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運命の人  作者: K-ey
19/91

~お守り~

店長室の扉を開けるとふわ〜っと金木犀の甘い香りが漂ってきた。

椅子に腰を掛け、机の上に飾ってある金木犀のひと枝に手を伸ばし

顔を近づけてみると、ほのかに甘く優しい香りに気持ちが和らぎ

しばしその小さな花を眺めていた。


「さて、」俺は自分に気合いを入れて、課されている一日のノルマに

取り掛かった。黙々とただ黙々と余計なことは考えずに、一つ一つ

やるべき仕事を片付けていった。

“そうすることしか今の俺には出来ない。ここに居る間は別の自分だ。”

そう自分に言い聞かせて‥。



「お疲れ様でしたー、ではお先に失礼します。」

最後のスタッフが帰り、やっと今日も長い一日を終えた。

大きな額の金が行き来する仕事上、かなり神経を遣う。ましてや

上の立場になるとそれなりの重圧があるわけで、果たす責任は重い。

気晴らしと言っても仕事から解放される時間からして、その選択の

幅は狭い。酒を飲むか、まあ女遊びか、といったところだ。

金は普通のサラリーマンより稼いでいるかも知れないが実際のところ

それでは満たされないところがある。


「さて、メシでも食いに行くか‥」

机の上の金木犀にそう声を掛けて部屋の灯りを消した。

車に乗り込むとまだ彼女の香りが微かに残っていて、いや、

残っているような気がして、少し複雑な気持ちになった。




今日は朝から会議の予定が入っていた。役付きだけの会議。

会社の規模が大きいがゆえに、かなりシビアなものが要求される。

俺は気を引き締めてそれに臨んだ。

時には心を鬼にして対処しなければならないこともあり、まともな

精神ではやっていけない仕事だ。生半可な気持ちでは自分の立場が

危うくなる。“いい車に乗る為に” “美味いものを食う為に”

