~波動~
『そんなことよりどうしよう…』
スタッドレスもチェーンも準備できていなかった為、どうやって会社まで行こう
かと気をもんでいた。こんな時に主人は全くあてにできず、何か問題が起こる度に
私はいつも一人で対処するしかなく、その度に“なんで私はこの人と結婚して
しまったのだろう?…”と気持ちを暗くしていた。
考えた挙句、従姉に電話をし、タクシーで出勤する許可をもらった私はいつもより
早めに出勤し事務所の前の雪かきを手伝っていた。すると
「あれ?涼子ちゃん⁈」と後ろから声を掛けられ振り向いた。
「あっ南さん、おはようございます。」
「おはようございますって、何で来たの?雪降ってちゃって…」と
南さんは目を丸くして言った。
「何って、タクシーですよ。自分じゃ怖くてとても…」
「だから言ったろー迎えに行ってやるよって。連絡してくれればよかったのに‥」
南さんは少し怒ったような顔で言った。
「だって悪いもん…」
「ばかだな‥遠慮することなんかないのに…」
南さんはそう言うと呆れた顔をした。
午後になると路面を覆っていた雪もすっかり溶けて、朝の景色が一変した。
『太陽の力ってすごいなぁ。』
明るくなった空を見上げると黒い雪雲がゆっくりと太陽の下を通り過ぎようとして
いた。
「涼子ちゃん、今日の新年会大丈夫?」
母屋から様子を見に来た従姉がそう私に声を掛けた。
「晴れてきたし大丈夫ですよ。」と答えると
「じゃあ、向こうでね。」と笑ってドアを閉めた。
俺は後輩の杉崎を乗せて新年会へ出掛けた。杉崎は朝からのテンションをそのまま
に浮き足立っていて
「ねー先輩、二次会どこに行くんですかねぇ。黒田さんの紹介ってことは凄いとこ
ろですよね、」とニヤニヤしながら身を乗り出してきた。
「あーまあ、そうだな」と曖昧に答えると
「オレ噂に聞いてるんで楽しみなんすよ、」とのんきに笑っていた。
俺たちの会社の決まりとして一応客との恋愛は禁止となっていたが、そこのところ
は皆うまくやっていて、客との恋愛はおろか社内恋愛・不倫などが横行していた。
黒田も勿論その中に入っていて、客に手を出したり、部下に手を出したり好き勝手
やっている常習犯で、その噂は社内に広まっていた。
今回の新年会は不倫をしている奴らの格好の口実となり、二次会から抜け出す奴ら
もいた。二次会は女性スタッフがいたこともあって、お決まりのカラオケに行き、
その後、無事お開きとなった。
「この後は男だけで…」
黒田は三次会に参加したがっている男共に目配せをし、何台かに分かれて、黒田を
先頭に出発した。
「どこ行くんすかねぇ‥」
杉崎は目をランランと輝かせて俺の顔を覗き込んできた。
「知らねえよ、」
俺は一瞥し奴の車を追うと、やがて県境にある歓楽街に出た。奴の合図の下、
駐車場に車を停めると奴は、そこから数分のキャバクラに案内した。
「ここだよ、ここ。カワイイコばっかりだぞー」
黒田は得意げに笑いながら店の中へと入って行った。黒田はお気に入りの女と親し
げに話し始め、杉崎や他の連中もそれぞれ適当に女と話し始めた。俺の方は
タレントに似た顔の女がつき、“まあ可愛いからいいや。”と飲み始めた。
女は確かに可愛かったが何かと「すごーい。」を連発し、俺を若干白けさせた。
それでも男をその気にさせる術には長けていて、決して悪い気はせず、俺たちは
男の悲しい性を丸出しにして楽しんだ。
「今度遊びに行っていい?」と突然、女が切り出して何のことかと顔を見ていると
「店長さんだよね、黒田さんから聞いてるもん。」と言った。
黒田はもうとっくにお気に入りの女を自分の店に呼んで“特権”を使って楽しませて
いたらしく
「ねえ、いいでしょ、今度遊びに行くから出して。」と平気で言った。
「あ?ああ…」
俺は一瞬“ミホ”のことを思い出していた。
