~兆し~
いよいよ明後日から涼子さんが仕事に行くという話しを聞き
「また明日逢えないか?」と別れ間際に尋ねると
彼女はちょっと考えてはいたが「14時くらいまでならいい」と承諾した。
11時にいつもの公園で待ち合わせをし、ここから30分くらい行った
ところにある、川沿いの、バーベキュー設備も整っていて、様々なスポーツの
研修、訓練などもできる、アスレチック的な要素も含んだ広い公園へと
向かった。ここはその季節になると沢山の鯉のぼりが川の上を悠々と
泳ぐことで有名な場所でもあった。
車を停め、手を繫いで敷地内へと進んで行き、点在する遊具を横目に
歩いて行くと、つり橋が見えてきた。
「橋?」
「そうだよ、あの川を渡す橋なんだ。向こう側にも行けるんだよ。」
そう彼女に説明すると
「えっ、でも私つり橋って苦手。」
と顔をしかめた。
「大丈夫だよ、俺がいるんだから。」
と言って、彼女の手を引っ張って歩き始めた。
芝生の上を歩くと草に隠れていた虫たちがピョンピョンと跳ね出して
彼女を驚かせた。 彼女はその度に声を上げ、半分泣きそうな顔に
なりながらも必死でついて来た。
なんとかつり橋まで辿り着くと「やっぱり嫌だ」と言って
駄々をこねた。
いくら大丈夫だからと言ってもなかなか一歩を踏み出すことができず
尻込みしていると、その横をふら〜っと5〜6才くらいの子供たちが通り過ぎ
何のためらいも無しにつり橋を渡り始めた。
彼女は一瞬無言になり、俺が「ほらね子供に負けてるよ。」と言うと
彼女はやっと観念したように足を一歩前に出した。
俺は笑いながら手を引っ張っると、彼女は両手で俺の手を取って
ゆっくりと歩き始めた。
やっとの思いで向こう岸まで辿り着くと膝に手をあてて
「膝が笑ってる〜」と言った。
俺たちは川を見ながら少し休憩し、落ち着くと遊歩道を歩き始めた。
川を渡る風が心地よく、日頃の疲れをリフレッシュさせてくれた。
「ねえ、綺麗だね。キラキラ光ってる。」
彼女は水面を見つめながら足を止めた。
「ねえ今度はお弁当を持って来てここで食べようよ、美味しいと思うよ。」
そう彼女は振り返った。
俺は咄嗟に彼女を抱き寄せると「また逢えるよね。」と言った。
すると彼女は「どうしたの?急に…当たり前でしょ。」
と言ってクスクス笑った。
俺は力いっぱい彼女を抱きしめるとしばらくそのままでいた。
[ 自然の中で目一杯遊んでいた俺たちだったが、やがて時間がくると
子どものように後ろ髪を引かれながら公園を後にした ]
「さあ明日から頑張らなくっちゃね。」
彼女はそう言ってシートベルトを外すと、すぐさまドアに手を伸ばした。
俺は慌てて肩に手を掛けるとキスをした。彼女は真っ赤になって
「も、う‥どうしたの?」と呟いた。
“ 自分でもよくわからない、けど離したくなかった。”
俺はもう一度、額にキスをすると「頑張ってね。」と言って彼女を行かせた。
彼女はゆっくりとドアを閉めるとガラス越しに手を振り、去って行った。
翌日、昼休みを見計らって彼女にメールを送った。
1時間、2時間待っても一向に返事は来ず、心配と苛立ちで、16時を過ぎると
すぐに、彼女に電話をかけた。長い呼び出し音の後、やっと繋がった。
「…もしもし」
「もしもし涼子さん?俺。あのさ、」
「ごめんね、今ちょっと忙しくて、これから家に帰ってすぐ出掛けなくちゃ
ならないの。」
「出掛けるって…?」
「歓迎会してくれるって。歓迎会っていっても今日は食事だけなんだけどね、
また後でちゃんとした会は設けてくれるんだって。」
彼女は俺に、話す隙を与えず
「ごめんね、だからちょっと今時間がなくて、また電話するから、ね。」
そう言って電話は切れた。
「何だよ!人の気も知らないで、」
俺は言い知れぬ疎外感を感じ、しばらくは何もできないでいた。
やがて「まっでも仕方ないか、何しろ彼女は仕事に出るのが久しぶり
なんだから…。」そう自分に言い聞かせてなんとか自分をごまかした。
はかどらない仕事の合間にふと
「しばらく休みを取ってないな‥涼子さんを誘って温泉でも、」そう言い掛けて
『そうだ彼女は仕事を始めたんだっけ…』と思い直した。
『今頃涼子さんは食事会か…』そう思うと何だかふと、寂しくなった。
仕事を終えると帰りにコンビニに寄り、缶ビールとつまみを買って帰宅した。
翌日は何だか目覚めの悪い朝で、外はよく晴れているのに
心の方はどうもスッキリとはしていなかった。
『仕事、休もうかな…』そんなバカなことを一瞬考え
『涼子さんも頑張っているのだから、』と思い直し、重い足を引きずって
仕事に出掛けた。
16時半頃彼女からメールが届き
《 昨日はごめんね、でも楽しかった。皆いい人そうでなんとか頑張れそう 》
と書いてあり、ホッとしたような、取り残されたような複雑な気分だった。
俺は居ても立ってもいられず、彼女に電話をすると彼女はすぐに出た。
「もしもし?」
「仕事良かったね、いい人ばかりなら頑張れるね。」
そう言うと彼女は
「達矢さん、昨日はごめんね。」と謝った。
俺は彼女の声を聞くともうそれだけで嬉しくなり、それと同時に
心がフッと軽くなった。
『彼女が仕事に慣れるまでしばらくは俺も我慢しよう。仕事に打ち込もう。』
そう心を決めて電話を切った。
日に一度必ず連絡を取り合って、やっと2週間が過ぎた。
《 しばらく休みを取っていないから、来週の土曜か日曜、どちらか休みを
取ろうと思うが、都合がつくかどうか 》彼女に相談をした。
すると《 土曜日なら大丈夫 》と返事が来て、俺はもう嬉しくて疲れなんか
一気に吹き飛んでしまい、カレンダーに大きく二重丸を付けた。
「久しぶりに逢えるのだから、どこか遠くに行こう 」と俺が提案すると彼女は
「この前、榛名に行った時に寄れなかった温泉や遊園地に行きたい 」と言った。
俺は喜んでその案に乗るとスケジュールを立て始めた。
折角のデート、思いっきり楽しみたい。そして何よりイチャイチャしたい。
“ 遊園地の帰りに温泉に入って身体を休めよう。露天風呂があって、混浴も
できて‥やっぱり休むところがあった方がいいから部屋も取らないとな…”
そんな妄想を膨らませて、ひとり悦に入っていた。
彼女が喜びそうなスケジュールを立てて、後はその日を待つだけだった。
いよいよ
明日は彼女とのデート。俺はもう待ちきれなくなって
《 明日楽しみだね、いつものところで待ってるから、気をつけて来てね。》
と彼女にメールを送った。




