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運命の人  作者: K-ey
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~似た者同士~

その後、私は彼に抱かれた。

自分の中の混沌とした、自分でもよく理解できないこのモヤモヤとしたものを

消し去る為に自分から彼を求めて、自分の為に彼に抱かれた。


「どうしたの?何かあったの?」

彼は私の顔を覗き込みながら心配そうに言った。

「ううん‥別に何でもないの。ただあなたに抱かれたかったから‥

抱いて欲しかったの。」

私はそう言うと彼の胸に顔をうずめ、ゆっくりと窓の外に目をやった。

彼は「うん…」と言うと髪にキスをして肩をさすった。


「あっ今何時?そろそろ帰らなくちゃ、」

私は慌てて身を起こし、服の乱れを直して髪をとかすと、もう一度口紅を引いた。

「ごめんなさい、もう行かなくちゃ‥ストールありがとう。」

私は彼に笑顔を見せると車から降りた。

自分の車に乗り込むと足元に香水を振り、ルームミラーで顔をチェックして

エンジンをかけた。

『私はいったい何をしてるんだろう…』ふとそんな言葉が心に湧いた。

なんとなくもう一度ミラーを覗き込んでみると、そこにはいつもとは違う顔の

自分が映っていて、思わず目を伏せた。



すっかり暗くなった、見慣れた街並みをスピードを上げて通り抜け、家へと

急いだ。

『南さんもう帰ったかな…』

ふいによぎった言葉を打ち消すように、すぐさま音楽をかけてボリュームを

上げ、アクセルを踏んだ。




家に帰ると次から次へと家事を済ませ、何ひとつ頭の中に入る隙を与えない

ようにした。見たくもないテレビを見て、子供の世話をしながら食事を摂った。

ちゃんと聞いているようで聞いていないような会話を繰り返しながらじっと

そこにいた。

そうして、子供を寝かしつけるとようやく自分の時間になり、お風呂に入った。

何回も何回も石鹸を泡立てて全身をくまなく入念に洗った。

湯船に浸かると達矢さんに抱かれた時のことをふと思い出して、私をまた

おかしくさせた。





翌朝、私はいつもの時間に起き、いつものように朝食を食べ、いつもの時間に

なると子供を保育園に連れて行った。でも、今日はあの時南さんに買って貰った

ブレスレットを左手に付けていた。

「わあー素敵なブレスレット!」

若い保育士さんがすかさずそれに気づき、声を上げた。

「あ、どうも‥ありがとう。」

私は曖昧な笑みを浮かべてその場を後にした。

車に乗り込むと今日はなんとなく音楽を聴く気分にはなれず、珍しく何も

かけずに運転することにした。


赤信号で止まった横断歩道をランドセルを背負った小学生の群れが、

キャッキャッとはしゃぎながら通り過ぎて行く様を、ぼんやりと見守りながら

ふと左の手首に目をやると、銀色に光るブレスレットが静かに揺れていた。

思わず『南さん‥』と呟きそうになり、『違う、達矢さんでしょ。』と

私は間髪入れず自分に言い返した。




『今日はいつも以上に集中してやらないと。』

私はそう自分に言い聞かせて駐車場に車を停めた。一回深呼吸をすると

会社のドアを開け

「おはようございます。」と

いつもより大きな声で挨拶をしながら中へ入った。

「おはよう。」

私は一瞬ドキっとして部屋の中を覗き込むと社長がパソコンを叩きながら

顔を上げた。

「あっおはようございます、今お茶を淹れますね。」

「あーありがとう。」

私は急いで机の上にバッグを置くと給湯室に向かった。ホッとしたような

少しがっかりしたようなそんな複雑な気持ちを抱えて、髪の毛を束ねながら

歩いて行った。


コーヒーをおとしながら皆んなのカップをお盆に並べていた。

『そうか‥南さん、』

私はカップを手にしたまま少しの間迷っていると

「おはようございます。」

と大きな声がした。

「大丈夫か子供の方は…」

私は動きを止めて耳を澄ました。

「ええ、まあ大丈夫です。いつものことだから‥それよりすみませんでした急に」

「いいんだよ、こっちが無理言って来てもらってるんだから。」

私は南さんのカップをお盆に乗せた。


他の部署に飲み物を配り終えるとコーヒーを3つ用意して事務所に入った。

意を決して「おはようございます。」と大きな声で言いながらドアを開けると