『こういうトコの女はどいつも同じなんだな…』
俺はグラスを口にした。
気の済むまで遊んだ後、帰り間際に女は俺に名刺を差し出した。名前は“さとみ”
電話番号が書かれてあった。
「また来てねーっていうかそっちに遊びに行くから、ホントに。じゃあね。」
女は俺の腕に胸をつけて耳元で囁いた。
私たちは南さんに起こった一連の話に一切触れることなく、ただ普通に新年会を
楽しんだ。“美味しいものを食べて笑うのが一番いい。”それが会社の仲間から
南さんに対しての心遣いだった。
私も少しお酒を飲んで心のモヤモヤを解消し、二次会のカラオケでストレスを発散
していた。
二次会がお開きとなった後、私は南さんと寒い公園を少し歩いた。まだ家に帰り
たくなかったし、何より寂しかった。
「寒いね、」
南さんはコートの襟を立てて、ポケットに手を入れた。
「うん、そうですね。空気が張っていて冷たいですね‥」
私は手を擦り合わせながら息をかけて言った。
「涼子ちゃん彼氏のこと好き?」
南さんは突然、前を見つめたままポツリと言った
「え…どうしてそんなこと聞くんですか?」
「うん?嫉妬かな…羨ましいなと思ってさ‥」
「……。」
「独り占めしたいよ‥」
南さんは私を引き寄せ、そして抱きしめた。
私は苦しくて涙が溢れて、何も言えずに南さんの胸の中でじっとしていた。
『私はいつまでこうしてるんだろう‥この人の優しさに甘えているんだろう…
でも、この人がいなかったら今の私は…』
私は南さんの背中にそっと手をまわすと、力を込めた。
南さんはいつも私に気を遣って自分の気持ちよりも私の方を優先してくれる。
だから余計に私は弱くなってしまうのだった。私は後ろめたさを感じながらも結局
南さんに抱かれ、弱い自分を慰めた。優しくされればされるほど弱くなっていく
自分に、嫌悪感を抱きながら“優しくしないで…”と心の中で呟いて……。
「君が車に乗るまで見てるから。」と南さんに言われ、私は頷き、車の外に出た。
自分の車を見つけ急いで乗り込み、エンジンをかけると南さんに手を振った。
南さんはピッとクラクションを鳴らすと車をUターンさせた。
「こんな時間になっちゃった…」
私はルームミラーで顔や髪などをチェックしてから急いで車を出した。
代行を呼んで、シートにもたれ掛かりぼんやりと窓の外を見ていた。
『⁈あれは…』
テールランプのついた車の中から女の人が出てきた。
『あの横顔、涼子さんだよね…』
慌てて身を起こし、後ろを振り返りながら確認するとやはり彼女と同じ車で
『こんな時間に…?』
次の瞬間俺はピンときた。ここで南と落ち合ったんだなってことを。
“もういいよ…よくわかったから…”
俺は怒りに震える身体をなんとか落ち着かせながらゆっくりと前に向き直った。
俺は翌日、キャバクラで出逢った女を店に呼んだ。
「出してやるから来いよ、その代わり…」
俺はハッキリと自分の目的を女に告げた。出してやるから対価を与えろと要求
した。女は「えー、んーいいよ。」とあっさり承諾した。
『こんなもんだよ、これでいいんだよ。』
女はサングラスをかけ店に現れた。遊技中メールでやりとりをし、適当なところ
で切り上げさせ、飯を食わせそして…ヤッた。女の顔はタレント並みだったから
俺も気分が乗った。“これからはコレでいこう…”俺はフッと笑った。
それから俺はこの女の店に頻繁に通うようになり、女にとっても俺にとっても
好都合の、お互い持ちつ持たれつの関係になった。
俺の懐が痛むわけでもなく、店の金で女を抱けるのだから“こんな良い事は
無い”と関係を続けていた。
「あたしたち付き合わない?」
女は味をしめたとばかりにまとわりついて上目使いで俺に言った。
「…わりぃ、それはできねぇ。俺には好きな女がいるから…」
俺は吐き捨てるようにその可愛い顔に言ってやった。




