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運命の人  作者: K-ey
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~報い~

外ではサイレンが鳴っていた。

「火事かな?どこだろう…」

遠くに聞こえていたサイレンの音がだんだん大きくなってきた。私は布団の中で

その音が不気味に近づいてくるのを感じながら神経を集中させていた。

「えっ?」

その音は確実にマンションの近くで止まった。

「ちょっと、やだ、どこ?」

サイレンの音がここで止まったのを聞いた主人が慌てて

「チョット ミテクル」

と言って玄関の方に走っていった。

主人はサンダルのまま階段を降り、様子を見てくると

「ココ カジ」と言った。

「えっ?」

サイレンの音がこの近くで止まったのはわかったが、まさか自分の住んでいる

マンションだったとは。私は急いで上着を羽織ると子供にも防寒対策をして家を

飛び出した。マンションの住人は次々に外に飛び出してきて盛んに情報収集をして

いた。


厳密に言うと火元はマンションのすぐ裏にある不動産屋の事務所で、消防車の

ホースは、マンションの脇を通って裏の事務所に引っ張られていたのだった。

それでも一帯は一時騒然となり、サイレンの音を聞きつけてきた周辺住民の中には

どさくさに紛れて野次馬化する者も出て、報道カメラマンさながらシャッターを

押し続けていた。

私は非常階段の踊り場から遠巻きに火元である裏手の事務所の方を眺めていた。

「大丈夫ですか?」「大丈夫?」

そんな言葉が行き交う中、私は何気なくふと横を向いた。その時、マンションの脇

から小走りで駆け寄るサラリーマン風の背の高い男の人と目が合った。すると

その人は慌てた様子で急にその場を立ち去った。

「あれ?今の…」

そのシルエットはどこか達矢さんに似ていたような…気がした。



火元の事務所が無事鎮火され、住民は一人、二人と徐々に部屋に戻って行き、

私もまだ興奮気味に玄関のドアを開け、中に入るとさっき目が合ったあの男の人の

ことを考えていた。

『まさか?違うよね、でも…何か似てたような…』




翌日、警察が訪ねてきて何か昨夜の火事について気になる事はないかと尋ねられ、

「不審人物がいたとか何かいつもと変わった事はなかったか、など何でもいいから

気がつくことがあったら連絡してください。」と言われ、今現在入っている情報

によれば誰かが、男の声で「火事だー」と叫んで立ち去った後に火が出た。

という目撃情報があり、もしかしたら恨みによる犯行かもしれないということ

だった。








“消えてなくなってしまえばいい”そう思った。

彼女が目の前からいなくなればもう目にすることもなく、苦しむ必要がなくなる

と俺の中の誰かが、いやもう一人の自分がそう囁いた。

「消してしまえ」「消してしまえ」

その声がだんだん大きくなってやがて「消せ!」と俺に命令した時、俺はもう

彼女の住むマンションの裏手にある建物に火をつけていた。

本当は目の前にある彼女が寝ているであろうマンションに火をつける予定だったが

いざ火をつけようとすると、どうしても手が震えてしまいできなかったのだ。

小さな火はあっという間に燃え広がり、黒い煙を出していった。事の重大さに

気づいた時にはもう、とても自分では手に負えなくなっていて、ハッと我に返り

無我夢中で「火事だー火事だー」と叫んでいた。


『どうすればいいんだ?』

俺は慌てふためき、ひとまずその場から立ち去った。

現場から少し離れたところに停めて置いた車に戻り、震える手を必死に押さえつけ

ながら、動揺する自分と葛藤し身を隠していた。

すると程なくして消防車のサイレンが聞こえ出し、俺はますます動揺していった。

辺りはだんだんざわめき始め、やがてすぐ側を消防車が通り過ぎ、俺はもう

居ても立ってもいられず、車を飛び出した。

どこからともなく「どうしたんだ?」「火事はどこ?」と人々が通りに出てきて

俺はどさくさに紛れてとうとうマンションの前まで来てしまったのだった。

