~秘密~
カーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。このカーテンを開ければ
世間的には後ろ指を指されることなく堂々としていられる日常が
俺を待っている。だが、大きな秘密を抱えてしまった今、
昨日と同じ日は二度とやって来ない。
判断がつかず、ぐずぐずとベッドの上で天井を見つめていると
電話が鳴った。緊張しながら表示画面を覗き込むと実家からだった。
気抜けして受話器を取ると母親の声がした。
「もしもし、朝早くに悪いね、この時間でないと中々捕まらないから…」
久しぶりに聞く母親の声だった。
「ああ、それで何?」
「お前にお見合いの話しが来ててね、それでどうかな?と思って…」
俺の一番苦手な話しだった。
「今仕事が忙しくてそれどころじゃないんだ、やることがいっぱいで。
あ、悪いけどもう仕事に行く時間だからまた後で。」
俺はそう言って電話を切った。
俺は深くため息をつくと、やっとカーテンを開け朝日を浴びた。
窓の外には否が応でも行かなければならない現実が待っていた。
『今日一日頑張れば明日は休みだ。』そう自分に言い聞かせた。
熱めのシャワーを浴びると気持ちがスッキリしてやっといつもの
仕事モードになった。
新装二日目。忙しい一日を覚悟して今日やるべき仕事の内容を確認しながら
店へと向かった。
いつものように朝礼を行い、スケジュールを確認し、開店を迎えると
昨日と同様、多勢の人が店内へと流れ込んで来た。
彼女も朝から姿を見せた。さすがの彼女も打ちたくて並んで待っていた
ようだった。昨日自分が打った台に車の鍵を置き、台をキープすると
ジュースを買いに行った。果汁100%のジュース。そして席に戻ると
遊技開始時刻まで大人しく待っていた。
俺はクスリと笑って自分の仕事に取り掛かった。その仕事のひとつとして
もちろん彼女の勝利もあった。
時折、彼女の様子をモニターで確認しては今日やるべき仕事をこなしていった。
可愛い彼女が一緒に居るだけでこうも違うものかというくらい、順調に
仕事がはかどっていった。
仕事の目処がつき、時刻は20時を過ぎていた。彼女はもうとっくに帰っていたが、
俺には“運命共同体”という強みがあったから何にも寂しくはなかった。
あそこに行けば、彼女のマンションまで行きさえすればまた
同じ時を過ごせるのだから…。
副店長に店を任せ、一旦外へ出て夕食を済ますことにした。
店から少し離れたところにあるいつものラーメン屋。ここは定食ものもあり
何より安くて上手い。遠過ぎず近過ぎず俺にはちょうどいい距離にあった。
ここでいつものようにセットメニューを食すと帰りにコンビニに寄った。
店内に入ると雑誌コーナーの前に立った。色物の雑誌をパラパラとめくり
一応、業界関連の雑誌や攻略本、漫画などをチェックしていると
若いカップルが入って来た。ピアスをして腰にジャラジャラとチェーンを
ぶら下げた黒ずくめの男と、香水の匂いをプンプンさせた金髪に近い頭の女、
脚を見るとクロックスを履いていた。
フン、『類は友を呼ぶだな。』俺は心の中でそう呟き、雑誌を2つ手に取ると
レジでタバコとコーヒーを買って店を出た。
車に戻り店内に目をやると、さっきの男と女がイチャついていた。
俺はそれをしばし眺めると店を後にした。
ホールへ戻るとまだ多くの客が遊技していて、“まだ一日は終わらないのだ”と
身が引き締まった。
なんとか閉店を迎え残務処理をするとタバコに火をつけた。喧騒から逃れ
一息つくこの時の一服は実に上手い。
顔を上げ煙りを吐くと時計は1時を差していた。ふと、昨日仕掛けた盗聴器のことが
気になり、『帰りに寄ってみよう。』と思い立った。
タバコをもう一本取り出すと半分まで吸い、缶コーヒーの中に捨てると
部屋を後にした。
気分の上がる音楽をかけながら俺は彼女のマンションへ向かった。
