~代償~
『バチが当たったんだ…』
猫にあんな酷い仕打ちをし、残酷なことをしたから…無抵抗なものを虐めたから…
俺は女の子が横たわり苦しむ顔を見ているうちにだんだんその顔がこの前の子猫の
顔と重なって見えた。と突然、今までピクリともしなかったその猫は突然刃を向い
てこちらをギロッと睨んだ。
俺は思わずその場にしゃがみ込むといつの間にか集まってきた人だかりの中から
「おい大丈夫かよ、」と声が聞こえた。
女の子が運ばれた病院に着くと、まもなくその子の両親がやってきて、父親は
いわゆるその筋の者だと分かった。職業は何だと聞かれ、正直に話すと
「これからはちょくちょく遊びにいかせてもらうからよろしく。」と言われ、
実際それからというもの、若い衆を何人か従えて毎日のように店にやって来ては
デカイ態度で荒稼ぎしていった。
俺は結局、弱みを握られて自分の中にまた一つ、負を抱えた。
来て欲しい人には来てもらえず、厄介者ばかり背負い込んで、まぁ、自業自得と
言えばそうなのかもしれないが…。
あれからというもの、やはり涼子さんは一度も姿を現さなかった。自分のした事が
招いた結果とはいえとても耐えられるものではなく、俺は毎日密かに彼女のことを
待っていた。モニターで似た人を見つけては下に行って確認したりして、いつも
彼女を探していた。
彼女が店に来なくなって半年経った頃、ついに俺は耐えきれなくなり【異動願】を
出した。もしかしたら他の店に行っているのではないか?と思ったからだった。
他の店に行けば逢えるのではないか?それに自分が他店舗に移れば【新店長就任】
という大きな看板が掲げられ、彼女が来るきっかけになるかも知れないと考えた
からだった。
しかし彼女は顔を見せることはなかった。
俺はどこにも心を休める居場所がなくなり、ついに過度のストレスにより精神に
異常をきたしてしまい“病気療養”という形で故郷へ帰る運びとなった。
『もうどこにも自分を癒してくれるものはないんだ‥』と思うと、全てがどうでも
よくなり、モラルや秩序や、立場などが馬鹿馬鹿しく思え、半ばやけくそになり、
“今日でこの土地ともおさらば”という日には、付き合っていた女を、初めて涼子さん
と出逢った店に呼び出して駐車場の隅で抱いた。
本当は、彼女を…抱いていたんだ。『涼子さん…涼子さん…』と俺は暗闇の中で
彼女の名前を呼んでいた。
「達矢さんっ!」
私はそう叫んでいた。
達矢さんが事故に遭う夢を見て、驚いて目を覚ますと、辺りは真っ暗で『夢を見て
いたんだ…』と気づくと、今見た夢の内容を思い返していた。
達矢さんは道の向こう側にいて、私に手を振りながら満面の笑顔でこちらに走り
寄って来ようとした途端、大きなクラクションと共に姿を消してしまうという怖い
夢だった。
「達矢さん…」
私は怖さに震えながらも彼の名前を呼んでいた。『もしかして?…』と思わず彼に
もらったペンダントを確かめると、それは確かに存在していて、原型を留めたまま
私の胸にかかっていた。
「良かった…」
私はペンダントを触ると深呼吸した。
私は義母と実母の病院通い、そして仕事・家事に追われていた。主人の仕事は相変
わらずで、南さんに頼らなければ生活していけない状態が続いていた。
私は『このままではいけない。』と思いつつも南さんとの仲を断ち切れない現実が
やはりそこにはあった。
『どうすればいいんだろう…』
私はだんだん自分が汚れていっているのではないかと感じ、いっそ夜の仕事にでも
出た方が手っ取り早いのではないかと思い悩むようにもなっていた。
そんな矢先、主人が内緒で借金をしていたことが発覚し、その額は百万円を超えて
いた。理由を尋ねると母国の兄弟への送金と、私に隠れて通っていた遊興費に充て
