが寒いでしょ。」と言うと

「俺は男だから…」と照れくさそうに笑った。

「ありがとう。」

「いやあ…」


冷たい風が頬を撫でたが心はとても温かかった。ふわりとして、甘酸っぱくて、どこか

ぎこちない春の夜。くだらないことでも言って笑わそうかと思ったけれど今日はやめて

おこう“大人になる”のもいいもんだなと私は心の中でクスリと笑った。



「ありがとう。暖かかった。」

駐車場まで辿り着き、肩に掛かっていた上着を取ろうとすると

「あ、まだ着ていていいですよ。俺は大丈夫だから。」と肩に手を置いた。

「そう…じゃあ」

なんか自分でもよくわからない感覚だった。弟のような、子供のような、でもきちんと

ひとりの男性として見ている自分もいて…自分の感情に若干戸惑っていた。

ひかるくんが車に乗り込むのを待ってからゆっくりとドアを開けると、“二人になる”と

いうことを意識してしまい、なんとなくドキドキして思わず逃げ出したくなった。

それを悟られないように

「お願いしまぁす…」と言うと

「橘さんっ、」と急に真面目な声でひかるくんが言った。

「は、はい。」

声のトーンに驚いて思わず顔を見ると、ひかるくんは思い詰めたようにどこかを見つめ

ながら、そして一度頷くとこっちを見て

「好きです。」と言った。

「えっ…」

あまりにも突然で見つめたままでいると

「俺、橘さんのことが好きなんです。」と緊張した顔で言った。













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