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運命の人  作者: K-ey
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~表と裏~

とりあえず、すぐに行くのは気まずいと思いそのまま様子を伺っていると

誰かの足音が聞こえてきた。だんだん近づいてくるその足音にソワソワして

いると南さんが現れた。

咄嗟に何もなかったように笑って「今持って行きまーす」と声を掛けると

南さんは真面目な顔をしてふいに私を抱き寄せた。

「南さんっ‥」

彼は黙ったまま私を抱きしめていた。


しばらくそうしていると彼は何も言わず私の顔も見ずに事務所から出て行った。

私は今起きたことにただ呆然と立ち尽くしていた。

『どうしたんだろう?南さんのあんな顔初めて見た。』

普段の南さんとの違いに余計に心配になって、少しの間彼のことを考えていた。

「涼子ちゃんもう時間になるよ。」

ふいに従姉から声を掛けられ、慌ててコーヒーカップを洗うと洗いかごに入れた。



「お先に失礼します。」

そう挨拶をして外に出ると辺りはもう真っ暗で、空気がしっとりと重く

冬の匂いがした。

「うわー寒いっ」

私は指を丸めて息を吹きかけながら車まで急いだ。息を弾ませ足踏みをしながら

ドアのロックを解除しているとふいに後ろから声を掛けられた。

驚いて振り返るとそこには南さんが立っていて、さっきと同じように

真面目な顔をして佇んでいた。

「南さん…」

「さっきはごめん。でも…俺、君のことが好きなんだ。」と突然私に告げた。

「……」

私はあまりにも突然のことに何も言うことができず、ただ南さんの顔を見つめた

ままでいると、やがて南さんは

「寒いし風邪を引くといけないから早く車の中へ入って。」

と言って、私を促し車のドアを開けてくれた。

「‥はい‥」

私はエンジンをかけると彼の方を見て会釈をしてから車を出した。


バックミラー越しに彼を確認すると彼は私の車を見届けるようにして佇んでいた。

「南さん…」

私は後ろ髪を引かれながらも家路を急いだ。




家に帰るとひたすら家事に集中して何も考えないようにした。

そしてやっと自分だけの時間になるとすぐにお風呂に入り、湯船に浸かりながら

南さんのことを考えていた。

シートベルトを直してくれていた時の南さんの匂いや、おどけて笑った時の顔、

窓の外を眺めた時の横顔、「タバコ苦手だろ」と言った時の声や少年っぽい表情

そして何より「君のことが好きなんだ。」と抱きしめられた時の温もり。

私は走馬灯のように次々と思い浮かべてはその時の自分の気持ちを確認していた。

「はあ…」私はお湯をすくって顔にかけた。



お風呂から上がって本を読んでいると達矢さんからメールが届いた。

《 こんばんは、元気?寒いから気をつけてね。》

私はこの文章を見た途端、無性に達矢さんに逢いたくなって

《 達矢さん逢いたいの、ちょっとでいいから顔が見たい 》

そこまで書くと手を止めて自分の心を必死で抑えていた。


「逢いたい‥」ポロっと本音が口をついて出た。

私はため息をつくと

《 うん元気。達矢さんも風邪を引かないように気をつけてよ。》と打ち直した。

メールの送信音を聞くとなぜだか突如虚しくなり、涙が溢れてきて思わず

「逢いたいのに…」と呟いた。




前の晩から降り出した雨も出勤する頃には上がった。

『寒いのはやだなあ。』そう思いながらマフラーをしっかり巻きつけて歩いた。

「あー寒い。」

手袋をはめながらふと達矢さんの喜んだ顔を思い出し、思わず顔が緩んだ。


子供を送って駐車場まで歩いてくると、途中でふと南さんとの昨日の出来事を

思い出してしまい

「どうしよう…いや大丈夫。何もなかったように普通にいつも通り接しよう。」

そう決めて車に乗り込んだ。



少し緊張しながら会社に着くと一度大きく深呼吸をして事務所まで歩き出した。

意を決して「おはようございます、」とドアを開けると誰の姿も見えず

