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運命の人  作者: K-ey
26/91

~KY~

ここのところ、冬と見紛うほどの寒い日が続いていたが、

今日は雲ひとつない秋晴れの、まさに絶好の行楽日和だった。


俺は上機嫌で待ち合わせ場所へと向かった。

最近ぐっと寒くなったせいか植えられている木々の葉もだいぶ色づいて、

見える景色もかなり変わってきた。

『秋だなあ。』彼女を待つ間、しみじみとそんな風に思っていた。


ボーっと外の景色を眺めていると、コンコンと助手席の窓ガラスを叩く

音に驚いて、振り返ると、彼女がそこに立っていた。

窓を開けて「どうしたの?車は?」と尋ねると、どうやら俺を驚かす為に

別の入り口から入ってきたようで “ シテヤッタリ ” の顔をしていた。

彼女はドアを開けると「ねえちょっと待ってて、何か飲み物を買ってくる。」

と言うと俺に荷物を預け駆け出した。


「ちょっと、」

俺は彼女を呼び止めて一緒に行こうと、車を出た。

すると今まさに公園の向かい側にあるコンビニへ行こうと、彼女が道路を

渡ろうとしていたところだった。

その彼女の目の前を猛スピードを出して走る車が通り過ぎ、

俺は思わず大声をあげた。すると彼女は凍りついて、やがてしゃがみ込んだ。

大急ぎで駆けつけると彼女は少し震える声で「びっくりした…」と言い

ゆっくりと俺を見上げた。

「何だよあの車、危ないな!気をつけろよ‼︎」俺がそう怒りを露わにすると

彼女は息を大きく吐いて「大丈夫、大丈夫。」と言って俺をなだめた。

俺は彼女をゆっくり立ち上がらせると肩をさすってコンビニへと歩き出した。




買い物を終え 、「気分を取り直して行こう。」と彼女に声を掛け、

車に乗り込んだ。渋川方面へは、この前一度行ったから大体様子は分かっていて

少しだが余裕が持てた。

「涼子さん、俺ちょっと調べたんだけど、行こうとしていたあの遊園地は

どうも子ども向けらしいんだ。だからちょっと予定を変更して伊香保方面に

行くっていうのはどう?伊香保だからもちろん温泉は有名だし、あの石段も

そう。それに切り絵の美術館もあるらしいから、あ、だって涼子さん

そういうの好きでしょ。」と言うと

「うんうん。」と目を輝かせ

「そうだ、水沢うどんもあるよ。」と言うと

「そこでいい。」と快諾した。




伊香保はやはり独特の雰囲気を醸し出していて、旅行気分を味わえる

とても良いところだった。

ロープウェイで上ノ山公園までのぼり、車の中で話していた上毛三山や

関東平野を眺めて紅葉を楽しんだりした。有名なあの石段も、もちろん

歩いて、周辺にある土産物屋にも寄った。

温泉街特有の情緒があって、思わず射的などにも興じ、はしゃいだりもした。


時間はあっという間に過ぎ、昼食を摂ると駆け足で見たいところをまわって

瞬く間に夕方になった。

「そろそろ温泉に行こうか⁉︎」と彼女に言うと

「うんうん、あー癒されたい。」と首をゆっくり回した。

俺は彼女に内緒で露天風呂付きの部屋を予約していた。

そんなこととは露も知らない彼女の様子に内心

『彼女はどんな反応を示すだろうな…」とワクワクしていた。


予約していたホテルに着くと彼女は無邪気に「ここ?」と聞いた。

「ああそうだよ、予約してあるから。」

「予約?」

「うん。部屋に露天風呂が付いてるんだよ、凄いでしょ。」

「へえ、部屋に‥、部屋にって貸し切りってこと?」

「そうだよ、僕たち二人だけで入れるんだよ。」

「二人だけって‥一緒に?…」

彼女はドギマギしている俺を見てやっと察しがついたようで、顔を赤くして

目を逸らした。



「行こう。」俺はチェックインを済ませると、彼女の背中に手をやり

客室へと向かった。

子供のようにぎこちない俺たちは終始無言で、どこかギクシャクしていた。

