~潜在~
「美味しいね、ここ。それに気軽な感じがいいね。」
「そうでしょ。」
ランチコースを堪能した俺たちは幸せな気持ちで外に出た。
「さて、どうしようか‥」
「寒いけどちょっと歩かない?」
車を駐車場の隅の方に置かせてもらってから、彼女に案内されるがまま
歩き出した。
「やっぱり寒いね。」
強風に思わずコートの襟を立てた。
レストランを出てスーパーの前を通ると、入口のところにいた男性が突然、
彼女に紙を渡した。
「何?」と彼女の手を覗き込むと
それは美容院のチラシで、期間限定のキャンペーンのお知らせだった。
そこに写っているモデルの写真を見て彼女は
「私もそろそろイメチェンしようかな…」と呟いた。
チラシを配っている男性を見ると、入口のところで強風に煽られ立っていた
せいか、真っ白な顔をして足踏みしながら一生懸命に仕事をしていた。
「寒いでしょう、かわいそうに‥頑張ってくださいね。」
彼女はその男性に声を掛けた。
『まったく、誰にでも親切っていうのも困ったもんだな…』
俺は心の中で、呆れると同時に、少し不安になった。
住宅街を抜けると川が見えてきた。
川のほとりを歩けるようになっていて、その道に沿って木が植えられてあり
『桜の季節は綺麗だろうな。』と思いを巡らせずにはいられなかった。
「あの、達矢さん、私フルタイムで働くことにしたの。」
「えっ、どうして…」
「うん…働き始めたら案外面白くて、それにどうせ一度出社してるわけだから
2時間くらい働く時間が増えたってそう変わりはないと思って…」
彼女は真っ直ぐ前を向いたまま話を続けた。
「でも‥君がそんなに頑張らなくたって、ひとりじゃないんだし…」
「…うん、それはそうだけど‥でもせっかくだから。それに
あてにしてくれてるし頑張ってみようかなと思って…」
彼女は木の枝に触れながら言った。
「うわー寒いっ、もう行こ。」
彼女はやっと俺の方を見て笑った。
『子供もまだ小さいのに何でそんなに真剣に働かなきゃならないんだよ』
俺はシートベルトを締めながらそう思っていた。
彼女は携帯電話を車のホルダーにセットして、自分で取り込んだ音楽の
アプリを開くと〈お気に入り〉というプレイリストをタッチし、音楽をかけた。
すると俺が普段耳にしないタイプのメロディーが流れてきたので思わず
「何これ?」と尋ねると彼女は
「これ?今私の一番のお気に入りなの。毎日こればっかり繰り返し、繰り返し
聴いてるの。」と言うとボリュームを上げた。
女の人の澄んだ声でしかもしっかりと声量のある声で歌い上げている曲だった。
俺が首をかしげて聴いていると彼女は笑い声を上げて
「わからない?そうだよねわからないよね。これねリトルマーメイドっていう
お芝居の曲なの。」と感慨深げに言った。
「ふう〜ん‥」
彼女の横顔を見るとどこか少し淋しそうに見えた。
「この時期になると途端に道路工事が増えるよね。」
作業員に車を止められ思わず彼女が口を開いた。
俺が笑いながら「そうだね。」と言うと彼女は思い出したように
後部座席から小さな包みを取り出すと
「はいこれ。」と言って俺に差し出した。
「ん?何?」俺は彼女の顔を見た。すると
「ちょっと時間が空いた時に買ったの。寒いでしょ、使って。早く開けてみて」
と言った。
包みを開けると中には手袋が入っていた。
そのままスマホも使えるノルディック柄の手袋。
「うわーありがとう。」
俺はすぐさま片方をはめてみると彼女に見せた。彼女は満足そうに頷くと
後方からクラクションを鳴らされ、慌てて車を出した。
「無事に到着致しましたー。」
彼女は笑いながら俺に向かってそう言った。俺は思わず声をあげて笑うと
もう一度手袋をはめて、敬礼し「ありがとうございます。」とおどけてみせた。
「もう‥」
僕たちは屈託なく笑い合った。
俺は手袋をはめたまま運転をした。この温もりがそのまま心の中にも伝わって
安心させたからだった。
時々その手を表や裏にしてまじまじと見て、顔をほころばせていた。
『そうだ!』
俺はこの前行ったショッピングモールへ寄ってみようと思いついた。
あそこなら彼女の喜びそうな物があるはず。俺は浮かれて車を走らせた。
『彼女は寒がりだからこれなんかどうかな?小物とか好きそうだしな…』
俺は店の前にディスプレーしてあるストールを手に取った。
『うん。これなら似合いそうだ。』
俺は頭の中で彼女にストールを羽織らせてみて、納得して頷くと店員を呼んだ。
「プレゼント用にしてください。」
俺は幸せだった。
数日後、他店舗の店長から「昼飯でも一緒に食わないか?」との誘いがあり
『たまには情報交換にもいいな‥」と思い、承諾した。
隣りの市にある店舗まで出掛けて行き、スタッフの手前、一応店内を見て回り
売り上げなどについてもっともらしく話し合うと、それぞれの車に乗り、
チェーン展開するハンバーガーショップに食事に出掛けた。
誘ってきた店長は主要都市から異動してきた人で、どちらかと言えば
怠けものの部類に入り、面倒なことは嫌い。だが欲が深く“ 金の為なら何でも
する ”というタイプの人間だった。
「本木店長、最近どう?遊んでる?付き合ってる女いるの?」
この人は車内でも有名な根っからの遊び人で、後輩スタッフからも
「この前黒田さんに風俗へ連れて行ってもらったんですよ。」と
聞かされたばかりだった。
「いやぁ、いませんよ。」と適当に答えると
「本当かあ?じゃあ今度いいトコ連れてってやるよ。カワイイコいっぱいいるよ」
といやらしい顔で言った。
“ コイツに会わなかったら俺の人生は完全に違っていた ”と
後に心底悔やむことになろうとは、この時微塵も感じていなかった。
男のバカ話を混じえ食事を済ませるとお互い仕事に戻った。
「じゃあまたな、期待してろよ。」
黒田は脂ぎった顔で俺の肩をポンと叩き、横にデカイ身体を揺らしながら
歩いて行った。
俺は苦笑いしながら車に乗るとエンジンをかけた。
「さて仕事、仕事。」と駐車場の出口へ向かい、左右を確認していざ
車道へ出ようとすると、目の前を一台の車が横切った。
「あれ?」乗っていた女性の横顔が涼子さんそっくりだったのだ。
『でも今仕事だよな…それにしてもよく似てたな。まあ世の中には3人自分と
よく似た人がいるっていうからなあ…』
俺はさして気にも留めず車を走らせた。