何食わぬ顔をして息を切らし、ふと立ち止まると、なんとそこには彼女が立って

いた。俺は安堵しながら、逃げるように又来た道を戻った。

「生きていた‥良かった…。」

大きく息を吐いた。

「ハハハハ‥生きていた、生きていたんだ。良かった…」




空一面に覆われた厚い雲の隙間からゆっくりと光が差してきた。薄暗かった景色が

徐々に明るさを取り戻してきて、屋根に映った太陽の光は眩しいほどに空へと反射

していた。

『夜が明ける。』

俺は空を見上げ、いい知れぬ気味の悪さを感じていた。

朝刊を広げると昨日の火事のことが記事になっていた。

「あれはやっぱり現実だったんだ…俺は彼女を殺そうとしたんだ…」

俺は新聞を無造作に折りたたむと下駄箱の上に放り投げ、姿見に映る自分をそっと

見た。すると鏡に映る俺はニヤっと笑って頷いた。俺はゾッとして目を瞑り、その

場にしゃがみ込むと、もう一度ゆっくりと目を開けた。

『そうだ、姿見はあの時捨てたんだっけ…』

そこには白い壁があるだけで鏡なんてどこにも見当たらなかった。



俺は仮眠をとり、着替えを済ませると仕事に出掛けた。

「店長、顔色が良くないですよ。どこか具合でも悪いんですか?」

駐車場で俺の顔を見るなり心配そうにスタッフの一人がそう声を掛けてきた。

「あ、いや、ちょっと寝不足で…」

俺はそう言うと下を向いて足早に通り過ぎた。


開店から1時間ほどして、カウンタースタッフから連絡が入った。

「DMはもう送らないでほしいとのお客様からの電話です。」

「もしもし…」

「もしもし… DMはもう送っていただかなくて結構です。それで、あの、会員を辞め

たいんですけど…」

「…?会員番号を教えてください、」

聞き覚えのある声に頭を巡らせながら、俺は言われた通りにその番号をパソコンに

打ち込んだ。照会するとそれは紛れもなく涼子さんと彼女の旦那のだということが

分かり、「本当にいいんですね、本当に抹消してしまってもいいんですね…」と

俺は何度も繰り返した。

登録の抹消は“死んだ”ことを意味し、“この人は消えてなくなった”ということを

差していた。

「はい、それでいいです。すみません、朝からこんな…」


俺は発狂しそうだった。自分のしたことが現実に。

彼女が死んだことになるなんて…俺は少しの沈黙の後

「…わかりました、では失礼します…」と電話を切った。


「ああああー」

俺は部屋の中で叫び声を上げた。

『彼女はもう来ない、もう二度と来ないんだ…そう決めたんだ…。』

やがて徐々に笑いがこみ上げてきて、『もう二度と会えないんだ…』と思うと

目の前が真っ暗になった。




俺はその夜、彼女のマンションの駐車場に行き、彼女の車が停めてあるすぐ目の前

に猫の死骸を捨てた。

ほんとにまだ小さい、目のまん丸なミャーミャーと高くか細い声で鳴く、人懐こい

その子猫を、俺は…

『仕方ない、彼女が悪いんだよ。俺は何にも悪いことなんかしてないのに‥彼女が

俺から離れていくんだから…当然の報いだよ。明日驚くだろうな‥不気味がって

可哀想がってそして、暗い気持ちになるだろうな。自分で始末できるかな…いや

彼女はきっと触れないだろうな…怖がりだから。ハハハハ…』








私は達矢さんのお店にはもう行かないと決めた。

とても遊んでいるような状況ではなくなったし、会員を辞めればDMも来なくなる

だろうから、そうすれば行きたくもなくなる。これでいいんだ…。

私はそう決心して、勇気を出して達矢さんのお店に電話を掛けた。

朝からこんな電話、お店にとって嬉しい話しではないから、悪いなと思ったけど、

でもそう決めたのなら早い方がいい。そう思って…でも、さっきの人、達矢さんの

声に似ていたな…。“いいんですか?本当にいいんですね⁈…”って、ちょっと怒った

ような声。達矢さんに、本当によく似ていた…。


私は受話器をゆっくり置くと、新たな気持ちで

『これからは真面目に前を向いてやっていこう。』と

自分に言い聞かせていた。






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