南さんはすぐにこっちを見て「おはよう。」といつもと変わらない態度で

私に言った。

私はホッとしながら社長にコーヒーを渡すと南さんの机にコーヒーを置いた。

すると「あーいつもありがとう。昨日は忙しかった?たまにはうるさいのが

いなくて清々したんじゃない⁈」と振り返って笑った。

「そんな…」

私は自分のカップを机の上に置くと席に着き、手を温めた。

カップの中でぐるぐると回るコーヒーの渦を見ながら

『清々なんてしていない、心配してたのに…』と心の中で呟いた。


「あれ?珍しいね、砂糖入れたの?スプーン使ってるってことは。」

「‥はい、なんかちょっと甘いのが欲しくて」

「う〜ん?疲れてんのかな?」

「‥別に、」

疲れているのは南さんの方じゃ‥大丈夫だったのかな?子供さん…

私は南さんの横顔をそっと見ながら、弱味を一切見せようとしない南さんの

ことが少し心配になった。




「さあーご飯ご飯、涼子ちゃんもお昼にしよう。」

南さんは私にそう声を掛けてくれた後

「ほら貸してごらん、たまには僕が洗ってあげるから」と言って

カップを指差した。

「あ、でも‥」

「いいから、ほら、」

私は遠慮がちにカップを差し出すと

「あれ?付けてくれてるのブレスレット‥」

そう言って私の手首を掴むと嬉しそうに眺め回した。私はドキっとして咄嗟に

うつむくと「良く似合うよ。」と言って手を離した。

そして南さんはカップを手にすると鼻歌を歌いながら歩いて行った。

『私のバカ…』

南さんの後ろ姿を見ながら私は自己嫌悪に陥った。



昼休みが終わるとすぐ社長が事務所に顔を出した。

「悪いけど、これから南と一緒に行ってもらいたいところがあるんだ。

あともうちょっとで契約を取れそうなところがあるんだよー。涼子ちゃんも

一緒に行ってもらえれば機嫌が良くなってOKサインを出してくれそうな気が

するんだよな。いいかな?頼むよ。」

そう開口一番私に言った。

「でも‥私なんか何の役にも…」

「いや、いいんだよ一緒に行ってくれるだけで。あいつの横で笑っていてくれ

さえすれば‥」

「…それでいいんだったら別に…」

「よし、じゃあ決まり。後は頼んだよ。」

そう告げると忙しそうに部屋を出て行った

『いいけど、でもどうしよう…ちょっと待って、私なに意識してるの?

仕事なんだからただ普通にしていればいいでしょ。』

私はそう自分に言い聞かせた。



「涼子ちゃん社長から聞いた?悪いけど一緒に行ってくれる?」

南さんは勢いよくドアを開けながら私に言い放った。

「いいですよ。」

「良かったー、じゃ車で待ってるから」

そう言うとまたすぐに外へ出て行った。

私は引き出しから手鏡を取り出すと髪の乱れを直し、口紅をそっと引いた。



「さてと、美人さんお願いしますよ。」

南さんは私が車に乗るとすぐにそう声を掛けた。

「もう‥そんな、知りませんよどうなっても。」

「いいんだよ一緒にいてくれさえすれば。それだけでいいの、」

そう笑うとシフトに手を伸ばした。そして思い出したように私の方を見ると

頷いて「今日は大丈夫だね、自分で締められたんだ。」と言って車を出した。




先方の会社に着くとやはり最初は緊張していたが、そこは南さんが全て

フォローしてくれたので、私は本当にただ側にいて話の相槌を打っているだけで

事は万事上手く運んだ。

会社を出て駐車場を歩く私を気遣い

「緊張しただろ。でもありがとう君のお陰だよ。」と言って

背中をポンと叩いて笑い掛け、先に車に乗り込んだ。

私は南さんの後ろ姿を見ながらゆっくりと車に歩み寄り車のドアを開けると

静かに座った。

「いい?じゃあ出発。」

私達は無事に任務を終えて会社を後にした。


私はドキドキしているのを悟られないように、取り留めのない話を持ち出しては

繰り返していた。静かになると何かが起こってしまいそうなそんな気がして

怖くて、必死に話し続けていた。


「涼子ちゃん、」

南さんは突然、話を遮るように私の名前を呼んだ。

「‥はい」

私は思わず南さんの顔を見つめると

「涼子ちゃん、俺、この前言ったこと本当だよ。勢いなんかじゃなくて本当に

君のことが好きなんだ。」

そして、南さんは私の方を振り向くと目を見つめてこう言った。


「僕の愛人になって欲しいんだ。」










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