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運命の人  作者: K-ey
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~存在~

夕立の時に現れるような雲が空一面を覆ってきた。

さっきまではそれほどでもなかった曇りがちな空が、まるで季節を飛び越えて夏を

運んできたかのようだった。

「これ、雨が降るんじゃない?」

私は友人との予定を早く切り上げて、車に乗った。案の定、外に出ると間もなく

ポツポツと小さな雨粒がフロントガラスに打ち付けて『あーやっぱり…』と思っ

ていた。しばらく走っているとその雨粒がだんだん大きくなってきて否が応でも

視線がフロントガラスに釘付けになると、それは雨粒ではなく雪混じりの雨だと

分かった。するとほどなくしてほんの数分前の天気が嘘のように、空が半分明るさ

を取り戻してきて、みるみるうちにきれいな青空をのぞかせた。

私にはそれが何か良いことを告げる前触れのように思えて仕方なかった。



私はある一筋の光を見つけていた。新聞の折り込みにあった求人の広告に“これなら

自分にもできるのではないか”と思える仕事を見つけていたのだった。

『早く自立しなきゃ。いつまでも南さんに甘えるわけにはいかない。』

何より生活の為、子供の為という大義名分のもと、自分を偽って生きているのが嫌

だった。南さんのことは好きだけれど、いや嫌いではないけれど、やっぱり愛とは

違う気がするから、弱い自分とは別れをつげてもっと自分らしく以前のように堂々

と顔を上げて生きていきたいと強く願っていた。


勇気を出して志望の会社に電話をすると面接までこぎつけることができ、その後

無事就職が決まった。何故か知らないが、ここでなら自分らしくやっていけそうな

気がしていた。


私は南さんとの別れを決めた。唯一本当の私を理解してくれる人だったからそれ

相当の覚悟は必要だったけれど、でもいつまでも裏の道を歩いているのは耐え難い

ことだったから、そう決めた。

南さんは全てを見越していたように、少し笑って承諾してくれた。

“この人で良かった。”と思った。この人が私を大人に、本当の意味での大人に

してくれたんだ、と感謝した。


そうして私は引っ越しを機にそれまで置き去りにしてきた自分らしく生きる人生を

少しずつ取り戻すべく、日々に追われ、あっという間に年月が過ぎていった。








『忘れないよ君を、僕は君のことを忘れない。ずっと…』

俺は目を開けても何も見えない暗闇の中で、ただ宇宙の中を永遠に彷徨い続ける

塵のように、君という存在をいまだ探し続けていた。

忘れてしまったのか、思い出そうとしているのか自分でもよくわからないまま、

時空をただ彷徨い続けていた。


『僕は彼女を守るわけだったんだ、僕はここにいちゃいけない。僕は彼女を、彼女

を探さなきゃ…』俺は彼女の名前を呼んでいた。


「…さん、‥さん、本木さん!」俺はハッと目を覚ました。

「本木さん、わかりますかあ?本木さん聞こえますかあ?」

目を開けると白い服を着た女の人が俺の顔を覗き込んでいて、心配そうな、得体の

知れないものでも見るような不可思議な顔をして俺を見ていた。

「良かったあ。やっと目が覚めたんですね、今先生を呼んできますからね。」

そう言って女の人が笑顔でその場を離れると、俺は静かに辺りを見回した。ここは

どうやら病院らしく、白いカーテン・白い壁に天井、何より腕には点滴が繋がれて

いた。『どうして⁈…』俺は朧げながらもゆっくりと記憶を辿っていた。


『俺は‥どこに行こうとしていたんだっけ…』暗闇の中を橋を渡り、少しスピードを

上げて…そうだ、光、眩しい光が…』

「本木さん、先生呼んできましたよ。」

看護師は勢いよく入ってきて、嬉しそうに医者らしき人を俺の前に立たせた。

「俺は…」

医者は俺に近づき「どこか痛いところはないですか?」と質問をした。腫れ物に触る

ように、俺の反応に実に慎重に対応し、俺が

「少し頭が痛いです、それに首も…」と言うと

「そうですか、でもこのくらいで済んで本当に不幸中の幸いですよ。骨に異常は

ないし、ただ打撲だけで済んだのですから、ほんとに奇跡としか言いようがありま

せんよ。何かに守られたのかも知れませんね。」と穏やかに笑った。


“守られた”その言葉が妙に心に引っかかった。

“守られた…”俺は先生たちが病室から出て行った後も暫くはそのことについて

ぼんやり考えていた。



1時間ほど経っただろうか、白いレースのカーテン越しに僅かに見える青空を

見ながらぼんやりとしていると、病室のドアが開いた。そちらに目をやると見知ら

ぬ女の人が深刻そうな面持ちで駆け寄ってきて、

「もう心配したんだからぁ、ちょっと大丈夫?良かったあ意識が戻って…」と

泣き声で言った。

『⁈…』俺はこの女の人がどうして俺にそんなことを言っているのか全く理解できな

かった。そもそもこの人が誰なのか分からなかった。俺は黙ってその人のことを見

ていると「ちょっと、どうしたの?何か言ってよー」と少し大きな声で言った。

「あの…どなたですか?」

俺は困惑しながらも仕方なくそう言うと、その人は驚いた顔で

「何ふざけたこと言ってるの?ちょっと…こんな時にやめてよ、」と動揺した素振り

を見せた。泣いているような怒っているようなそんな様子で俺の腕に触れ、そして

揺さぶった。「ちょっと…」


“俺はどうしたんだ…これは夢なんじゃないか”と疑ってみたがどうもそうではない

らしく、女の人は泣いているし、俺はどうすることもできないまま、ただ空中を

見ているしかなかった。


そうこうしているうちに、女の人の泣き声に気づいたのか、看護師が病室に入って

きて「どうしたんですか?何かありましたか?」と優しく声を掛けた。

女の人は泣きながら「ちょっと様子がおかしいんですこの人、変なんです…」と

看護師に訴えた。

「あれ?どこか痛みますか?頭が痛いっておっしゃってたけど大丈夫ですか?」と

まるで子供にでも話すように言った。

「い、いや…。」俺が口をつぐんでいると

「からかっているのか何なのか彼、私のことわからないみたいなんです。」と

言った。

「えっ本木さん、彼女でしょ、大切な恋人なんでしょう。」と今度は年寄りにでも

言うように少し声を張り上げて俺の耳元で言った。

「彼女?恋人…」

俺は女の人の顔をまじまじと見つめよく考えていた。

『彼女…恋人…彼女……』



俺は失くしてしまっていた。全てを…全ての記憶を、失くしてしまっていたんだ…









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