部屋に入るとそれはもっと顕著になり、何をどうしていいものやら呼吸さえ

意識してしまうほどだった。


「あの、すごいね。お部屋に露天風呂があるなんて‥」

「ああ、そうだね、気に入った?ゆっくり入れるよ。」

「う、ん。」

「えーと、あの、何か飲む?喉が渇いてない?」

苦し紛れに俺が尋ねると

「あ、でも大丈夫かな…」

「そう……。」

「あ、浴衣が用意してあるっ」

彼女はちょっと大きめな声で言った。

そして浴衣を持って来ると俺にひとつ差し出してゆっくりと俺を見上げた。

俺はドキドキしてしまい、咄嗟に、差し出された浴衣ごと彼女を抱きしめた。

鼓動が聞こえてしまうのではないかと心配になるくらいドキドキして

この静かな空間の中に二人、ただきつく抱きしめ合っていた。


やがて彼女が顔を上げて目を瞑ると、彼女の顎に手をやりそっと上げて

キスをした。

彼女も俺も、誰もいないこの空間で、現実から離れたところに来て

心が開放されたせいか、いつもとは違う二人になっていた。

二人の間に挟まっていた浴衣がするりと床の上に落ち、その音に俺たちは

もっと大胆になった。お互いを求めて一心不乱にキスをした。


そしてもう我慢が出来なくなり、彼女の服を脱がそうと手を掛けた時、

突然携帯が鳴った。

その音に二人共びっくりして慌てて身体を離し、耳を澄ますとその音は

彼女の方の携帯だった。彼女は髪を直し、洋服の裾を引っ張ると咳払いをして

「ごめんなさい、私のだ‥」

と言って慌ててカバンを漁った。

俺は息を整えながら成り行きを見守っていると、彼女は液晶を見つめ

「えーと会社から、」と言って、深呼吸をしてから電話に出た。


「‥もしもし…、あはい、南さん。はい、いえ、大丈夫です。はい、はい、

えーとそれはこの前、南さんに頼まれてファイルして保管して置きました。」

彼女は俺の方にチラッと目をやり、バツが悪そうな顔をすると背を向けて

話し続けた。

「え?あはは違いますよ、南さんが綴じといてって頼んだから、だからファイル

したんですよ。南さんと私の机の後ろに棚があるでしょ、その一番上の真ん中

辺りかな…。んふっ、も〜人のせいにしてえ。私がいないと困るでしょ…

えーと分かりました、はい、でもお礼はしてもらいますよ。え?はい、

そうですね、はい。あの美味しいごはんでも、はい、」


電話から時折漏れる男の声と彼女のまんざらでもない、楽しそうな会話に

俺はだんだん不機嫌になり、彼女の腕を掴んだ。

彼女は驚いて振り返り、唖然としてやがて察したように

「ごめんなさい、ちょっと今忙しいんで、もう切りますね。」と言った。


電話を切ると俺の顔を覗き込んで

「ごめんなさい、会社の課長さんなの…休日出勤してるんだって、それで

どこに書類を置いたか分からなくて‥それで、」

「もういいよ」と俺が背を向けると彼女はため息をついた。


「仕方ないでしょ、仕事なんだから。南さんは休日出勤してるんだよ、

私たちが遊んでる時に仕事して頑張ってるんだよ。偉いじゃない‥」

「それはソイツの都合だろ‥」

「それはそうかもしれないけど、一生懸命やってるんだから…」

「どうせ俺は一生懸命じゃないよ‥」

俺はそう言うと、ひとりで風呂場に行った。

『何だよ、俺だってこの日の為に一生懸命仕事してそれで来てるんだよ。』

口の中でそうブツブツ呟きながら紅葉を眺め、露天風呂に入った。


彼女は一向に入って来る気配がなく、俺は余計にイライラして、熱い温泉に

浸かっていた。

「これじゃ何しに来たのか分からないよ、せっかくこの部屋を

予約したっていうのに…」

俺は、聞こえるような聞こえないような声で呟きながら、疲れを癒していた。




















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