~風~
「凄い風だな‥」
相変わらず飾ったままの風鈴が壊れそうな勢いの、強い風が吹いていた。
この前、あんな風に気まずく別れてしまった涼子さんのことが気掛かりで
ここ数日は気分の晴れない日が続いていた。
“ 今日あたり、いっそ素直に謝ってスッキリしてしまおうか‥”
そうぼんやりと考えていた。
「12:30か…」
涼子さんは店に来る時は大抵午前中のうちに姿を見せる。それも早い時間。
お昼を過ぎているということは、たぶん今日はもう姿を見せない。
店長室に掛けてある丸時計を見ながらため息をついていた。
『電話してみようか?…』
少しためらっていた。
「ちょっと食事をしてくるから、」
そうスタッフに告げ、外に出ることにした。
『ここでじっとしていても仕方がない。ちょっと外の空気でも吸って
それからまた考えてみよう』
そう思った。
店の外に出ると風は確かに強いがよく晴れた日で、日差しが眩しかった。
足早に車に乗り込むとふと、助手席が気になり、誰もいないその席を
ゆっくりと眺めた。この前の涼子さんとのやり取りが頭に浮かんで
俺をひどくせつなくした。
「私だって一緒にいたい。でも今はまだ出来ない…」
彼女の辛そうな表情や涙がぐるぐると頭の中を駆け巡って、この明るい
景色の中で、ひとりやりきれない面持ちの俺がいた。
俺は唇を噛み締めながら、心が定まらないままハンドルを握っていた。
すぐには食事をする気にはなれず、ふと『彼女の家に行ってみよう』と
思い立ち、行きつけの店を通り越して彼女のマンションへと向かった。
“ 彼女のことが心配だった。何しろ近くに行きたかった”
深呼吸をして通い慣れた道を行くと橋が見えてきた。
そしてスポーツ用品店の手前をゆっくりと曲がり、マンションの駐車場を
確かめると定位置に彼女の車はなかった。そのままマンションに差し掛かり
建物の下やその脇も見たが彼女の車は見当たらず、少し不安になった。
『どこに行ったんだろう?…買い物かな?』
仕方なくこの近くの店でひとり食事を済ませることにした。
店に入るとグループ客が多く、俺を余計に孤独にさせた。
俺はこの場の雰囲気に耐え切れなくなって思わず涼子さんにメールをした。
《涼子さん、俺、この前はごめん。あんな風に涼子さんを困らせて
だから謝まろうと思って。逢える?逢って謝りたいんだ。》
すると
《大丈夫、気にしないで。それより私もあなたに話したいことがあるの》
と返事が来た。
俺は少し気になって
《話したいことって何?》 と返すと
《逢ってから話す》と送ってきた。
俺たちは2日後に逢う約束をしてやり取りを終えた。
“ 話したいこと?…” 妙にそれが引っかかってはいたが、注文の品が
運ばれて来たこともあり、とりあえず食事をすることにした。
『まっ、とにかく元気で良かった。』そう気持ちを切り替えて食べ始めた。
色付き始めた街路樹を横目に涼子さんとの待ち合わせ場所に向かった。
『何て謝まろう…』 そんなことをシュミレーションしながら
公園の駐車場に入ると彼女の車が見えた。
『珍しいな、いつもは少し遅れて来るのに‥』
そんなことを思いながら ピッとクラクションを鳴らすと彼女は
手を振って笑った。車から降りるとゆっくりと助手席に乗り
「こんにちは。」と言った。
「あれ?香水変えたの?」と聞くと
「うん。」と言ってシートベルトを締めた。
「どこに行こうか?お昼何食べたい?」と尋ねると
「う〜ん、パスタが食べたいかなぁ?」と言った。
俺たちは隣接した市にある名の知れたイタリアンレストランに
向かうことにした。
「今日は呑み過ぎるなよ。」と言うと
