~俺の…~
俺はもうどのくらいこうしていたのだろう…時を刻む針の音でふと我に返った。
朝から何も口にせず、ただ彼女からの連絡を待つだけで、時間だけが勝手に
過ぎていった。
喉の渇きを覚え、やっと立ち上がり台所へ移動しようとした時、携帯が鳴った。
『⁈』俺は慌てて、床に転がっていた携帯を手に取ると、祈るような思いで
耳にあてた。
「達矢さん?もしもし?」
俺は頭の中が真っ白になり何も言えずにいると
「もしもし?達矢さん、涼子です。もしもし?‥」
と心配そうな彼女の声が耳に届いた。
「もしもし?達矢、」
「‥も、もしもし」
「達矢さん、大丈夫?何か様子が変だけど大丈夫なの?」
俺は自分でもよくわからない感情が溢れ出し、知らぬ間に涙が頬を伝っていた。
「達矢さん、今終わったからあと30分くらいで戻れそうなの、大丈夫?」
「‥うん、わかった、大丈夫だよ。30分後に公園で、待ってるから‥」
そうして電話を切った後、頬に伝った涙を拭い、濡れた指先を見つめていた。
『 どうかしてるぞ俺は…』
外へ出るともうだいぶ陽は落ちていて、枯葉が風に煽られて地面の上で
ぐるぐると回っていた。
俺は無我夢中で赤信号も無視し、大急ぎで彼女の待つ公園へと向かった。
駐車場に入ると彼女は先に来ていて、見慣れたあの車が端の方に
ぽつんと停まっているのが見えた。
迷子が母親を見つけた時のようなそんな感情の高ぶりを覚え、脇目も振らず
彼女の元へと車を走らせた。
俺は彼女の隣に車をつけるとすぐに車を飛び出して、彼女の車の窓を叩いた。
彼女はなんとも言えずホッとしたような、すまなそうな表情を見せると
ドアを開けた。
「達矢さんっ‥」
俺は彼女の手を引っ張り、車の外へと連れ出すと思いっきり抱きしめた。
彼女の香りや温もりを確かめるように、人の目も気にせず一心不乱に抱いた。
「達矢さん…」
彼女は俺の背中に手をまわすとぎゅっと力を込めた。
「行こう。」
俺は彼女を車に乗せると、シートベルトを締めてやりながらキスをした。
本当に俺のものかどうか確かめる為に、その感触をしっかりと確認した。
彼女はされるがままにしていたがやがて唇を離すと、両手で俺の頬を包み込み
「お誕生日おめでとう。」と言って見つめた。
俺はその手の上に自分の手を重ねると彼女は、俺の手に巻かれた包帯に気づき
「どうしたの?」と目の色を変えた。
俺の手を取って「どうしたのこれ?何があったの?」と
心配そうな表情を浮かべ俺の目を覗き込んだ。
「ああこれ何でもないよ、ちょっと怪我しただけ、」
「怪我しただけって、どうして?…」
「何でもない、大丈夫だよ。それよりごはん食べた?」
彼女は心配そうな表情を浮かべたまま、首を横に振った。
「俺、お腹ペコペコ。何か食べようよ。」と話を変えると
彼女は納得いかなそうに、それでも頷いた。
「達矢さんごめんね。今日、予定が狂ちゃったね、ほんとにごめんね。」
そう言うと複雑な顔をして俺を見た。
「もういいよ。だいいち君のせいじゃないんだし、今こうやって逢えて
いるんだから、もうそれでいいよ。」と言って俺は彼女をなだめた。
「それより何食べたい?何か美味しいものが食べたいなあ。
俺腹が減っちゃったよー」とおどけると彼女はやっと笑って
「ねえ、バイキングに行かない?好きなものを好きなだけ。評判のいい
レストランがあるの。ホテルの中だけどね。」と言った。
「ホテル?」
「そう、駅のすぐ側にある有名なホテルのバイキング。相当いいらしいよ。」
「よし、そこに行こう!」
俺たちは彼女に教えてもらったホテルへと向かった。
行ってみるとなるほど、蟹料理やローストビーフ、ケーキも種類が豊富で
十分に満足出来るものだった。
「美味しいね、この爪なんか身がぎっしり」
彼女は蟹を俺に見せ嬉しそうに笑った。
「ほら、ワインで乾杯しよ。」
そう言うと俺たちはグラスを合わせた。
「あ〜もう食べられない、」と言う彼女に
「でもケーキは入るんだよね?」と憎まれ口をたたくと
彼女は照れ笑いをしてコーヒーカップを手に取った。
