~ふたり~
また一日が始まる。日々は同じことの繰り返し。だが今日からの俺は違う。
生きる目的を見つけたから…
休み明け片付ける仕事は沢山あった。休みの間に掛かってきた、本部や業者など
との連絡やFAXで送られてきた文書の整理など、朝からやることは目白押しだった。
何から手をつけようかと考えていると彼女が現れた。
モニターに目を凝らすとやはりまた目が腫れている。俺は彼女の席を確かめると
いつもより彼女を喜ばせる為の策を講じた。こんな形でしか彼女を元気づけること
が出来ない自分が歯がゆかった。
彼女をひとしきり遊ばせ19時過ぎ、彼女がトイレに立ったのを見計らって
俺は勇気を出して彼女に声を掛けることにした。
トイレから戻って来た通路のところで遂に彼女に声を掛けた。
「こんばんは、」
俺の顔を見ると驚きの表情を見せて
「こんばんは〜」と返した。
「この前はどうもすみませんでした。」
そう俺が口火を切ると
「あ、ええ、そんな大丈夫ですからもう。」
と遠慮がちに言った。目はまだ少し腫れていた。
「楽しんでいただけてますか?」そう尋ねると
「あの、はい。ありがとうございます。」
と恥ずかしそうに微笑んだ。
「あの〜コーヒー、あの、この前コーヒーでも飲みながらお話しを
伺おうと思ったんですけど急に呼ばれてしまったので、今日これから
いかがですか?」
と勇気を振り絞って言った。すると彼女は一瞬戸惑いながらも
「あ、ええ、別に構いませんよ。」と言った。
俺はYESというその答えに呆気にとられて彼女をしばし見つめていた。
彼女は『?』という顔をして俺を見ていた。
「でも、どこで?」
そう彼女が口を開くと我に返って
「あの、外でじゃダメですかね?ここではよく聞こえませんし」
と言うと彼女は一瞬考えて
「いいですよ。」と答えた。
「あの、では何時頃?」と尋ねると
「今からでもいいですよ、もうたくさん遊ばせてもらったので。」と言った。
俺は有頂天で「では、15分後に東側の駐車場で待ってますので」と言った。
まさか本当に彼女と一緒の時間を過ごせるなんて…完全に舞い上がっていた。
俺は副店長に後の仕事を頼み、帰る旨を告げると身支度を整え駐車場に向かった。
一番奥の出入り口に近いところに車をまわすと彼女が出て来るのを待った。
やがて出入り口の灯りに彼女の姿が浮かび上がると、ピッとクラクションを鳴らし
車から降りた。彼女は慎重に近づいてきて俺を見つけると会釈した。
彼女の可愛さに自然と顔がほころんだ。
「どこに行きましょうか?私が知っているところでもいいですか?」
と俺が緊張して言うと
「いいですよ。今車をまわして来ますね。」と言った。
『さすがに一台の車って訳にはいかないよなあ。』と思い
「ああ、ええ」と答えた。
彼女が車をまわして来ると俺たちは出発した。バックミラーで確認すると
必死に俺の後をついて来る彼女が見えた。俺は窓を全開にし手を伸ばした。
風を受けながら、まるで彼女を乗せて羽ばたく鳥のように爽快な気分になった。
ホールから15分くらい車を走らせたところにある、人気の多国籍レストランに
向かった。ここなら食事も出来るし何しろ雰囲気が良くてちょうどいいと思った。
彼女は俺の隣りに車を停めるとゆっくり出て来た。
少しはにかみながら「ここまだ来たことないんです。」と言った。
俺は余計に嬉しくなって「そうですか、良かった。入りましょう」と促した。
そして店のドアを開けると彼女の背中に手をおき、店の中へと誘導した。
彼女は一瞬ビクッとなって「あっ、ありがとう」と俺の前を通った。
結局食事をすることになり、彼女が、注文したピザを取り分ける様子を
見つめていると、必死な姿が可愛くそして色っぽくもあり、また一生懸命に食べる
姿が一層可愛かった。
俺はドキドキしながらも楽しい時間を過ごした。この前の事件の話しを
織り交ぜながらあっという間のひとときだった。
『彼女はこんなにも笑うんだ、笑顔がこんなにも似合うのに』 俺は歯がゆかった。
彼女は携帯電話を取り出し時間を確認すると「もうそろそろ帰らなくちゃ」
と言った。時計を見ると21:30になろうとしているところだった。
