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運命の人  作者: K-ey
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~心の闇~

彼女のことが気に掛かり、ろくに眠れない夜を過ごした俺は

いつもより遅く家を出た。職場に着き、駐車場に車を停めると

挨拶もそこそこに店長室へ向かった。

室内に入るとカレンダーが目に入りそれに目を凝らすと、そこには

来週の土曜と日曜に丸が付けてあった。

「花火大会か…」

『彼女と行けたらいいのに…』そう思った。


開店の準備を済ませるとホールへは行かず、来週の始めにある

新装開店の準備に取り掛かった。

台の配置や広告、当日の整列方法など考えなければならないことが

沢山あった。

広告の最終的なレイアウトを決めようとパソコンを開いた時

ふとホールの様子が気になりモニターに目をやると彼女の姿が映った。

甘デジのシマの奥の方に座り、今まさにバッグから財布を取り出すところだった。

すかさずズームして彼女の顔を見ると、彼女の目は腫れていた。

昨日の夜の彼女の泣き声が蘇ってきて俺を悲しくさせた。

『彼女を泣かせるなんて…でも大丈夫俺がいるから。』


昨日彼女のマンションの下で考えていた盗聴器のことを思い出していた。

『盗聴器…後でネットで調べてみるか、』

彼女の姿をもう一度見ると新装開店の準備に集中した。

『俺は彼女の為なら何でも出来る。してやれる。』

そう強く心に思いながら仕事に没頭した。


今日の彼女はまだ家に帰りたくないらしく22時過ぎまでホールに居た。

俺は一日彼女と過ごせて、今日はとても穏やかな気持ちでいられた。

彼女がホールから出るのを見届けると盗聴器のことを調べ始めた。

部屋の中に入ることはできないので、外に取り付けられるタイプがあるかを

確認するとそれを注文した。

『彼女を守る為にしなくてはならない。』そう自分に言い聞かせて…


新装開店前日に注文の品は届いた。

俺はそれを箱から取り出すと通勤カバンの中に入れた。

これであとは実行に移すのみ。



新装開店の日がやって来た。『彼女は整理券を手にしているから必ず来るはず。』

俺はいつもより早く目覚め、気合いを入れて出勤した。

店の駐車場に着くともう既に並んでいる人がいて、人気の高さをうかがわせた。

店長室に行き、いつものように朝食を済ませ一服していると、机の上に

放り出したままの通勤カバンを見て、昨日の夜カバンに忍ばせておいた

盗聴器のことを思い出した。

多少のためらいはあったものの『もう決めたのだから。何より彼女を救う為

なのだからやるべきなんだ!』と自分に言い聞かせていた。

あとは、いつこれを仕掛けるか、それだけだった。


「店長‼︎」

ドアをノックする音に慌ててカバンを一番下の引き出しにしまい身構えた。

もう一度ドアをノックする音がして

「店長、もうそろそろ整列してもらってもよろしいでしょうか?」

と副店長の声が聞こえた。

「ああ、そうだな、いいよ。」

俺はそう答えるとタバコを灰皿に置き、時計を見た。


この時の俺には内に秘めた大きな覚悟があった。



「それでは整列してくださーい。順番にご案内致しますのでー」

開店15分前になり、にわかに慌ただしくなってきた入口前は、多勢の人で

ごった返していた。スタッフ総出で対応に追われ、俺も店内入口付近に立ち

お客を迎え入れる準備をしていた。

「いらっしゃいませー」「いらっしゃいませー」

10人ずつに分けての入場だった。

人気台の新台入れ替えとあって皆気合が入っている。

店内に足を踏み入れた途端に走り出して台の確保に急いでいた。

しばらくすると彼女の姿が見えた。ひとりで来た様子だった。

やがて彼女の番が来ると俺は動揺を抑えながら「いらっしゃいませ。」と

大きな声で言った。その声に反応した彼女は俺の顔を見ると目を大きくして

「あっ、おはようございます。」と笑いながら挨拶を返してくれた。

俺はこの時『今日、盗聴器を仕掛けよう』と決めた。

『この笑顔を守りたい』そう思ったからだった。


無事に台を確保できた彼女はどこか嬉しそうだった。

俺は店長室でモニター画面に映る彼女の顔をしげしげと見つめ、この足元にある

秘密兵器をどこに取り付けるか考えていた。

今日も彼女は相変わらず、いくら勝たせても笑いはしなかったが

あの泣き声を聞いてしまった今では、もうそんなことどうでも良かった。

『彼女も闇を抱えている』そう思っただけで全て許された。


夕方になり彼女の帰る時間になると俺はモニター越しに彼女と約束をした。

『今日行くからね。』

換金を済ませ、駐車場を歩く彼女を見届けるとその後は淡々と仕事をこなした。

当日の売り上げ目標に対する実績、スタッフの指導・教育、苦情処理、

本部との連絡、防犯対策、HPの更新などやることは山積みだ。

24:30に仕事を終えると外で食事を済ませて彼女のマンションへ向かった。


カバンの中に誰にも言えない秘密を抱えて…



通い慣れたこの道も今日はどこか違って見え、俺だけが特別な生き物で

突然どこからかワープして来たかのような、そんな違和感を感じていた。

以前彼女と話しをした、橋を上りきったところにある白い犬がいる家のところまで

辿り着くと急に緊張してきて、俺がこれからしようとしていることの

重大さを感じずにはいられなかった。


橋を上って彼女のマンションに着くとすぐには車を停めずに

その周辺を回った。彼女の部屋の灯りは消えていた。

戸惑いながらもやっと決心すると建物の脇に車を停めた。

フーと大きく息を吐くとカバンから盗聴器を取り出し、上着のポケットに入れた。

静かにドアを開け、辺りに人がいないことを確認すると素早く外に出た。

そして建物の中に入ると静かに階段を上り、踊り場に立った。

一旦そこに立ち止まっていると突然、角の部屋のドアが開く音がして

慌てて上の階へと移動した。

3階へ向かう階段の途中で身を潜め、様子をうかがっていると

彼女の部屋の隣人は下へと下がって行った。

俺はホッと胸を撫で下ろし、イヤな汗をかきながらまた2階の踊り場に出た。

やるべきか否か、実際にはほんの数分であったと思うが自分には途轍もなく

長い時間に感じられた。


一歩一歩、足音を立てずに彼女の部屋の前まで辿り着くと静かに深呼吸をして

ドアの外にある小窓の窓枠のところに盗聴器を仕掛けた。

祈るような気持ちでその場を離れ、階段を下り、急いで車に乗り

エンジンをかけた。

夢中で車を走らせ家路に着くと2:30を過ぎていた。その後は自分でも

何をどうしたのかよくわからずに気がつけばベッドの上だった…



それでも朝はやって来た。

俺の昨日の行いが正しかろうとそうでなかろうと、そんなことはお構いなしに

また新しい一日が始まろうとしていたのだった。



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