「んもう、大丈夫。」と笑った。
俺はその笑顔にホッとして車を走らせた。
彼女の横顔を見ると何かどこかがいつもと違って見えて不思議な感じだった。
「どうして香水変えたの?」と話し掛けると
「う〜ん、何となくもう金木犀も飽きたかな‥もう季節も過ぎたし
だからかな…」と言った。そして
「ねえ、随分色が変わってきたね。」と街路樹を指した。
その時、ふっと薔薇のような香りが漂ってきて
「薔薇の匂い?薔薇の匂いの香水に変えたの?」と聞くと
「そう。良く分かったね、ローズの香りにしたの。」とこっちを向いた。
「いい匂いがするね、これも良く似合うよ。」と言うと
恥ずかしそうに微笑んだ。
やがてレストランに着くと
「あ、ここ来たことある。焼き立てのパンが次々と運ばれてくるんだよね。」
と言ってシートベルトを外した。
魚のコースと焼き立てのパンと一杯だけのグラスワインで食事にした。
ひととおり食事を終えて、食後のコーヒーを飲んでいると彼女が
「あのね達矢さん、私、仕事しようと思うの」と切り出した。
「仕事?」
「うん。家に居ても仕方ないし、親戚がね会社を経営していて、そこでね
パートで事務をやらないかって声を掛けてくれて‥」と
静かにコーヒーカップを置いた。
「仕事って言ったって、別に今のままでいいんじゃないの?困らないでしょ」
と言うと
「何だかそれも悪い気がして‥私だけズルいっていうか…」と口籠った。
「そんなこと気にすることないよ、俺が勝手にやってるんだし‥
大丈夫なんだから。」と言うと
「ん‥でも、やっぱり、せっかく声を掛けてもらったし、それに親戚だから
悪くするはずがないから、やってみようかなと思うの。」と言った。
彼女は再びカップを手にすると一口飲んで
「お店には仕事が休みの時に行くし、だから、もう決めたの。」と言った。
俺は何だか疎外感を感じ、少し納得出来ずに黙っていると
「こうやって二人で逢えるんだからいいでしょ。」と俺の手を取った。
彼女の真剣な顔を見ていると、やみくもにダメだと言えなくなって
納得は出来ないけれど了解することにした。
話しを終えて店を出ると風が彼女の髪を煽り、彼女は咄嗟に俺の腕を掴んだ。
俺は彼女の方に頭を寄せキスをした。
「まだ時間ある?」と彼女に聞くと
「うん。どこか行こっ。」と声を弾ませながら言った。
俺は彼女を車に乗せると
「それにしても凄い風だね。」と言いながら自分も乗り込み
彼女の方を見ると、彼女はちょうど乱れた髪を直していた。
髪をかきあげたその瞬間、チラッと光る物が見え
「あれっ?」と声を上げると
「あ、そうだ、そうなの。あなたに初めてもらったネックレス見つかったの。」
と慌てた様子で言った。
よく見ると以前、雨の日の夜にずぶ濡れになりながら一緒に探した
あのネックレスだった。
「なんだよ、あったのかよ、でもどこにあったの?」と聞くと
「あのね、大切に箱の中にしまってあったの。ちょっと奥の方に
しまってあったから‥」
と言いながら、恥ずかしそうに笑った。
俺は彼女の頭を撫でるとエンジンをかけた。
「どこに行こうか?」と彼女に聞くと
「プラネタリウムが見たいな。」と言った。
「プラネタリウム?」
「私ね、星を見るのが好きなの。前も言ったでしょ、流星群を見に行った
ことがあるって。どこか見れるとこないかなぁ?今からじゃムリかな…」
と無邪気に言った。
「プラネタリウム…ちょっと待って、」
俺は携帯電話を取り出すと検索し始めた。
「あっ、あったよ。」と彼女に告げると
「ホント⁈」とまるで子供みたいに目を丸くした。




