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運命の人  作者: K-ey
30/91

~疑い~

「待って、ちょっと、達矢さんっ」

彼女は苦しそうに悶えながら怒ったような声で言った。

咄嗟に彼女から離れると目も合わせず運転席に身体を戻した。

「もう仕事は慣れた?」

俺は何事も無かったように前を向いたまま彼女に尋ねた。

彼女は身体を起こすと俺を覗き込むようにして

「それよりどうしたの?急に呼び出してこんな…」

と戸惑いながらも問い正すような言い方をした。

「どうしたのって‥急に呼び出されて困った?迷惑だったの?」

俺は真っすぐ前を向いたまま白々しく言った。

「別に、そんな、迷惑なわけないでしょ、でも…」

「でもって何?」

語気を強めて彼女に問い正すと彼女は

「‥達矢さん私、今ちょっと仕事が忙しいの。私が入るまで出来なかった

書類の整理を頼まれて、それでなかなか時間が作れなくて…」

「それで?」

「それでって…」

「時間が作れない?俺との連絡も取れないくらいに?」

「‥達矢さん…」

「俺だって忙しいよ、別に遊んでるわけじゃない。でも君に連絡する時間は

あるよ」

「……」

「とにかく心配だから連絡くらいはして欲しい。いいね、」

俺はまるで自分が彼女の父親にでもなったかのような口ぶりで説き伏せた。

すると彼女は「わかった‥でも達矢さんごめんなさい今日はもう時間が‥」

と困ったような感じで答えた。

「ああもう行っていいよ、気をつけてね。」

俺はそう偉そうに言い放ち彼女を帰してやった。

窓の外に見える彼女の姿を目で追いながら、妙に冷静でいられる自分を

感じていた。



「今日はやけに渋滞してるな‥」

いつもは特別混雑することがない道が珍しくなかなか進まないことに

違和感を覚えていると、道の先に車が数台連なって路駐しているのが

見えてきた。何がどうしたものかと様子を伺っていると、カメラや携帯電話を

手にした人が目に飛び込んできた。

その視線の先を辿ると畑一面にピンクや紫のグラデーションをつけた秋桜が

揺れていた。

普段は殺風景なこの橋の側の空間が、突如として華やかな雰囲気をまとって

人目を引いていた。

「コスモスか…」

一輪ではそれほどの存在感を放たないその花に、不思議と心を惹きつけ

られていた。



カレンダーも今年はもうあと一枚しかめくることができなくなり、日毎の

寒さといい、否が応でも感傷的にならざるを得なかった。

それでも毎日やらなければならないことはあり、でもそれは“ 本当は幸せなこと ”

なんだと最近やっとそう思えるようになってきたことだった。


カレンダーを手にし仕事のスケジュールを確認していると携帯電話が鳴った。

手に取って見てみると彼女からで、来週社員旅行に行くという。

『旅行?』

俺はすぐさま彼女に連絡を入れた。

「あ、涼子さん?今大丈夫?」

「達矢さん、うん大丈夫。」

「社員旅行に行くの?」

「うん、そうなの。一泊で」

「一泊?‥」

「そう、近場なんだけどね、恒例なんだって。」

「そう…行くんだよね」

「うん一応。まだ最初だし、皆んなに行こうよって言われてるし、

参加しようと思ってるの。」

「…皆んな行くの?」

「うん、全員参加するらしいよ。」

「‥そう、」



俺は電話を切った後どうもスッキリとせず、気持ちよく“ 行ってきなよ ”と

言い切れない自分に戸惑っていた。

その原因は他でもないあの南という男の存在があったからなのだった。

ただでさえ毎日顔を突き合わせている二人なのに、それが旅行しかも泊まりがけ

ともなればいくら社員旅行とはいえ、穏やかでいられるはずがなかった。




物音に驚いて顔を上げると、打ち合わせを待つスタッフがドアの向こうに

立っていた。

「おう、今から行くから先に行ってろ、」

そう体裁を繕い、資料を持ち会議室へ向かった。

いざ打ち合わせを始めてもどうも心が上の空で、上手く説明ができない

自分がいた。そんな自分に苛立ち、我慢ができなくなると、予定の時間を

大幅に繰り上げ解散した。



そもそもアイツは彼女のことをどう思っているのか?社長の親戚だから?