「ね、涼子さん‥」
「ん?何?」コーヒーを飲みながら目を丸くして俺を見た。
「俺の誕生日は何でも言う通りにしてあげるって、この前言ったよね?」
「…うん」
「前に俺が言ったこと覚えてる?」
「何?」
「誕生日には、」
彼女は俺の次の言葉を神妙な面持ちで待っていた。
「俺の誕生日には涼子さんが欲しいって、言ったこと覚えてる?よね…」
彼女はハッとした表情を浮かべ、コーヒーカップをそっと置いて
「う、ん。」と言った。
俺は彼女をロビーに待たせ、先に用を済ませた。
ソファーに座って大人しく待っている彼女を見つけると
「これから映画でも観に行こうか?」と声を掛けた。
彼女はアドベンチャー映画がいいと言ったが今日は俺の誕生日だからと言って
恋愛映画を観ることにした。
俺はそのストーリーに自分を重ね、そして彼女を重ねて、泣いた。 3回。
最初は乗る気でなかった彼女も俺に泣き顔を見られないようにして泣いていた。
映画を見終えて外へ出ると、彼女の鼻先は赤くなっていて
「だからこういう映画はヤなの、悲しいのはイヤなんだから。」
と怒りながら、俺の顔を見てまた泣いた。
表に出るともう真っ暗で風がとても冷たく感じた。
辺りを見回すとやけに明るい電飾が目に入り、目を凝らすとゲームセンターが
見えた。
「ちょっと遊んでいこう。」とめそめそしている彼女を引っ張り連れて行くと
店に入るなり「私こういうところ好きなんだよね〜」と言って
急に目を輝かせた。
モグラ叩きゲーム、メダル獲得ゲームをやり、次は
「私これ得意っ、」と言ってライフルを手にした。
お手並み拝見とばかりに見ていると、これがなかなかの腕前で目を見張った。
今度は俺がUFOキャッチャーでいいところを見せようとやり始めると
これがあとちょっとのところでキャッチすることが出来ず、思いがけない
出費となった。
「もういいよ〜」と彼女が促すのも無視して、黙々と小銭を入れ続けた。
それでも取れず「もういっか…」と諦めた時、彼女は側に居らず、探し歩くと
パチンコゲームのコーナーに座っていた。俺は苦笑いして静かに歩み寄って
「出てますか?」聞くと
「はい、私上手いので。」と言って笑った。
十分に気分転換をした俺たちは元気を取り戻していた。
「そろそろ行く?たまには呑みにでも行こうか、今日は俺の誕生日だし
祝ってくれる?」と聞くと彼女は快く承諾した。
俺たちは来た道を戻り、バイキングを堪能したホテルに入った。
39階にあるラウンジ・バーに足を運ぶと、窓の外に見える夜景が幻想的で
とてもロマンティックな雰囲気を醸し出していた。
彼女は思わず「うわぁ綺麗。」と声を上げた。
席に座ると外の景色を見渡して目が釘づけになり、目をキラキラさせて
うっとりと見入っていた。
やがて彼女はマティーニ、俺はジン・トニックを注文すると、
落ち着いた店内の照明にだんだん俺たちもしっとりとした雰囲気になり、
否が応でもムードが高まっていった。
「改めまして、今日は本当にお誕生日おめでとう。」と
彼女はグラスを上げてそう言った。
「ありがとう。」
俺たちはにこやかに乾杯した。
彼女はグラスから口を離すと俺の目を見て
「私どうやってお祝いすればいい?」と尋ねた。
「…この下に部屋をとってあるんだ。」
「…えっ?」
彼女は戸惑いながらも俺の目をじっと見続けやがて
「うん。」と頷くと少し笑った。
俺たちは夜景を愛でながら一時間ほどそこにいると、店を出た。
心地良い、酔いをまとって下へ降りると彼女は俺の腕を大事そうに抱えて
頭を寄せた。
俺は髪にキスをして、部屋の前まで行き、ロックを解除すると彼女を
中に入れた。部屋に入ると窓の外には夜景が広がっていて、ラウンジ・バー
からのムードを更に盛り立ててくれた。
彼女は「綺麗‥」と窓に近寄ると景色を眺めていた。
俺はゆっくり近づいて彼女を後ろから抱きしめながら一緒に夜景を眺めていると
ガラス越しに写る俺を見て「お誕生日おめでとう‥」と彼女は言った。
俺は彼女をぎゅっと抱きしめると首すじにキスをした。




