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運命の人  作者: K-ey
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~記憶~

『俺は彼女を守るわけだったんだ…俺はここにいてはいけない。彼女を探さなきゃ、』

ハッと目を覚ました。部屋の中は朝から降り続いている雨のせいでうす暗く、自分が

まるで怠け者にでもなってしまったかのような気分になった。外では誰かが大きな声

を出して何かをしきりに喚いていて、何だか余計に憂鬱になった。



「ねえアタシたちそろそろ一緒に暮らさない?全部記憶が戻らなくてもアタシはそれで

いいから。だってあなたはアタシのことをあんなにも愛してくれたじゃない、後にも先

にも君しかいないっていつも言っていたのは事実なんだよ。それだけでいい、それが

何よりの証拠だから…」

ナミは、俺が退院して一年ほど過ぎた頃、映画を見に行った帰りの車の中で突然涙を浮

かべながらそう訴えた。

もう俺も40を超えているし、彼女は子持ちのシングルマザーだが俺より10歳は若い。

何より“俺はこの女を愛していた”というわけだし、一緒になっても良いのではないかと

思うようになった。女なんて所詮皆同じ。ならば少しでも若い方が良いだろう。子連れ

なのはまあ、俺がもっと早くに結婚していればこのくらいの子がいて当然だから、まあ

まあ問題は無い。これから俺の子供を作れば済むことだから、そう考えてもみた。



俺は現在勤務している店舗のある市に引っ越し、ナミとの同棲生活を始めることに

した。とは言っても別にこれといって何か新鮮味があるわけではなく、心が踊るという

わけでもなく、ただ一緒に生活をするというだけだった。ナミは“もう夜の仕事をしなく

てもいい”と目を輝かせて、ただ家にいることを喜んでいた。俺の方は急に子持ちになり

今まで馬鹿にしていたマイホームパパを演じなければならず、“自称遊び人の俺もどこへ

やら”といった感じだった。

ただ不思議なのは、何かどこかはっきりと、どことは言えない違和感が、いつも自分の

中にあるということだった。



同棲を開始してニヶ月が過ぎようとしていた頃、ナミの口から妊娠したことを告げられ

た。俺はなぜだかひどく動揺してしまい、結局一週間考えた挙句、堕胎するよう彼女を

説得した。

「どうして?もう一緒になるんだしいいでしょ…」とナミは訴えたが、俺はなぜだか

素直にそれを受け入れることができなかった。

「こんな物があるからあなたはおかしくなるの、そんなの早く捨てちゃえばいいのに」

ナミは俺がいつも首からぶら下げているペンダントを睨みつけると引きちぎれんばかり

にそれを引っ張って、俺を見上げた。

「おいやめろよ、痛いだろう。何わけのわからないこと言ってんだよ、」

ナミは目をそむけるとリビングから出て行った。


『それにしてもこのペンダント何だろうな…もうここにあるのが当たり前で外す気にも

なれないけど、あいつとお揃いというわけでもなさそうだし…でもこれ、ペアだよな。

形が…』

俺はそれを触りながらぼんやりと考えていた。



子供を堕胎させてから、俺たちはどこかギクシャクしていた。

ナミは怒りっぽくなり、徐々に俺に指図するような生意気な態度をとるようになった。

ことあるごとに「堕胎させたクセに…」と捨て台詞を吐いて場をシラケさせ、俺を困らせ

た。

「いい加減にしろよっイヤなら出ていけばいいだろ。誰のおかげで気楽な生活を送れて

いると思ってるんだよ。車だって3台も持ってるだろ。働きにだって出てないし、

何不自由ない生活は誰のおかげなんだよ!」

俺はとうとう我慢ができずにそう言い放ち、外へ飛び出した。あまりにもわがままが

過ぎてイライラが抑えきれなくなったのだ。


急いで車に乗り込むとエンジンをかけ、駐車場を出た。赤信号も無視してエンジンを

吹かし、スピードを上げた。

どこに行くあてもなく、とにかくもう息が詰まるようなこの現実から逃れるように、

まだ陽の光の匂いのする街へと飛び出したのだった。

『どうしてこうなったんだ…』俺の心はざわついていた。ハンドルを指で叩き、イライラ

を鎮めるように深呼吸をしてから『コーヒーでも飲んで一息入れよう』と思い立ち、

ショッピングモールの駐車場の前を通った。

買い物を終えた客が駐車場から出て行こうと、出口付近で待機している様子が見えた。

ゆっくりとそちらに神経を配りながら通り過ぎようとした瞬間、俺は何とはなしに

ドライバーの顔をチラッと見た。



「可愛いですね。」

「ええ、ホントにぬいぐるみみたいで可愛いですね。」


「私ジャズが好きなんです。」


「私、前に流星群を見に来たことがあるんです。」


「俺の誕生日には涼子さんが欲しいって、言ったこと覚えてる?よね…」

「綺麗…お誕生日おめでとう…」



突然ノイズのように、テレビの受信が乱れたように様々な風景が入れ代わり立ち代わり

俺の頭の中を駆け巡った。

「ええ、ホントにぬいぐるみみたいで可愛いですね。」


『りょうこさん?…』

『涼子、さん⁈涼子…さん!』

スローモーションのように、彼女と俺の一緒にいた日々の景色が流れ始めた。


俺は震える心と身体を必死に抑えながら、俺の後ろに入った彼女の姿をバックミラーで

確認するとゆっくりとそのまま走り出した。

『確かに彼女だ、涼子さんだ。彼女は元気でいた。』

バックミラー越しに彼女の顔を眺めるともう震えが止まらなくなり数分走ったところで

路肩に車を寄せた。俺の車の横を通り過ぎる彼女の横顔を見た時、まるで時が止まった

ようだった。

『彼女は元気でいた…ありがとう。ホントにありがとう。』

俺は彼女の車のナンバーを確認すると、彼女とは逆の車線に出て並んだ。

『あのイヤリング…涼子さん、』


信号が青に変わった。

『良かった。やっぱり俺は彼女を愛していたんだ…』

涙が溢れそうになった。





「よくも俺を騙してくれたな…」

「違う、あなたが愛していたのはこのアタシよ。」

「違う。いや違う。」

「何言ってるの…だからこうして一緒に、」

「違う、お前が俺をそう仕向けたんだ。俺の前にわざわざ泣きに来て同情を誘って俺を

をはめたんだよ。俺を利用したんだ。お前はそんなのいとも簡単にできたのさ、男を

手玉に取ることぐらい簡単なことだったんだよ。よくも俺をはめてくれたな…お前が

現れなきゃ俺は今頃、涼子さんと」

「ちょっと、涼子さんって…」

「思い出したんだよ。俺の愛している人はお前なんかじゃなく涼子さんだってことを」

「ちょっと待って…」

「許せない、よくも」



俺は家を出た。

このペンダント、まだ涼子さんしていてくれるだろうか?いやそんなことはどうでも

いい。良かった、とにかく良かった。また逢えたのだから…



俺は控えていた彼女の車のナンバーから、彼女の居所を突き止めていた。

誰にも悟られないようこっそりその住所まで行くとそこは古びた公営の住宅で、彼女の

今の生活を否が応でも思い知らされることとなった。

自分がしたことといえば彼女を苦しめることばかりで、俺の言うことを聞く女には惜し

げもなく金を与え、その裏では自分もいい思いをし、彼女が落ちていく様を喜んでいた

という最低の仕打ち。なんとか彼女を助けたい、今の俺にはそれができる。歯がゆい

思いだった。なんとしてでも彼女を救いたい。

俺は彼女の住む建物の汚れた壁を見つめながら、唇を噛み締めていた。





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