入ってきたばかりの女性だから?だから優しくしているだけのこと

じゃないのか⁈俺は自分を安心させる為の材料を集めてなんとか時間を

やり過ごしていた。



俺は翌日、社長旅行に行く前に彼女と逢う約束をした。

“ そうしておかなければならない ”という何か脅迫観念みたいなものに

とらわれていたからだった。




約束の日、俺は休みを取って彼女と逢った。彼女の方も午後から休みを

貰えたらしく久しぶりのデートとなった。

昼ごはんを一緒に食べ、旅行に着ていく服を買いたいという彼女の買い物にも

つき合った。

「ねえ、スカートがいいかな?ブーツは持ってるからそれと合わせよう。」

彼女はひどくはしゃいで、アレコレと手に取り迷っていた。

「寒いからズボンの方がいいんじゃない?」と俺が言うと

「そうね…でもせっかくだからスカートにする。」と言って

黒のロングスカートを手にし、レジに向かった。


彼女のはしゃぎ振りに疎外感を感じた俺は、店の外にあるソファーに腰を掛け

彼女を待った。やがて嬉しそうに戻って来た彼女を見た瞬間、

俺は今迄にはない感情を覚えた。

『もしかして彼女はアイツのこと…』

俺はこの前、彼女の会社までつけて行った時に目にした二人の笑い合う光景を

思い出しふと猜疑心を抱いた。


俺は何も言わず立ち上がるとその場を離れた。何も言わず、彼女の方を

振り向きもせず、どんどん歩き進めると彼女は「待って、」と言いながら

走って来て、俺の腕を掴んだ。俺は咄嗟にその手を払って彼女を睨むと

彼女は驚いた顔で俺を見つめ、そのまま立ち尽くしていた。

彼女は動揺を隠しきれず困ったような様子で俺をただ見つめていた。

俺は自分のとった行動とそれに対しての彼女の反応に、だんだん身体が

震え出し、居ても立ってもいられなくなってその場から立ち去った。

「達矢さん、達矢さん待って…」

彼女の声がだんだん遠くなり、俺は逃げ出すようにショッピングモールを

後にした。


外に出ると女子高生の笑い声が耳に入り、頬に冷たい風を感じて

ふと我に返った。

「涼子さん‥」

俺は傍に涼子さんがいないのに気付いて辺りを見回した。

すると彼女が小走りで出て来たところが目に入り慌てて駆け寄ると、彼女は

泣きそうな顔で近寄ってきて、心配そうに「達矢さん‥」と一言だけ言った。

俺は彼女を抱きしめると「ごめん‥」と呟いた。



俺のさっきの行動に動揺を隠せない彼女は俺に気を遣い、いろいろと

話し掛けてきた。そんな彼女を見て俺は自己嫌悪に陥り「もう行こう。」と

言って車の停めてあるところまで急ぎ足で行った。

車に乗り込むとまたイライラしてきて、自分ではどうすることもできないほど

不安に駆られていた。そんな異変に気付いた彼女は俺をゆっくり見て

「達矢さんどうかしたの?どこか具合でも悪いの?…」と言って

顔を覗き込んだ。

「…何でもないよ、大丈夫。」そう言うと俺は車を出した。


車の中は異様な空気に包まれ、俺たちはずっと押し黙ったまま、ただ車に

揺られていた。


“ お宝は貰った!”


そう突然俺の耳に届いた声に驚き、思わずブレーキをかけた。

「キャー」

彼女の上げた悲鳴にハッとして前を見ると、俺の車は前の車スレスレに

止まっていた。恐る恐る彼女の方を見ると、彼女は顔を手で覆っており

俺は自分の行動に愕然としていた。

後ろから発せられたピッピーというクラクションの音に慌てて車を発進させると

俺は身体からドッと汗が噴き出すのを感じた。

「‥た、達矢さん…」

彼女は震える声で俺の名を呼んだ。











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