そんな風に都合よく自分に言い聞かせて、自分をごまかしていなければ

生きていけないところも正直ある。


会議を終え、そのメンバーと食事を摂ると帰りに本屋へ寄った。

旅行雑誌が目に入り、《京都・紅葉の名所》というタイトルに惹かれ

思わず手に取った。 東福寺・嵐山・嵯峨野・北の天満宮そして清水寺。

紅や黄色の素晴らしい景色が広がっていた。

『東福寺か…』

彼女の喜ぶ姿が目に浮かび、半ばもう行った気になっていた。


意気揚々と雑誌を購入し仕事へと戻った。

“これでまた頑張れる” そう自分に暗示を掛け、残りの任務にあたった。

窓を開けると風が勢いよく入って来て、まだ片付けられずにいる

ガラスの風鈴を揺らした。


風鈴の音色が好きだ。心がとても癒される。

窓の外を見ると青空が広がっていて、ますます仕事にやる気が出た。



なんとか仕事の切りがつき、一旦夕食を摂りに外へ出ることにした。

昼間購入した雑誌を手に取り出掛けた。

彼女を横に乗せているような気持ちで助手席に雑誌を置き

浮かれ気分で車を走らせた。


レストランに入ると注文の品が出て来るのを待つ間、雑誌をめくった。

紅葉が本当に見事で、どのコースも素晴らしかった。

『彼女はどれがいいかな?どんな服を着て行くのかな?京都なら

やっぱり泊まりだよな。』

そんなことをつらつらと考え、悦に入っていた。


食事を終え、車に乗るとジャズを掛けた。

この前、彼女の為に用意していた音楽。離れていてもこれを聴いていると

一緒にいられるような気がして、いわば俺にとっての “お守り” みたいな

ものになっていた。

『今何してるのかな?』

ふと彼女のことが頭をよぎりクスリと笑って自分をたしなめ、エンジンをかけた。

好きな人がいるのは楽しいことだけれど、でもその反面ひとりでいる時は

その倍寂しい。 一緒にいればいるほど離れた時はせつなくなる。

「ま、仕方ないか…」

俺はアクセルを強く踏み込んだ。



今日も無事閉店を迎えられる段になりホッとしていた。

下から持って来てもらったコーヒーとタバコでひと息ついていた。

タバコを咥え、ふとモニターに目をやった。店内、そして

駐車場の画面に目を移すと、明らかに一人だけ不可解な動きの人が

映っていた。疑問に思い、目を凝らすとなんと彼女だった。

もう23:00を過ぎているというのに突然駐車場に姿を現して

降り出した雨の中、傘も差さずに何かを必死に探していた。

地面に這いつくばり、手の平でアスファルトの上をなぞっている。


俺はすぐさま駐車場まで降りて行くと彼女に傘を差し

「何やってるの?」と尋ねた。

彼女は俺の方を見向きもせず「失くしちゃった…」とブツブツ

言いながらあいも変わらず地面を手でなぞっていた。

「失くしちゃった、どうしよう。失くしちゃった…」

俺は彼女に「何を失くしちゃったの?」と聞くと

「あなたに貰ったネックレス失くしちゃったの。」と言った。

「俺も一緒に探すから」そう言うと傘を放り出して探し始めた。


見る見るうちに髪や服がびしょ濡れになり、俺や彼女に貼り付いた。

「風邪を引くから、もういいよ。また新しいのを買ってあげるから」

そう言って彼女を地面から引き剥がそうと肩に手を掛けると

「ダメなの、あれじゃないとイヤなの」と手を振りほどいた。

彼女の横顔を見ると雨の雫が髪から顎に伝わってポトポトと

滴り落ちていた。

彼女のことが心配になり「もういいよ、やめろよ、新しいのを買えば

いいだろ。さっ、風邪を引いたら大変だから行こっ、」

そう言って、無理矢理に身体を起こそうとすると、俺の方に向き直って

「あれは私のお守りだから、あなたに貰ったものだから、あれじゃなきゃ

イヤなの。あれはあなたなの、私にとってはあれがあなたなの。」

そう強い眼差しで言った。


俺は彼女の肩に手を置き「でも、ここにあるかどうかわからないでしょ、

それにこんな夜じゃ見えないから今日はもう後にしよう。」

そう諭すように言った。

彼女はもう一度俺の目を強く見て、ようやく頷いた。


俺は店に常備してあるタオルを取って来ると彼女に掛け、もう一枚で

髪を拭いた。彼女は子どもみたいに頭を揺らしながら、

俺に拭かれるがまま大人しくしていた。

「ここじゃあれだから、車で待ってて。」

そう彼女に伝えると店に戻った。

「悪いけど急用ができたから先に上がらせてもらうよ。」

そう副店長に頼み店を出た。

もう殆どスタッフの車しか残っていない駐車場に彼女の車がぽつんとあった。


新しいタオルを手にゆっくりと彼女の車に近づいて行くと

髪の毛を静かに拭いている彼女が見えた。トントンと窓ガラスを叩くと

びっくりして顔を上げ、俺の方を見た。

「開 け て」と合図するとロックを解除した。

「ほら、新しいのを持って来たから」そう言ってドアを開けて

彼女の髪を拭いてあげようとすると途端に、胸に飛び込んで来た。

「大丈夫だよ、どこかにあるよ。もし無くてもまた新しいのを買おう。」

そう声を掛けると黙って頷いた。

「それにしても無謀だな。こんな時間にこんな雨の中、傘も差さずに‥」

そう言うと

「だって…。」と言って俺を見上げた。


「どこかコーヒーでも飲みに行こうか?」と聞くと

「ううん、ちょっと本屋に行って来るって、言って出て来たから

もう帰らなくちゃ。」と言った。

「そうか…あ、じゃあ、ちょっと待ってて」

俺はそう言うと自販機でカフェオレを買い、昼間買った旅行雑誌を

カバンから出すと彼女に手渡した。

「何これ?」

彼女は缶で手を温めながら雑誌を見た。

「ああ昼間買ったんだ。紅葉があんまり綺麗だったから‥

あ、行けるといいね、一緒に。」 そう言ってみた。

彼女は俺の顔を見て「うん、そうだね。」と言ってパラパラと

ページを捲ると「うわあ、綺麗。行きたい!」と声をあげた。

俺はホッとして「行こうよ、行けるといいね。」と言った。

彼女は「うん。」と言いながら雑誌の中の紅葉に見入っていた。

「それは持ってていいよ。どこ行きたいか決めておいて。」と言うと

「うんわかった。」と言い、パタンと閉じた。


「じゃあ、もう行くね。」彼女は俺の目をチラッと見て言った。

彼女がタオルを俺に渡すと俺はそれを自分で被ってみせ、おどけると

「もー」と言って俺の髪をグシャグシャにした。俺は彼女を抱きしめると

「気をつけてね、もう遅いから。」と言った。

彼女は「うん。」と頷き、俺から身体を離すとエンジンをかけた。

「じゃ‥」俺がゆっくりドアを閉めるとすかさず窓を開け手を振った。

俺はふざけて口を窄めると彼女は俺の顔を横に向け頬に軽くキスをした。

「じゃあね、おやすみ〜。」そう言って去って行った。

「まったく…」

俺は苦笑いしながら手を振るとため息をついて車に向かった。

















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