彼女の部屋の灯りが消えていることを確認しながら車を停め
受信機を取り出すと窓を完全に閉めた。そしてドキドキしながら
静かに耳を傾けた。
最初は緊張していたものの、だんだん好奇心が台頭してきて
本当に探偵にでもなったような気分で耳を澄ました。
暗闇の中で時だけが経ち、一向に物音は聞こえて来なかった。
俺はホッとしつつも何か物足りなさを感じ、その日は大人しく家に帰った。
風呂から上がると缶ビールを飲み、インターネットで動画を観ると
明け方、床に入った。天井を見ていると「明日また」という声がして
いや、したような気がして目を閉じた。
久しぶりの休日。俺は昼過ぎにやっと起きた。
近頃忙しかったせいか疲れが溜まっていて『今日はのんびり過ごそう』と
決めた。シャワーを浴び、TVを観ながら遅めの朝食を摂ると
《あなたも狙われているかも知れない盗聴器の実態》という
コーナーが始まった。俺はドキっとして即座にチャンネルを変えた。
「それでは明日もまた」
TVからそう声がして思わず反応すると番組のMCが頭を下げているところだった。
昨日寝しなに聞いたあの声とシンクロして、『俺の行動を誰かに見られている
のではないか⁈』と怖くなった。堪らずTVを消すと少しの間ボーっとしていた。
「明日もまた」その声が頭の中に響いて、渦を巻いていた。
やがて『今日もまた行ってみよう』と心の中で声がした…。
その後は撮り溜めていたお笑い番組や深夜番組などを観て過ごし
あっという間に夜になった。
近くのコンビニで買ってきた弁当で夕食を済ませると暗くなるのを待った。
TVを点けるとお笑い芸人が司会のバラエティー番組をやっていた。
入浴を済ませ24時過ぎにマンションへ向かった。外に出ると少し雨が降っていた。
意を決して車をマンションの脇に停めると受信機を手にした。
エントランスの灯りが俺を照らしていたが、この周辺の家は皆灯りが消えていた。
“ガタン” 突然物音がした。緊張しながら耳を澄ますと「アナタバッカリイイネー」
と声がした。あの男の声。
「だって、あたしは勝ってるもん。いいじゃん」彼女の声だった。
「オレ、ナーンニモデキナイ。アレダメ、コレダメ」
「何がダメなの?自分だってビール飲んだりパーティー行ったりしてるじゃん」
「イイヨ、イイヨー、ニセンエンチョウダイ」
「何するの?」
「エーデキナイ?ニセンエン」
再び物音がした。俺はだんだん心配になってきた。
「ニセンエンデキナイ?ニセンエン」
「お金なんか無いよ」
そう声がすると壁を叩くような鈍い音がした。
「ほら」
そう彼女の声が聞こえると、ガチャガチャと何かの音がして
「どこ行くの?」
と彼女の声がした。
「カンケイナイ、アナタカンケイナイ」
そう男が言うとバタバタと足音が大きくなった。『来る!』そう思った俺は
咄嗟に受信機のスイッチを切ると身構えた。
ドアの開閉の音がして男がゆっくりと降りて来た。俺は身を隠すと
男は自転車に乗りどこかへ行った。
俺は罪悪感と正義感でいっぱいになっていた。『このまま階段を上って
彼女を慰めたい。』でもそれは許されることではなかった。
俺は仕方なく家に帰ることにした。『やっぱり上手くいってないんだな。』
そう確信して家に着いた。部屋の灯りをつけるとため息をつき、しばらくの間
そこに立ち尽くしていた。
『彼女を今すぐ抱きしめたい。彼女はいつも店に居場所を求めているんだ、
だから店に居る間は何もかも忘れて気を紛らわせているんだ。出してあげなきゃ
少しでも長く店に居させてあげなきゃ。』
そう決心して、その日は床についた。
『彼女には俺しかいない、彼女を救えるのはこの俺しかいないんだ!』
そうベッドの上で再び想いを強くすると部屋の灯りを消した。
興奮して中々寝付くことは出来なかったが、気持ちはスッキリしていた。
『明日からの俺は違う!』
まるで生きる目的を見出したかのように意気揚々としている俺がいた。




