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運命の人  作者: K-ey
17/91

~花火大会~

花火大会を知らせる合図が辺りに鳴り響いた。

先週から立て続けに発生した台風が去って、今日は実に花火大会を開催するに

ふさわしい晴れの日だった。

俺は何かが始まる期待感と何かが起こる胸騒ぎを感じていた。

あの、彼女の誕生日の夜から俺たちはぐっと距離が縮まっていた。とはいえ

普通のカップルのようにはいく筈もなく、歯がゆくせつない日々だった。


「もしもし。」

「…もしもし涼子さん?俺。今日19:30だったよね、大丈夫?」

俺は待ち合わせの時間を確認する電話を入れた。

「うん、大丈夫。バス停で待ってるから」

「分かった。じゃ19:30にバス停で。」

俺たちはそう約束をして、あと数時間後に始まる花火大会に心を躍らせていた。


やっとここまで辿り着いた。好きで好きでたまらなかった彼女とのデート。

この日の為に洋服を新調していた。


仕事はこの日休むわけにはいかず、ギリギリ19:00迄で切り上げることに

なっていた。待ちに待ったこの日を迎え朝から、いや、前の晩から

ソワソワと落ち着かなかった。

「今日何かいいことでもあるんですか〜?」などと

スタッフに尋ねられるほど期待感でいっぱいになっていた。



手際よく仕事をこなし、いよいよ帰る時間となった。俺は後の仕事を

副店長に任せ、足早にホールを後にして車に乗り込んだ。

彼女が好きだと言ったジャズを用意し、気の利いた芳香剤もセットして

準備万端だった。あとは彼女を乗せるだけ。

俺はルームミラーに映る自分に「よし!」と気合いを入れた。


道はいつもより混雑していた。焦りながらもやっとバス停の近くまで来ると

電話が鳴った。

「本木さん?涼子です。ごめんなさい、ちょっと遅れそうなの。」彼女からだった。

「遅れるってどうしたの?」

「ううん、何でもない。必ず行くから待ってて。」 そう言って電話は切れた。

俺は少し不安になったが、一旦家に車を置いてからバス停に向かった。


家族連れやカップル、子どもたち、お年寄り、沢山の人たちとすれ違った。

皆ぞろぞろと思い思いに橋の上や土手沿いを歩いている。

バス停に辿り着きベンチに腰を掛け、さて一服でもしようかと胸のポケットから

タバコを取り出そうと手を掛けた時突然、大きな音が辺りに鳴り響いた。

大きな華を咲かせた一発目の花火が真っ黒な空に打ち上がった。

緑色の大きな花火。

「うわー」という歓声と辺りに響くドンドンという花火の咲く音。

否が応でも期待感は高まった。色とりどりの華が咲く万華鏡のような夜空を

しばし眺めていた。


「あのー、おひとりですかあ?」そう声を掛けられ、ビックリして振り向くと

彼女だった。髪の毛をアップにして浴衣姿の彼女がそこに立っていた。

俺は目を奪われ照れていると「こんばんは、お待たせしました。」と

いたずらっぽく彼女は言った。

紺地に紫や水色の紫陽花が咲いた浴衣に、黄色の帯。とても綺麗だった。

「よく似合ってる。すごく綺麗だよ。」と照れながら彼女に言うと

「ありがとう。」と手を広げておどけて見せた。

「遅れるってこのことだったのか、心配したよ。行こう」

そう言って彼女の手を引いた。その時ふわ〜っと石鹸の匂いが広がって

俺を陶酔させた。


土手沿いをぞろぞろと歩く人の群れが花火を打ち上げているところまで

ずっと続いている。

次々に夜空へ打ち上がる色とりどりの花火を見上げながら

彼女の手をしっかりと握りしめてゆっくり歩いていた。

すると彼女が何か言った。

夜空いっぱいにこだまする花火の打ち上がる音にかき消され

よく聞き取れず「ん?」と彼女の方を向くと、彼女は俺の手を引っ張って

「綺麗だね。」と言った。

『君の方が綺麗だよ』という言葉を隠し「うん。」と言った。


ドンドンと夜空に舞い上がる花火と人々の歓声・拍手、そして地響きまでもが

気分を盛り上げていた。

俺たちはまるで少年少女に戻ったように、はしゃぎながら、現場近くの公園まで

辿り着いた。


広場には屋台も出ていて、さながら祭のようだった。

「何か食べる?」と彼女に聞くと「カキ氷がいい。」と言った。

俺たちはカキ氷を手に、座る場所を探していた。徹夜組もいたせいか

あいにく座る場所は残っていなかった。仕方なく柵のところにスペースを

見つけると大人しく食べ始めた。

「あの、一口食べる?」彼女はそう言ってスプーンを差し出した。

俺は口を開けると彼女は恥ずかしそうに笑って俺の口に入れた。

“俺も”と思いスプーンを彼女に差し出そうとした時、「もうやだー」という

女性の声が後ろから聞こえ俺は突き飛ばされた。

俺は押された反動で彼女に身体がぶつかってしまい、急接近する形になった。

「すみませ〜ん。」そう声がして後ろを振り返ると

若いカップルが立っていて、男が後ろから女を抱くような姿勢で花火を見ていた。

俺は向き直って彼女を見ると彼女はうつむいていた。俺は彼女の手を引いて

俺の前に立たせると後ろから声を掛けた。

「この方がもっとよく見えるよ、花火。」

彼女はコクッと頷いた。

浴衣の襟足から覗く白い肌。細く伸びたうなじが綺麗だった。


緑やピンク、紫色に染まる花火が上がっては消え、上がっては消えて

とても幻想的だった。

俺は彼女を後ろから抱きしめると髪にキスをした。彼女はゆっくりと顔を上げ

俺の耳元で「好き。」と囁いた。


花火の打ち上がる間隔が短くなって、これでもかというくらい連続して上がると

より一層歓声が上がった。拍手と歓声が辺りに響いて興奮もクライマックスに

達した。

仕掛け花火が上がると辺り一帯に煙と閃光が走り、その後パッと静かになった。

静寂の後、一斉に拍手が起き、夢の祭典はお開きとなった。

ぞろぞろと帰り始める人、人。 俺は名残惜しかったが彼女の頭に手を置き

「帰ろうか…」と言った。

彼女は俺を見上げて「うん」と頷くと後ろを向いた。


俺たちは人の波に揉まれてただひたすら大人しく歩いた。

やがてバス停の近くまで歩いて来ると俺は足を止めて

「もう少しこの辺を歩かない?」と言った。

彼女は「うん。」と言うと俺を見つめた。


このまま帰れるわけなんかなかった。一秒でも長く一緒にいたかった…


「あの信号のところに大きな白い犬がいるんだよ。毛がフサフサの」

と彼女に言った。俺たちが初めて話しをしたあの場所にもう一度行きたかった。

何故ならあの時俺はまだ、君への気持ちを隠したまま“ひとりぼっち”だったから…

「あー知ってる。うん、いいよ。あの犬凄く可愛いんだよ。ぬいぐるみみたいで」

と子どもみたいに笑った。

「行こっ」彼女は俺の手を引っ張った。


そうして俺たちは笑いながら歩き出すと突然彼女が歩みを止めた。

「あっ、待って。」彼女は手に提げていた巾着から携帯を取り出すと

「電話、あの人から。」と言った。

彼女は俺の目を見ながら電話に出るとだんだん真面目な顔になり目を伏せると

「わかった、今行く。」と言って電話を切った。



嫌な予感がした…













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