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運命の人  作者: K-ey
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~祈り~

「なあお前、」

「ねえ、お前じゃなくて名前で呼んでよちゃんと。」

女は若干キレ気味に言った。

「じゃあ…さとみでいいのか?」

「んーさとみじゃなくて、ゆかりでいいよ。」

「あ?どういう意味だよそれ、」

「本当の名前はゆかり、だからそっちでいいよ。」

「んーわかった。ゆかり、な。」

内心 “そんなもんどっちでもいい”と思いながら俺は適当に相槌を打つと浴室に

向かった。ドアを閉めるとシャワーを全開にし、浴室の鏡に映る自分を見ていた。

首にかかる趣味の悪い、ちっとも似合っていないブランド物のネクタイは俺を

ピエロのように浮かび上がらせた。

『涼子さん…』

俺はネクタイの下に隠れているペンダントを掴むと彼女の名前を呼んだ。



シャワーを浴びて出てくると女は

「ねえ、プレゼントしたネクタイ締めてってよ‥」

と近寄ってきて、ワイシャツを羽織らせボタンを留めるとネクタイを結んだ。

「ほらー、似合うよ‥」

女はそう言うと俺の目を覗き込み、満足気に笑ってから自分もシャワーを浴びに

行った。

女と目を合わせ、ニヤける自分に「俺も馬鹿だな…」と俯いた。







外の空気は刺すように冷たかった。陽射しはたっぷり注いでいたが、一瞬で手を

かじかませるほど、冬の朝は厳しかった。

『逢いたい…』

頭の中でふとそんな言葉がこだました。私は手袋をはめると車に乗り込んだ。

「涼子さんはいつも手が冷たいからこれをはめて運転するといいよ。」

突然、達矢さんの声が聞こえた。

この手袋は以前、達矢さんが買ってくれたものだった。



「涼子ちゃんごめん。来週帰らなくちゃならないんだよ…大変なとこごめんね。」

と南さんはすまなそうに私に言った。

南さんは来週、子供さんの49日法要があり、それで京都に帰ることになっていた。

奇しくもその日はバレンタインデーだった。

「あ、いいんですよ。大丈夫ですから気にしないでください。」

私は笑顔でそう返すと早速仕事に取り掛かった。

ここのところ急なお休みや早帰りなどで滞っていた仕事があった為それを挽回する

べく、気合いを入れる必要があった。

考えてみれば私の苦労など大した事は無い。クリスマスとバレンタインデーが一生

忘れることのできない悲しい想い出になる南さんを思えばなんて事は無い。

私は自分に喝を入れた。


南さんも自分がいなくなる間の仕事を先に済ませておかなければならず、忙しそう

にしていた。午前中もあっという間に過ぎ、お昼休みを取っていると、南さんが

突然顔を出して「涼子ちゃーん、差し入れだよ。」とケーキを買ってきてくれた。

「甘いものでも食べて疲れをとって…」

そう言うとまた外に出掛けて行った。

南さんを目で追いながら窓の外に目を移すと、午後の太陽はまるで春が来たかの

ようなを錯覚を私に起こさせた。








俺は女にもらったネクタイを締めたまま、朝帰りした。

俺は錯覚していたんだ。自分が特別な男にでもなったような気がして…

顔のいい女にまとわりつかれて、俺もすてたもんじゃないな…なんて。

本当は金にものを言わせているだけなのに…金で買った女なのに。

“愛”を金で買ったくせに…



俺は指名手配犯のように人の目を避けながら歩いた。コンビニでコーヒーを買って

雑誌をパラパラとめくって、それでも『俺はいい女と寝てきたんだぞ。』

とくだらない虚栄心を胸に、立っていた。

涼子さんに逢ったら震えて目も合わせられないくせに、何でこうも違うのだろう?

