~記念日~
『達矢さん…』
突然掛かってきた達矢さんからの電話に最初は戸惑ってどうすることもできずに
いるうちに電話は切れてしまったが、二度目の電話に私は応答した。
「‥もしもし」
「俺だけど、今何してる?今日忘年会だったっけ?」
彼の声を聞いた途端、喉が詰まったようになり少し間が空くと、彼はすかさず
「涼子さん、クリスマスイブに逢える?君にプレゼントがあるんだ。」
と早い口調で言った。
「涼子さん?…」
私は震えていた。
「…うん、大丈夫。また電話する、ね‥」
「忘年会どう?」
「お、終わったから…もう、今、帰るところ…」
「そう…迎えに行こうか?」
「…だ、大丈夫…帰れるから、」
「そう、じゃあ気をつけてよ、変なのがいるかもしれないから。」
私は静かに電話を切ると
「あの…南さん、私今日…ごめんなさい‥あの、帰らなくちゃ…」と
南さんに告げた。
達矢さんの声を聞いてしまっては、もう彼を裏切る事は出来なかった。
南さんは少し笑って黙って頷くと静かに来た道を引き返した。
私は顔を上げることができず押し黙ってただ一点を見つめ、車に揺られていると
やがて
「気をつけて帰るんだよ…」と
南さんは私の頭に手を置き、そう優しく声を掛けた。
気が付くと落ち合わせた場所に着いており、私は「はい‥」と返事をすると
静かに車を降り、暗く冷たい駐車場の上を足早に自分の車へと向かった。
急に吹いてきた嵐のような強風に少し怖さを覚えながらも車に乗り込むと、
家へと急いだ。
「それにしても強い風だな…」
俺はホテルの道を挟んだ反対側に建っている雑居ビルの前に路駐しながら、様子を
伺っていた。彼女との電話を切り、冷たく湿った空気を顔に浴びながらタバコを
吹かしていた。
「うまいなぁ…」
白い煙は外に行くことを拒んで車の中へとすぐに引き返してきた。
『彼女と俺はそう簡単に離れることなんかできやしないんだよ…ハハハハハハ』
俺はこみ上げてくる笑いを抑えながらダッシュボードの下にある小物入れを開け、
彼女へのクリスマスプレゼントを確認してからまた、ほくそ笑んだ。
『クリスマスに俺たちはまたひとつになる…愛とは信じること。』
俺は自分にそう言い聞かせて静かに車を出した。
翌日、私は子供へのクリスマスプレゼントを買いにおもちゃ屋さんへ出掛けた。
以前から欲しがっていたゲームがあって、それをお目当てに出掛けたのだったが
それは売り切れとなっており、子供はひどくがっかりしていたが
「もっといいのがあるかもよ。」
と励まし、なんとか、なだめすかした。
「じゃあ帰りにケーキでも買って行こうか…」
私は生クリームやスポンジの材料などを調達すると、クリスマス仕様の店内に
気分を軽くしながらレジへと向かった。
「ママ、ケーキは?」
「んー?今年はママが自分で作るよ。」
子供は「すごーい。」と言って、その場でぴょんぴょん飛び跳ねた。
主人は相変わらず無職で、たまに知人からの伝で入ってくるアルバイトをして
いる程度だった。
主人と結婚してから、これといって特別なプレゼントを貰ったわけでもなく
結婚記念日だからといってジュエリーを贈られたこともなく、“文化が違うと
こうも違うものか”といつの間にかそんなことさえも気に掛けなくなってしまって
いる私がいた。
家族連れで賑わう店を出て、家に着くと、主人は台所の掃除をしていて
『この人は女に生まれればよかったのに…』
そう思いながら買ってきた物を整理し始めた。
一段落するとテレビの部屋で遊んでいる子供を尻目に達矢さんにメールを送った。
《涼子です、昨日はごめんね。クリスマスの事だけど、24日私は大丈夫だよ。》
ほどなくして返信があり、私たちは24日クリスマスイブに逢う約束をした。
夜の街はいつもとは違った温かさで輝きを放っていた。
街路樹に飾り付けられた青く光るイルミネーションや、トナカイ・サンタクロース
