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運命の人  作者: K-ey
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~同じ匂い…~

「ほら、りょうくん行くよ。」

涼子は毎朝息子を保育園に送ってから出勤していた。

保育園の門をくぐり、先生に子供を預けるとその足で会社に向かった。

子供は優しい性格で誰にでもなつき、乱暴なことはしない、先生にも友達にも

好かれるいい子で

「りょうくんは面倒見がいいから兄弟がいればいいお兄ちゃんになるよ。」

そんな風に前日のお迎えの時も先生から声を掛けてもらったほどだった。


“この子だけが救い。きっと私はこの子を授かる為だけにあの人と結婚したんだ”

そんな風に常々思っていた。最近は特に…。




「おはようございます。」

涼子は会社に着くと自分より先に出社している従業員に挨拶に回った。

「寒いですね。」

コーヒーやお茶を淹れ、軽い茶菓子などを配り、世間話などをして場を和ませた。

「おはようございま〜す。南さん、」

事務所に戻ると部屋には南ひとりだけだった。

「おはよう。」

「今コーヒー淹れますね。」

涼子は急いで南用のカップにコーヒーを用意すると「はい、」と差し出した。

「ありがと〜」

南はカップを受け取るとすぐに口を付けて

「美味しい!やっぱり涼子ちゃんの淹れてくれるコーヒーが一番美味しいな。」

と笑った。

「んっも〜う、やっぱりそうですか⁈」

涼子は照れながら笑い返した。

「そうだ、涼子ちゃん今日お弁当持ってきた?」

「ううん、今日は起きるのが遅くなっちゃって作れなかったんです。」

「そう、じゃちょうどいい。たまには外に食べに行こうよ。ごちそうするから」

南はそう言うと自分の胸をポンと叩いた。

「はい、お願いします。」

涼子はペコっと頭を下げた。


南は単身赴任中で家族を京都に残し、“社長の古くからの友人”というよしみで

仕事を頼まれやって来ていたのだった。


「さて、キリがついたから、そろそろ出掛けようか?」

南は涼子の方を確認するとそう声を掛けた。

「はい、そうですね。じゃあこれしまってきちゃいますね。」

涼子は書類を棚にしまうと机の上を片付け始めた。

「南さんカップ、洗っちゃいますね。」

そう言って手を出した。

「じゃあ、はい。」

南はサッと涼子の手の平に自分の手を乗せた。

「あっもうヤだ、ふざけちゃって。ドキっとするじゃないですか〜」

涼子は顔を赤くして笑った。

「こんなことすると嫌われちゃうかな?‥」

南はカップを涼子に渡すと

「先にエンジンをかけてくるから待ってて、」

と言って席を立った。


カップを洗いカゴに入れて手を拭いていると南が戻ってきた。

「行こうか。」

「はい。」

涼子がバッグを取ってきてドアの前に立つと、南はすかさずゆっくりと

ドアを開け、涼子の背中にそっと触れた。



「お願いします。」

涼子は助手席に乗り込むとシートベルトに手を伸ばした。

「真面目だね。」

南は笑みを浮かべながら涼子の様子を伺っていた。

「え?はい。やっぱりシートベルトは締めなきゃ…。あれっ?」

引っ張ってもなかなかシートベルトが言うことを聞かず、もたもたしていると

「普段ほとんど使ってないから動かないかなぁ…」

そう言って南は、涼子を遮りシートベルトに手を伸ばし引っ張った。

何回か調整していると滑らかになって、スーっと引けるようになり、

「もう大丈夫だよ。」

と言うと彼女の目を見てシートベルトを締めてやった。

「あっ、ありがとうございます‥」

涼子は静かに深呼吸すると前を見据えた。

「よかったら、いつも通る道にステーキハウスが出来たんだけど、

そこでもいいかな?ずっと気になってたんだよ。」

南は涼子の方を見た。

「あっあの、そこいいですね。行きたいです。」

「よし、じゃあ決まり!」

南は車を出した。




「ごちそうさまでした。美味しかったです。」

「ね、美味しかったね。また来ようね、ごちそうしてあげるから。ところで

涼子ちゃんフルタイムで働くことにしたんだって?」

「…そうなんです。頑張らなくっちゃ。」

「だって旦那さんも働いてるんでしょ」

「…はい、でもいろいろとお金がかかるから‥」

「ま、そうだよね。僕は美人さんと長くいれて嬉しいけどね。」

南はそう言って笑った。

「‥そんな…」

「さあそろそろ仕事に戻ろうか、」

コーヒーを飲み終えると席を立った。



車に乗ると南は涼子の方を見て

「大丈夫?ひとりで出来る?」と聞いた。

「え?シートベルトのこと?大丈夫です。」

涼子は恥ずかしそうに笑った。

出発してしばらくすると、ぼんやりと窓の外を眺めていた涼子の目に突然

達矢の勤める会社の看板が飛び込んできた。涼子は思わず振り返るとそれを

見つめていた。

『達矢さん…』

涼子はなんとなく心苦しいような、懐かしいような複雑な気持ちになった。


「涼子ちゃんは普段、時間のある時何してるの?」

そんな複雑な気持ちを知ってか知らずか、南がそう口を開いた。

「えーっとあの別にそんな特にたいしたことはしてないけど、でも本を読んだり

映画を観たり、そういうのが好きかなぁ…」

「映画ねえ…いいね。今度一緒に行こうか⁈…なんて旦那さんに怒られちゃうね」

「え?いえ、そんな‥ウチは仲良くないから、」

「え〜?ほんと?そんなこと聞いちゃったらほんとに誘っちゃうよ。」

涼子は慌てて「あ、でも休みの時は子供と一緒にいます。」と言って

姿勢を正した。

南は頷きながら微笑んで「涼子ちゃんは真面目ないい子だね。」と言って

窓の外を見た。

「そんなことないです。」

涼子はそう答えながらふとハンドルを握っている南の薬指に目をやった。

『この人、結婚してないのかな?…でも…』

「もうそろそろ着くよ、さて仕事の時間。午後もまた頑張ろう。」

南は声を上げてそう言った。



会社に戻ると来客があり、涼子はまた気持ちを切り替えて仕事に取り掛かった。

親戚が経営している会社ということもあり、時間も含めあまり厳しい取り決め

などはなかったが、だからこそきちんとしなくてはいけないと涼子は日頃から

考えていた。


「こんにちは、ごゆっくりどうぞ。」

南はお得意様にそう挨拶しながら事務所に入ってきた。

すると内ドアをゆっくりと締めて自分の机のところまで静かに歩み寄ってきた。

「いいんですか?」と涼子が小声で南に言うと

「だって涼子ちゃんタバコが苦手だろ。」

と顔を近づけて小声で言った。そして悪戯っぽく笑うとパソコンを開いて

仕事を始めた。

『優しい人だな‥』涼子は南の横顔を見ながらふと思った。



18時半になり涼子が帰り支度をしていると、外出していた南が帰って来た。

「終わり?お疲れ様。」

南は涼子に声を掛けると席に着いた。

「南さんコーヒーでも淹れてあげましょうか?」

「え〜いいの?じゃあそうしてもらおうかな。」

南は両手を擦り合わせ、寒そうにしながら言った。

「はいはい。」涼子はそう言うと給湯室に向かった。

コーヒーを淹れ終わり事務所の前に来た時、突如大きな声が聞こえて

思わず足を止めた。

「しょうがないだろ、そんなことくらい自分で考えろよ、こっちは忙しいんだよ」

初めて聞く南の怒鳴り声だった。





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