たということで、私は目の前が真っ暗になった。
それが判ってからは“借金を返すために借りる”という悪循環で、私は身も心も疲れ
果てていった。
毎日がただ闇雲に過ぎていくだけで、何の楽しいこともない。南さんに抱かれて
いる時は一時的にはそれを忘れられても、またそれが終われば途端に虚しくなって
『これから先、私の人生に何一つ良い事は起こりはしないのではないか?…』と
疑いたくなった。
そんなことを知ってか知らずか、ある時、義母は母国に帰ると言い出した。ここに
いてもベッドの上にただ寝ているだけで何の意味もない、治るか治らないかわから
ないのであれば言葉の通じる母国に帰って余生を送りたいと決心したのだった。
本来ならば旦那である義父が同行するのが筋であったが、如何せん変わり者の義父
はそれを拒み、結局、母親想いの私の主人が同行する羽目になった。
主人は日本に来て以来まだ一度も里帰りをしたことがなかった為、アルバイトを
一旦辞めて、二ヶ月もの間帰国することとなった。
ただでさえ生活が苦しいのに、旅費・当面の生活費そして久しぶりに帰る母国の
親戚や自分の兄弟へのお土産、そして持参金その他諸々をまた借金をして捻出しな
ければならなかった。主人はいつも事後報告だった為、私がそれを知った時には
もう全て手はずが整った後だった。それでも私はそれをやむを得ずと渋々承諾し
受け入れるより他なかった。
そんなこんなで日々は目まぐるしく過ぎて行き、主人が里帰りしている間私は両親
に心配をさせない為にこの事には一切触れず、子供と二人つましく暮らしていた。
そんなある日、私は新聞の折り込みチラシで“新店長就任”の文字を目にした。
『達矢さんのお店、新しい店長さんが来たんだ…』
私はお店に通っていた頃のことを思い出し、『達矢さんがいないのなら、ちょっと
行ってみようか…』とふと思った。
久しぶりに行くホールには正直怖さも感じたが、“今日は流石に出るのではないか”
と淡い期待を持って出掛けた。
いつの間にか、私は日々の寂しさを埋める為にまた時々ギャンブルをするように
なっていた。
なってはいたが勝つことはほとんどなく“今度はあの店に行けば出るのではないか?
今度こそは…”と様々な店舗を渡り歩き、元からあった借金も合わせどんどん負け額
は膨らんでいき、とうとう自己破産するに至ってしまったのだった…。
俺は店を去る時、ある置き土産をしていた。
今後もし仮にまた彼女がホールに顔を出すようなことになったとしても、もう二度と
遊べなくする為に工作して置くことだった。
それは彼女がいつ来ても出さないようにする為、チェーンの他のどの店舗に行こう
と決して常連客にはならないようにする為に“プロ”としてブラックリストに載せる事
だった。だって俺以外の誰にも触れさせたくはなかったし彼女を他の誰にも盗られ
たくなかったから…だから、俺がいなくなっても彼女は決して店に通う事は許され
なかった。涼子さんは俺のものだから…俺がいなきゃ君はダメなんだよ…。
『君は俺がいなきゃ、やっぱり君を守れるのは俺だけなんだよ…』
俺は1年後、また涼子さんのいる場所に戻ることを決めた。
「何でもしますから‼︎…」と本部に願い出て、会社の機密や裏操作など決して漏らす
ことなく、他人が嫌がる仕事を引き受けることを条件に復帰することを許された。
故郷に帰っている間、インターネットやまた後輩などからの情報を得、彼女が最近
また時々ホールに顔を出すようになったことを知ってからというもの、俺はもう
じっとしていることができなくなって『早く行かなきゃ彼女が盗られてしまう…』
との焦燥感に駆られて決断したのだった。
『また彼女に逢える。早く逢いたい…』
俺は彼女が待つ場所へと意気揚々と出発した。




