~冷たい炎~
「あいつ‼︎俺の女によくも…やっぱりそうだったんだな」
俺は一部始終を見ていた。悩んでいる彼女の髪を撫で、二人で親密そうに
話している様子を、そして抱き合う姿を。許せない、絶対に。決して許さない。
俺は二人が密着している姿を目の当たりにし、自分の中にある、冷たい炎が
燃え上がるのを感じた。
【憎悪】と【復讐】この二つの言葉がふと頭をよぎった。
俺は怒りを抑えて車の中で静かに耐えていた。
あいつに抱きしめられている彼女の顔や反応を観察していた。特段嫌がる様子も
なくあいつの腕の中にいる彼女はいったい何を考えているのだろう…
『まさか彼女もあいつのことを…。』
そうこうしているうちに彼女は出てきた。指を口にあて、うつむき加減に
小走りで車に乗り込み、そして中に入ると下を向いて何かを考えている様子で
じっとしていた。
俺は彼女に電話を掛けた。
「出ろよ‥」
戸惑っている彼女を遠くで見ながらそう呟いていた。
彼女は携帯電話を握り締めたまま、切なそうな、怯えているような表情で下を
向いていた。
「早く出ろ‥」
「…もしもし‥」
彼女はようやく電話に出た。
俺は冷静に「もしもし、さっきはどうしたの?何かあった?」と聞くと
「…違うの、何でもないの。ごめんなさい、あの時ちょっと忙しくて…」と
途切れ途切れに答えた。
「俺、心配したんだよ急に電話が切れちゃったから‥」
「あの‥ごめんなさい、ほんとに‥」
彼女は指を丸めて口元に触れながらそう言った。
俺は必死に自分を抑えながら
「今ちょっとだけ逢える?顔を見れば安心するから‥」と続けた。
「でも…」
「少しだけ、君の顔を見たらすぐに帰るから…」
俺はそう言いつつも彼女の様子を見つめていた。しばらく考え、そしてようやく
「わかった‥」と彼女は返事をすると「じゃいつものところで‥」と続けた。
「いや、俺が君の会社まで行くよ」と言うとすぐさま
「だめ。」と言った。
「どうしてだめなの?もう近くにいるんだよ、だから心配しないで。」と
俺はほくそ笑みながら彼女に告げた。
「でも、」
「大丈夫。あとどのくらいで終わる?待ってるから‥」
「でも達矢さん‥」
「いいから、あとどのくらいで終わるの?」
「…」
「え?」
「…実は、今日はもう上がっていいと言われて、もう帰るとこなの…」
「そう‥じゃあちょうどいい。今から行くよ、5分後には会社の駐車場まで行ける
から‥」
俺がそう伝え、すぐに電話を切ると 彼女は思いつめたような表情で下を向いた。
俺はダッシュボードからタバコを取り出した。ここしばらく吸っていなかった
タバコ。彼女が大嫌いなタバコを1本取り出すと火をつけ、彼女が困っている様を
じっと観察しながらゆっくりと吸った。
『彼女はどういうつもりなのか聞いてみないとな…さて、そろそろ行くか。』
俺は2、3回吸うと、火がついたままのタバコを窓の外にポイっと投げ捨てた。
地面に当たった火の塊は飛び散り、コロコロと回り、風に煽られどこかへ転がって
行った。
「今行くからね‥」
向こうに見える彼女に向かってそうつぶやきながら俺はゆっくりと車を出した。
会社の脇に車を移動させるとピッと1回クラクションを鳴らした。まもなくして
彼女は姿を見せた。助手席の窓の外に立った彼女は、俺の目を一度見るとすぐに
目をそらし、両手を丸めながら寒そうに指を口元に持っていった。
窓を開けて「入って、」と言うと彼女はゆっくりドアを開け、中に入ってきた。
俺はすかさず「寒いね。」と彼女に声を掛けるとこっちをチラッと見て
「うん。」と頷き再び指を口元にあてた。
得体の知れない沈黙が流れ、俺は意を決して
「涼子さん、何か俺に隠していることない?」と単刀直入に切り出した。
すると彼女は口元に指をあてたままこっちを見ずに「ううん」と首を横に振った。
「この間からずっと君のことが心配になってて、今日だってほら、いつもと違った
ような感じだったから、何かあったんじゃないかって…」
彼女はこっちを見ずにずっと一点を見つめて話を聞いていた。
俺はその様子を見てふいに彼女の手を取り、
「心配事でもあるならこの俺に何でも相談して。」と目を見て訴えると
彼女は一瞬うろたえたような表情になり、俺を見て
「何でもないの…ほんとに何でもないの…」と言いながら
涙をポツリとこぼした。
「何でもないならなぜ泣くの?」
俺は彼女の頬に触れてそう尋ねると
「ごめんなさい、私…」と何かを言い掛けて口をつぐんだ。
俺は咄嗟に「涼子さん、今日、南ってやつと一緒に食事に行ったの?」
と尋ねると彼女は俺を見上げ、驚いた表情で見つめた。
やがて「‥そう、南さんと食事に出掛けたの、でも社長が、契約のご褒美だから
行ってきなさいって、それで、それで出掛けたの」
と言い訳をするように言った。
「ふーん、二人だけで?」
「そうよ、二人にご褒美をくれたから‥」
「そう、楽しかった?」
「ちょっと待って、どうしてそんなこと聞くの?楽しかったも何も食事でしょ、
ご飯食べに行っただけでしょ‥」
「ご飯食べに行っただけ?…」俺は彼女の方を見た。
すると彼女は目を見開いて「そうよ仕事仲間と食事に行っちゃいけないの?」
と声を荒らげて言った。
「俺見たんだよ、あのショッピングモールで、二人で一緒にいるところ」
「え?あーそれは酔いを覚ますために寄ったの、だってそのまま帰るわけにも
いかないでしょ」彼女は早い口調で言った。
「酔いを覚ますって、お酒飲んだの?」
「ちょっとだけ飲んだの、食前酒で冷酒を…」
「冷酒?ふーん、いいとこ行ったんだね。」
「ちょっと待って、」
「飲めないのに飲んだんだ‥」
「それは、」
「しかも男と二人きりで…」
「ちょっと待って彼は良い人よ、南さんはあなたが考えているような人じゃないの
とても優しい人よ。あなたと同じように‥」
彼女は必死に俺の目を見てそう訴え掛けた。
「良い人?優しい人?君、南ってやつのことが好きなんじゃ…」
俺がそう言い掛けると突然誰かがこっちに歩いてくる気配がした。暗闇の中から
だんだん誰かが近づいて来るその音に気がついて、彼女は振り返ると
「南さん…」と呟いた。
彼女が明らかに動揺してそわそわし出すのを見ると俺は、あいつの姿をこの目で
確認して、咄嗟に彼女を強引に引き寄せ、キスをした。