同じ女なのに‥女なんてみんな同じ筈なのに…

もし反対だったら?涼子さんが夜の仕事をしていたら俺は、今、商売女にしている

のと同じように彼女と簡単に接することができるのだろうか?…簡単に声を掛け、

簡単に寝て、そして弄んで…果たしてそれができるのだろうか?…

俺はふと、そんなことを考えていた。



一旦帰宅するとすぐに仕事に出掛けた。店長室でバレンタイン用の景品をチェック

しながら“彼女は来るだろうか?…”とふと思った。

“お前が来させなくしといて何言ってるんだよっ”俺はすぐに自分を戒めると

“でも、もしかしたら…”と心のどこかで期待していた。








南さんは法要の二日前に京都ヘ発った。

私は手作りのチョコレートを作り、一足先に南さんに渡すと

「電車の中で食べようかな…」と南さんは

照れたような、でも少し寂しそうなそんな顔をして受け取った。

家族にもチョコレートをあげ、あとは‥あとは…どうしようかと悩んでいた。

達矢さんの気持ちも分らぬまま、ううん…たぶん達矢さんは私のことなんてもう

どうでもいいと思っているに違いない。でも…でも、それでもいい。逢いたいな…

と心のどこかで期待していた。








俺はイベントを企画した。バレンタインに合わせての企画。彼女が来やすいように

店に来るきっかけとなるように願いを込めて計画した。

俺の方も突発的に思いついた為、準備は急を要し、全てにおいて無理矢理な感は

あったがそれも彼女の為、涼子さんの為なら何だってやりきれる、そういう自信が

あったから、徹夜だろうと何だろうとやりこなした。

DMも送ったし、新聞の折り込みチラシも用意した。あとは彼女が来てくれるのを

待つだけ。俺は祈るような気持ちだった。








『イベント?』

私は会社から帰宅すると郵便受けに見慣れたレイアウトのハガキがあるのを

見つけ、思わず手にした。

『達矢さん、DMくれたんだ…“バレンタインイベント二日間”か…』

私はハガキを手にしながら、まるでそれが手紙のような気がして少し嬉しかった。

『行きたいな…行ってもいいのかな?』

私は迷っていた。この前みたいにあんな寂しい思いをするのはイヤだし…怖い。

いろいろ考えながら階段を上り、玄関の前でハガキをバッグにしまった。



私は家の事をしながらも、行こうか行くまいか考えていた。日・月のイベント

だからどちらかは行ける。結局私は寝る時までずっと考えていた。


“やっぱり、行ってみよう。”

そう結論を出した私は、日曜日のバレンタインデーに行くことを決めた。

子供と主人が義母の見舞いに行っている間に急いでチョコレートを用意し、綺麗な

箱に入れた。そして今までずっと言いたくても言えなかった本当の気持ちを

ありのままに認めた手紙を、そして、自分の想いを、リボンの下に添えた。

南さんとの関係、そのいきさつも包み隠さず、ただ“達矢さんに本当のことを知って

もらいたい”その一心で、突き動かされるように書いた。

あとはこの想いが伝わることを祈るだけ、だった。








俺はちゃんと手はずを整えていた。地元の後輩がこっちで定職にもつかず、昼間

プラプラしていたから、そいつに頼んで“もしも彼女が遅れて来て空き台がない”

なんて言う時にも対応できるよう、うまいことそいつと交代できるように策を講じ

ていた。

“これで大丈夫!”俺は開店10分前からモニターを凝視していた。

オープンの時間が来て緊張しながら画面を睨んでいると突然、携帯電話が鳴った。

「全くなんだよこんな時に…」

俺はイライラしながら携帯電話を手にすると主は“ゆかり”で、最初無視していたが

再度しつこく鳴ったので、仕方なく出ると

「ねー助けて。ちょっと今来れる?」といつになく慌てた様子で言った。

「あー?何なんだよ、」と答えると

「事故っちゃった、悪いけど来てよ。」と切羽詰まったように言った。

「あー?事故?事故ってお前…」

「ちょっとでいいから、どうしていいかわからないんだよっ相手男だし…ちょっと

来てよーお願い。」と言った。

『どうしてこうなるんだよ…こんな時に。こんな時に限って…』















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