の形をした置き物がクリスマス特有の華やかさで通る人を魅了していた。
私はそれなりのおしゃれをして達矢さんの元へと向かった。待ち合わせ場所に
現れた彼もやはりどこかいつもとは違って見えて、お互いに少し照れながら
クリスマスの特別なデートに出掛けた。
達矢さんらしくプランをしっかり練ってくれていて、まずはビルの展望台からの
夜景を楽しんだ。パノラマに広がる夜景はそのものが正しくイルミネーションで
ロマンティックな別世界へと私を連れて行ってくれた。私が、その綺麗さに圧倒
されていると達矢さんは後ろから私の首に何かをかけた。驚いて目をやると
それは小さな丸いペンダントで思わず後ろを振り返ると、達矢さんは微笑んで
「これ合体するんだ。俺のは大きい輪っかで君のをしっかり包んで守るんだよ。
二つで一つなんだ。」
達矢さんはポケットからもう一つのペンダントを取り出すと私に見せた。
「やってみようか?」
彼は私の首からペンダントを外すと目の前で合体して見せた。
「ほら、」
彼のペンダントと私のペンダントはしっかりとはまって1つになった。
「ありがとう…」
私は彼の目を見つめてそう言うと、彼は笑ってもう一度私の首にペンダントを
かけてくれた。
「貸して‥」
私は彼の手からペンダントを受け取ると背伸びをして、彼の首にペンダントを
かけた。
私たちはしばらく見つめ合ってそしてハグをすると
「このビルの中にもう一つ面白いところがあるんだよ。」と
達矢さんは得意げに私を促すと階下の水族館へと連れて行ってくれた。
水族館が好きな私は子供のようにはしゃいで、達矢さんを振り回した。
「ねえ見て見て、」
次から次へと見たがる私に達矢さんは呆れ顔で、終始笑いながら私に手を引かれ
て付き合っていた。
「ねえ見て、これっ」
達矢さんの手を引いて水槽に顔を近づけた時、微かに携帯電話が鳴る音が聞こた。
「ちょっと待って…」
私は彼の目を覗き込みながらバッグから電話を取り出すと画面表示に目をやった。
『‥南さん…』
私はドキっとしてそのままでいると一旦電話は切れ、そしてまた、そうこうして
いるうちに電話は掛かってきた。
「ごめんなさい、ちょっとトイレに行ってくるね…」
私は達矢さんにそう告げると、彼から姿が見えないところまで駆けて行き、
急いで電話に出ると南さんはいつになく切羽詰まった様子で言った。
「涼子ちゃん、今どこにいる?子供が、子供が…」
あまりの動揺ぶりにただならぬ気配を感じ
「どうしたんですか?子供さんがどうかしたんですか?」と慌てて聞き返すと
「子供が事故にあったらしいんだ‥今、電話があって、今日あの子の誕生日で
それでプレゼントを買いに出掛けた時に…涼子ちゃん今どこにいる?」
私は普段の南さんからはとても想像つかない動揺ぶりに、心配になり
『側にいてあげなくちゃ。』と思った。
「待っていてください‥」
私は南さんにそう告げると急いで達矢さんのいるところまで戻り、
「達矢さんごめんなさい、帰らなくちゃ、友達の子供さんが事故で、それで
とても動揺していて側にいて欲しいって泣いてるの、帰らなくちゃ。」と
手を掴んで訴えた。すると達矢さんは顔色を変えて
「友達?誰?友達って誰なの‥」と無表情で言った。
私は少し黙っていたが一刻を争うので仕方なく
「‥み、南さん…」
と口にすると彼は激昂して手を振り払い
「南?友達?いい加減にしろ、俺は知ってるんだぞ何もかも。君はあいつと
付き合ってるんだろう⁈そうだろ、あいつと寝てるんだろ‥」
と周囲の目もはばからずに言った。
「達矢さん…違う、でも私‥」
「いいよ、行けよ。待ってるなら行けばいいだろ‥」
彼はそう言うなり、足早に姿を消してしまった。
私は泣きながら、それでも、動揺している南さんの元へと駆けつける為に
エレベーターへと急いだ。
私に向けられる周囲の人の好奇の目をかいくぐりながら、私は必死で南さんの元
へと急いだ。




