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運命の人  作者: K-ey
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~過ち~

義母の病状はとても深刻だった。血液がドロドロで、タバコと日頃の不摂生、

そして高齢の為に細くなった血管に血が詰まりやすくなっていた。

義父の仕事は順調で生活に困るということはなかったが、いかんせん文化の違いと

本人の遊び癖で、高額な医療費を払う事は困難を極めた。

そこでいつも私は何か問題がある度に病院側と義父との間で神経を遣わなくては

ならなかった。

この日も私は病院に呼ばれ、先に説明を受けていた義父への通訳を頼まれた。

義父は日本語の理解力がゼロに近かった為、いくら説明しても「ワカラナイ」を

繰り返し、私はほとほと困っていた。病院側からケースワーカーを紹介され、

何とか百万単位の高額な医療費の支払い方法を検討・説明し、おぼろげながらも

やっとその手続きをするところまでこぎつけた。


私は疲れ果て、午後から会社に行く予定だったのをキャンセルして、少しでも気分

転換をしたくて外へ出掛けた。特に行くあてはなかったが、とにかく“ひとり”になり

たくて車を走らせ、本当に無意識に気がつけば達矢さんのお店のある方に向かって

いた。途中何度も引き返そうと思ったが、でもやっぱり無心になれるのはあそこ

しか無いような気がして、結局、駐車場に車を停めた。

恐る恐るそれでも意を決して自動ドアの前に立つと、大音量とタバコの匂いが私を

迎え入れた。『久しぶりだと少し緊張するな…』私は下を向きながら店内を歩き

始めた。通路を通るたびにジロジロと見られながらそれでも好きな台を見つけると

そこに座り、ふーと深呼吸をするとハンドルに触れた。

達矢さんに見られているかもしれない、もしかしたらいないのかもしれない。

でも私はここに、達矢のさんのところにいたかった。







俺は知っていた。涼子さんが来たのを。

彼女のいつもの癖で入る入り口も決まっていたし、店内を歩くスピード、その姿、

台の見方など俺が間違える筈もないから、店に入って来てすぐに涼子さんだと

気づいていた。

でも俺は許せなかった。可哀想だと分かっていても、残酷でイヤな奴だと自分を

責めても、彼女を許すことはできなかった。


俺はこの日、女を呼んでいた。俺は涼子さんの座っているシマに女を移動させると

女の台を勝たせた。涼子さんが歯を食いしばって泣きそうな顔で必死に、サンドに

金を入れるその横で女の台を連チャンさせた。

涼子さんは他人の台を気にするタイプではなかったがさすがに、近くに座った女の

台が座ってすぐに連チャンする様をチラッと見て、複雑な表情をしていた。

短時間でみるみるうちにドル箱を積み重ねていく横で、彼女は一向に当たる気配が

なく、居た堪れない表情になり、ついにその場で涙を溢れさせた。

彼女は唇を噛み締めて我慢していたがついに堪えきれず、下を向きながら席を立つと

トイレに向かった。

俺は自分の拳を机に叩きつけた。彼女の顔をズームして、彼女が苦しんでいる様を

見てそれでも卑怯な真似を止めずに、とうとう彼女を泣かせたんだ。

『お前は彼女の目がだんだん涙でいっぱいになる様を見て喜んでいたんだ。いや、

違う、俺は…』

何度も何度も拳を机に叩きつけながら自分に言い訳をしていた。


涼子さんはなかなか出て来なかった。彼女は頑張り屋だけど本当は泣き虫だから

一度涙が溢れたらなかなか泣き止むことができないことも俺はよく知っていた。

俺は気が狂うほどに心配し、部屋の中をうろうろしていた。

『もしや自殺なんて⁈…』

俺は杉崎にトイレ付近に待機するよう指示を出した。

「出て来ました‥目が赤いです。」

彼女の目と鼻先は真っ赤で、顔を隠すようにうつむき加減で、足早に出口の方に

向かって行った。


出口付近のモニター画面に映る彼女の姿を見ると、俺は居ても立っても居られず

部屋を飛び出し、彼女の後を追った。急いでエンジンをかけ駐車場を出ると近くの

コンビニの前を通過する彼女の車が目に入った。俺は猛スピードを出して後を追い

かけ、数分走ったところでやっと彼女の車を捉えることができた。クラクションを

