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運命の人  作者: K-ey
43/91

~扉~

何をするでもなく何を考えるでもなくただ呆然と店の前に立ち尽くしていた。

何をどうしていいのか自分でもよくわからず、とりあえずこの場から立ち去ろう

とした時、店のドアがゆっくりと開いた。

「ねえ、また来てねーほんとに今夜は…」

開いたドアの向こうにいたのはあの女だった。女は目の前に立っている俺に一瞬

驚いた表情を見せたが、すぐに顔色を変えて女の傍らにいる客に向かって

「今夜は楽しかったぁ、ありがとーまた来てね。」

と言って男の腕を引っ張り、顔を近づけた。

「どうも、またねー」

女は男に手を振り、見送ると今度は俺の方に視線を送り

「あら、どうしたの?久しぶり」

と声を掛けた。俺は動揺して、何も言わず立ち去ろうとすると女は

「せっかく来たんだからちょっと寄ってけば…」

と言ってドアのほうに顔を傾けた。

「いや…別に、俺は‥」

しどろもどろで、ろくに女の目も見られずにいると

「あっそ、じゃあ何しに来たの?」

と人を軽蔑するような言い方をした。やがて、それでも俺が煮え切らない態度で

いると見かねたように

「忙しいからじゃあね、」

と言ってドアノブに手を掛けた。それを見た俺は咄嗟に

「中に入るよ‥」

と言ってしまい、結局女に促されるまま店に入ることとなった。



「何飲むの?」

女は席に着くなりそう尋ねた。注文をとるとすぐに足を組み、タバコに火を

つけて天井に向かって煙を吐くと、ゆっくりと俺の顔を見て

「よく来たね。」と言った。

俺は「ああ‥」とだけ答えると、手持ち無沙汰に上着からタバコを取り出し、

1本手にした。すると女はすかさずライターをかざしタバコに火をつけ、俺の顔を

見ながら馬鹿にしたような態度で言った。

「ねぇ、ほんとに店長やってんのー?」

俺はその言い方にイラっとして

「本当に店長やってるよ、正真正銘、俺があの店の店長だよ。」と

顔を見返して言ってやった。それでも女は

「ふーん…でもあの時は全然出なかったじゃん」

と煙を吐きながら腕組みをした。ちょうどその時、酒が運ばれてきて女は水割り

を作りながら

「店長でも自分の思い通りにはできないんだね、そうだよねえ所詮雇われてるん

だもんね」

とグラスを差し出した。

俺はだんだん、度重なる女の失礼な態度に我慢しきれなくなって

「出そうと思えば出せるよ、その必要があればね。」

と言って酒をあおった。女は鼻で笑うと自分の水割りを作りグラスを口にした。

「ねー今日は何どうして来たの?またやりたいから来たの?あいつなら簡単に

って…そう思ってきたわけ?」

とタバコ灰皿に押し当てながら尋ねた。

「べ、別に…そうじゃないよ、たまたま近くを通ったから寄っただけだよ。」

俺は再び酒を口にするとタバコを吸った。すると女は短く笑ってグラスを手に

取りゆっくりと口に運んだ。


俺はこれ以上何を話していいのか、とうとう間が持てなくなって早々帰ることに

した。

女は「もう帰るの?まだいいじゃん。」

と引き止めたがどうにも居心地が悪くなり席を立った。

女は帰り際に「また来てねー、いつでもどうぞ。」と意味ありげに笑うと

俺を見送った。

「やっぱりダメだ…どうしてこんな所来ちゃったんだよ」

俺はドアを開けて外に出るとそうつぶやいて店を後にした。


『涼子さん、俺どうすればいい?こんなにも好きなのに、こんなにも想っている

のに…誰にもとられたくないんだよ。』

俺はどうすることもできない、今までとは違う焦りを感じていた。






私はどうして、達矢さんにあんな態度をとってしまったのだろう?大好きな達矢

さんに抱きしめられて幸せなはずなのに、南さんの姿を見た途端、取り乱して

しまって咄嗟に彼の頬を叩くなんて…そして今日は今日で南さんからお揃いの

マグカップを貰って喜んで…。

「ずるいよ。」

私は帰宅ラッシュの車列の中で、前の車のテールランプを見つめながらずっと

考えていた。

『あれじゃ彼がかわいそう…南さんのことが好きなんじゃないか?って疑われても

無理はない。達矢さん傷ついただろうな…』



この日は夜中に何度も目が覚めた。早く寝なきゃと思えば思うほど目が冴えて

しまい、少し寝ては起き、また少ししては起きと結局、熟睡することはできずに

朝を迎えた。



会社に着くと出入りの業者さんがクリスマスケーキのカタログを持ってきて

くれた様子で、私の机の上にそれが置いてあった。

『もうすぐクリスマス。達矢さんに何をプレゼントしようかな…それから、

南さんにも…』

私はそこで考えるのをやめて仕事の準備を始めた。

『私ってずるい女。でも…もう愛人になるって決めたんだから、もし今度南さんに

誘われたらもちろんやっぱり、そうしなくちゃいけないんだよね…』

私は書類を手にしながらふとそんな風に思った。


「おはようございまーす。」

元気な声で南さんが入ってきた。私は慌てて手を動かし

「おはようございます。」

と挨拶を返した。

「涼子ちゃん今日、午後少し空いてる?一緒に行ってもらいたいところがあるんだ

けど…大丈夫、社長にはちゃんと許可を取ってあるから。」

南さんは何だか晴れやかで嬉しそうな顔をして私に言った。

「ええ、はい大丈夫ですよ、わかりました。」

私が呆気にとられていると、南さんはそそくさと鞄をしまい、仕事の準備に

取り掛かった。






俺は一晩中考えていた。南と涼子さんとの関係をハッキリと確かめてみよう。

こんな事は良くないかもしれないが、やむを得ない。あの二人を尾行してみよう

そう決めた。

俺は早速、今日から実行に移すことにした。以前彼女を待ち伏せしていたところ

から会社まで、彼女に気づかれないよう上手くやる自信はある。仕事の合間を

縫って出来る限りやってみるつもりだ。


俺は昼休みを利用して外に出掛けた。12月になると通り過ぎる車もどことなく

皆急いでいるように見え、迫りくる夜にせかされているようにも見えた。

評判の唐揚げ専門店で弁当を買って彼女の会社に向かうと、遠くから彼女の車を

確認し、まずはひと安心でいつもの場所に車を停めた。弁当の包みを開けると、

駐車場に植わっている木々の、色づいた枯葉が目の前をはらりと落ちた。

“最後の一葉”ふとそんな言葉が頭に浮かんだ。












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