俺は「ああ、そうですね」と言ったものの『まだ帰したくない。』という
本音を隠して席を立った。
精算を済ませながら、今俺の傍らに居る彼女を独り占めしたくて仕方がなかった。
暗くなった駐車場に出ると少し間を置いて俺は彼女に告げた。
「また会ってもらえませんか?」
自分でも驚くくらい積極的な自分がいた。彼女は少し間を置いて
「いいですよ。」と俺を見上げた。 暗闇に彼女の目が輝いて見えドキっとさせた。
俺は彼女を抱き寄せたい衝動に駆られたが、そこはぐっと堪えて
「ありがとう。」と言った。
お互いの電話番号を交換し各々の車に乗った。すると彼女は急に車から降りて来て
俺の車の窓ガラスを叩いて「ごちそうさまをまだ言ってなかった…」と
すまなそうな顔で言った。俺は頷いて彼女を熱く見返した。
「それじゃ、また。おやすみなさい。」
彼女は頭を下げると小走りで車へ戻って行った。
俺は大通りまで先導するとピッとクラクションを鳴らし合図した。
彼女は微笑みながら会釈して去って行った。俺はハンドルを握りながらも
しばらくの間、余韻に浸っていた。まさか俺が彼女の家の近くに住んでいる
とは言えず、少しドライブしてから帰ることにしたのだった。
彼女の目、鼻、口を思い出しドキドキしながらもせつない気持ちでいた。
彼女の仕草や声が俺の脳裏に焼きついていて、俺を妙な気分にさせた。
『やっぱり俺のものにしたい。』
男としての欲求がうずうずと押し寄せて来て俺を支配した。
俺は唇を噛みしめアクセルを踏んだ。気持ちが落ち着くまで辺りをドライブし
やっと家に着くと熱めの風呂に入った。湯船の中で何度も彼女を思い出し
夢見心地でいた。『彼女にまた会える』という生きる希望を見出し
俺は安心してベッドに入った。
こんなにも気持ちの軽い朝は久しぶりだった。充実感と期待感に溢れ
実に明るい一日の始まりだった。
鼻歌を歌い、髭を剃り、シャワーを済ませると新しいシャツに袖を通した。
この週末は新台入れ替え後初めての週末となり、忙しくなることは予測出来た。
『きっと彼女も来るだろうし頑張れる!』どこからともなく自信が湧いて来た。
職場に着くと足取りも軽く店長室へ行き、“恒例行事”を済ませた。
こんなことでさえも真新しいことのように感じられるのだから
気持ちの持ちようとは凄い。
無事開店を迎えると、瞬く間にホールは多勢の人で埋め尽くされた。
どんなに時を重ねても唯一変わらないのはここだけ。皆んなの欲望が、嫉妬が
勝負という境界線にうごめいている。“遊び”という大義名分の裏に、本当は
実に生々しい人間の本性が隠れているのである。
俺は心を躍らせながらこの時を待っていた。
黄色のTシャツに濃いブルーのジーンズを履いて彼女はやって来た。
長い髪をポニーテールにしてそれを大きく揺らしながらホールに入って来た。
俺はすぐにでも駆け寄りたい気持ちを堪えてカウンターの脇に居た。
彼女は新台に空き台を見つけると車の鍵を台に置いて、カウンター脇にある
ジュースの販売機の方へ近づいて来た。そして俺の姿を見つけると
「昨日はどうも。」と声を掛けてきた。
彼女が俺のものになったような気がしてどことなく誇らしかった。
「今日も楽しんで行ってください。」そう俺が言うと
「はい。」と笑って、そしてジュースを買い、席に戻った。
ドキドキしていた。今度はいつ二人きりで会おうか?彼女の目が俺を見つめて
俺も彼女を見つめて…。あの幸せなひとときをまたいつ味わおうか。
期待に胸が膨らんでいた。
やることは沢山あるのに、今日の俺はどこか上の空で彼女の姿ばかり
目で追っていた。胸や唇を何度も凝視し気持ちを高ぶらせていた。
ピチッとしたTシャツが彼女の胸に引っ張られて窮屈そうだった。
そうこうしているうちに彼女が昼食休憩をとることになり、俺も慌てて
昼食をとることにした。昨日の続きをしているようなそんな気分でいた。
今日の彼女は夕方になると帰って行った。いつものように16時過ぎに。
俺は彼女をあのマンションに帰したくはなかった。
彼女の笑顔の向こうにある闇の世界に…
俺は今日も仕事帰りにマンションへ寄ることに決めた。
彼女を守る為に、俺を守る為に。
何より明日は彼女の誕生日だから…