鳴らし、スピードを上げて近づこうとすると彼女は俺を振り切るように更にもっと

スピードを上げた。

『こんなところで危ないだろっ、』

メーターに目をやると80キロは出ていた。これ以上、このまま行ったら危険だと

判断し、俺は仕方なくスピードを緩めた。みるみるうちに彼女の車は遠くなり、

小さくなっていった。

俺はハンドルを何度もぶん殴った。

『お前が悪いんじゃないか、お前のせいなんだよ。お前が彼女を泣かせたくせに

何やってんだよ!』

路肩に車を止めると頭をハンドルにぶつけた。







『やっぱり行かなきゃよかった‥達矢さん、怒ってるんだ。私のこと嫌いになった

んだ…すぐ近くにいたあの女の人のこと、好きになったのかも…』

私は泣きじゃくっていた。悲しくて、寂しくて、自分が情けなくて、のこのこと

店に行った自分を恨んだ。

『これからどこに行けばいいんだろう…もう、達矢さんのお店にはいけない…』

私は人目をはばからず涙をこぼしていた。



私は暗い気持ちで数日を過ごした。何をしていても気持ちが晴れる事はなかったが

子供の前でだけは明るい顔でいようと努めていた。仕事にもなんとなく身が入らず

窓の外を眺めてはボーっとすることが多かった。そんな様子に気づいた南さんは

「涼子ちゃん何かあった?ここのところちょっと…」

と心配そうに私に声を掛けてくれた。

私は「え…何でもないです…」と言うのが精一杯で、前髪を直すふりをして涙を

隠した。私は本当にいろいろなものを抱えて、頭の中がパンパンに膨れ上がり、

多くを考えられない状態だった。


長い一日を終え、帰宅し、家の事を済ませやっとゆっくりできると湯船に浸かり

始めると、主人が私を呼びに来た。浴室のドアを叩き

「ママノビョウイン イマ デンワ、オペレーション」と慌てた様子で言った。

私は入ったばかりの湯船から急いで上がり、髪もろくに乾かさないまま夜中の寒空

へと飛び出した。

救急外来から入って、明かりの消えた薄暗い病院内へと進んでいくと看護師に

「ご家族の方ですか?こちらです、」と呼ばれた。

案内されるがまま廊下を進んで処置室の前まで来ると、もうすでに義母は中に

入っており、手術中の赤いランプが灯っていた。案内をしてくれた看護師が中に

入り、何やらスタッフと話をし「ご家族の方どうぞ、」と私たちを呼んだ。

中に入ると手術の担当スタッフが「危ないので動かないように言って下さいっ」と

訴えてきた。主人は母国語で母親を説得し、私は少しすると看護師に促されて部屋

から出ることになった。


こんな時でも義父は病院に姿を見せず、術後私と主人は医師から病状についての

説明を受けた。“あともう少しで脚を切断しなくてはならない状況で、血栓ができて

いるところをカテーテルを入れて血が流れるようにするバイパス手術を、これから

行うので、明け方まで時間を要する”とのことに私たちは子供を義妹に預け、

一晩中、病院で待機することとなった。

明かりの消えた病院の待合室で、自動販売機で買ったココアを手にしながら、

私は静かに祈っていた。



明け方無事に手術は終わり、しばらくは集中治療室で様子を見るということで、

私たちは病院側から説明を受けた後、看護師に促され帰宅することとなった。

空が明るくなるのを待って私は従姉に電話をし、この日休みをもらうことにした。






「何やってんだよ、彼女はもう二度と来ないかも知れないじゃないか…どうするん

だよ…どうするんだよっ」

俺は怒りと焦りに震えていた。

脱力感を伴って仕方なくホールに戻ると、女からメールが来た。

《ねぇ今日同伴しない?このまま食事してさーその後別にいいよ、しても。それで

その後、店に行こうよ。》

俺は狂いそうだった、どうにかなりそうで。こんな時に何言ってるんだよ、俺は

何やってるんだよ…




だが、結局また誘いに乗ることにした。

俺は、顔のいい、金の為なら簡単に誰とでも寝る女の口車に乗せられて、好きでも

ない女に金を与えてうまいものを食わせて、寝て、そいつの売り上げに貢献し、

その後また寝て…

俺はそういう男なんだよ…自分勝手で、卑怯で、平気で愛している女を裏切る

そういう汚い奴なんだよ…女なんてみんな同じさ。みんな…同じ…









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