「まだ誰も来てないのか…」と独り言を言うと机にバッグを置き、お茶の準備に

取り掛かった。


他の部署の人にひととおり飲み物を配り終えるともう一度給湯室に戻って、

今度は事務所の人の分を用意し始めた。南さんのカップと自分のカップをお盆に

置くと、南さんのカップを手に取り少し眺めてまた置き直した。


「おはようございまーす。」後ろで男の人の声がした。

「おはようございます。」と振り返ると

「今日南さんは急用で休みだそうです。」と従業員の方が連絡をしに来てくれた。

「急用?…」

「あー子供さんがね‥…」

「えっ?」

「子供さん病気なんだよ。だから時々急に呼ばれて京都に帰るんだ。」

「‥京都?」

「そうあの人は京都の人なんだよ。」

「へえ…あの、」

「あっじゃあ、お願いします。」

その人は話を終えると慌てて部屋を出て行った。

「京都…子供さんが病気…」

私は昨日の南さんの様子を思い返していた。




『まだ一時間しか経ってないのかあ…』

いつもなら隣にいる南さんが気を紛らわせてくれるからそんな風に感じたこと

なかったのに…。私は時々掛かってくる電話を応対しながら日々の仕事、

書類の整理などをこなしていた。



やっとお昼の時間になりお弁当を広げると黙々と食べ始めた。しばらくして

携帯電話の振動する音が聞こえて、見てみると達矢さんからの着信だとわかり

すぐさま電話に出ると

「もしもし涼子さん?今大丈夫?」と聞き慣れた声が耳に届いた。

「うん大丈夫。今ひとりなの。」

「そう良かった。ちょっと君に渡したいものがあって、少し時間取れないかな‥」

「渡したいもの?えーっとそうね今日はちょうど仕事が早く終わりそうなの。

だからそれからでもいい?仕事が終わりそうな時間が分かったら電話するから

それでいい?」

「いいよ、じゃあいつものところで。」

「はい。じゃあね。」

達矢さんの声を聞くとやっぱり、無条件で逢いたくなる自分がいた。



今日はひとりで黙々とやっていたせいか午後は思いの外早く仕事が片付いた。

仕事のキリがついたから今日はいつもより早めにあがってもいいかと従姉に

尋ねると快く承諾してくれた。

私は達矢さんにその旨を伝えるとワクワクしながら支度を始めた。

手鏡を取り出して口紅を引き直すとなぜかドキドキする自分がそこにいて

『もうすぐ達矢さんに逢える』そう心の中で呟くと

鏡に映る自分に微笑み掛けた。



予定より早く会社を出て、待ち合わせ場所まで行くと達矢さんはもう来ていた。

「達矢さんらしいな‥」彼の車を目にすると自然に顔がほころんだ。

達矢さんは私をみつけると【おいで】と合図した。

私は笑いながら駆け寄ると車に乗り込み「ごめんね待った?」と言って

両手を合わせて彼に謝ってみせた。

「まったく‥もう慣れっこだよ。あれ?今日はブレスレットしてないんだね。」

彼はそう言うと私の手首を掴み、ブラウスの袖をずらした。

「うん…」

私は瞬間、南さんのことを思い出しそうになり慌てて自制し

「逢いたかった‥」と彼の首に抱きついた。彼は大きく息を吸い込むと

「僕もだよ、僕の方がもっと逢いたかった‥」と言って私をぎゅっと抱きしめた。

私はふいに涙が溢れそうになり、それを悟られまいとして首に抱きついたままで

いると、彼は少し笑って「ほら、今日は君にプレゼントがあるんだよ。」と

背中をポンポンと叩いた。

私は涙を堪えて手を解くと彼は私に紙袋を差し出した。

「ほら開けてごらん」

促されるままにゆっくりと袋を開けてみるとそこにはチェック柄のストールが

入っていた。

「ほら、」彼は私の肩にふわっとそれを掛けた。

「よく似合うよ。」彼は私の目を覗き込み、とても優しく言った。

私はそれまで堪えてたものがドッと溢れ出し、やがて抑えきれなくなって

子供みたいに抱きつき泣いた。

「バカだな‥どうして泣くの?」

「だって‥逢いたかったから…」

彼は私の背中をさすると「好きだよ。」と言って髪にキスをした。















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