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運命の人  作者: K-ey
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~天使と悪魔~

雨が降って来ていた。

突然降り出した雨に、得体の知れない妙な胸騒ぎを感じていた。

この一つの建物の中に、俺の大切な女とただ遊ぶだけの女が共存している。

俺の中の天使と悪魔が浮き彫りになったようで戸惑いを感じていた。


「あいつどうしてここに来たんだ⁈」

女はホールの中をうろうろしながらカウンターに近づいて行った。

『⁈』スタッフに何やら話し掛けている。

「店長、取れますか?」

カウンタースタッフから呼び掛けがあり、応答すると

「店長にお客様がお見えです。」

と連絡が入った。

『何なんだ、あいつ』

「今忙しいから、そう言ってくれ。」

そう頼むとスタッフはそれを女に伝え、女は2、3回頷くとカウンターを背に

歩き出した。

「何なんだよ!」

頭の中がカーっと熱くなるのを感じ、思わず立ち上がった。


そしてもう一度モニター画面に目を移すと女は《海伝説》のシマに入っていた。

俺は食い入るように女の動向に注目していると、やがて女は

空き台に腰を下ろした。

バッグから財布を取り出すと万札をサンドに入れ、ハンドルを握った。

「おいおい」

俺は手の平に汗が滲んでくるのを感じながら、ゆっくりと腰を下ろした。

タバコを手に取り、慌てて火をつけるとおもむろに吸った。


天使と悪魔が台を挟んだ表と裏で対峙していた。

表では天使が穏やかに遊び、その裏では悪魔が虎視眈々と勝機を狙っている。

この勝負、俺はもちろん天使を勝たせたいわけでいつも通り天使に加担していた。



俺は気が狂いそうだった。

昨日の夜、共に悦びを分かち合った者に苦痛を与え、

それを平然と見ていられるのだから…

俺こそが真の悪魔だった。

まるでゲームを楽しむかのように、俺の意のままに展開させた。

昨日の夜の罪滅ぼしをするように天使に勝たせた。


女は3万程使うと店を出て行った。俺はホッとしてネクタイを緩めるとうな垂れた。

ドッと疲れが出て、思わず目を閉じ小休止した。

『俺は悪魔だ。』

そう心の中でぽつりと呟き、暗闇の中に自分を閉じ込めた。



楽しかった、確かに昨日の夜は楽しかった。自分の欲望をありのままに

曝け出し、本能のままに行動し、そして満足していた。

だが、満足していたのは身体であって心とは違う。

心ではやはり彼女を求めている。

身体だって、できることなら本当はもちろん、彼女をこの腕に抱きたい。

彼女を愛し、愛され、満たされたい。いっそ彼女を無理矢理にでも…

いや、それは出来ない。そんなことは到底出来やしないことくらい

充分に分かっている。

彼女の顔を思い浮かべながら、決して答えの出ない自問自答を繰り返していた。


眠りたい、このまま眠りたい。そしてこのまま、もう決して

目を覚まさなければどんなにか楽になるだろう。

そんなことを考えていると突然

「店長!」

という声が部屋中に響き、俺は目を覚ました。

「店長!」

「何だ。」

インカムからの声だった。

「店長、すぐに下へ来てください!窃盗です。」

「あ?」

「中年の男がカードを盗んで大騒ぎになっています!」

「何?分かった、すぐ下へ行く。」

俺は一気に現実へと引き戻され、大急ぎで下へ降りて行った。


野次馬の人だかりができている方へ小走りに行くと、杉崎と副店長が

犯人を押さえつけているところだった。

杉崎は俺の方を訴えるような強い眼差しで見た。

「警察を呼べ!早くっ」

俺は、側にいたスタッフにそう指示すると、ことの詳細を尋ねた。

話しによれば、女性客が席を立っている間にカードを抜き取り

持ち去ろうとしたところ、それを見ていた別の客がスタッフに知らせ

発覚したということだった。

「で、その女性客はどうしたんだ?」

と尋ねると

「あちちに居ます」

と休憩所の方を指差した。


俺はすぐに休憩所へと向かった。そして休憩所の前までたどり着くと

ガラス越しに彼女がスタッフと一緒にいるのが見えた。

『まさか⁈』

俺が戸惑っていると自動ドアが開き、一斉に二人がこっちを見た。

俺は彼女と目が合って、その瞬間、時が止まったように感じられた。

俺はドキドキして身体が震えるのを感じ、それを悟られないように咳払いをして

「申し訳ありません、大丈夫ですか?お怪我などされてませんか?」

と声を振り絞った。

すると彼女は「ええ大丈夫です。私も悪かったんですよ、カードを

そのままにしてしまったから…」

と言って、少し恥ずかしそうに微笑みながら俺を見た。


俺は完全に挙動不審になっていた。彼女のことが心配でそれでいて嬉しくて

このひとときを永遠のものにしたくて、どうしていいのか分からずにいた。

「あ、あの、コーヒーでも…」

そう言いかけた時、副店長が突然、飛び込んで来て

「すみません、警察の方がお話しを聞きたいと店長を呼ばれています。」

と言った。

「…すぐに行く。」

俺は内心がっかりしながらそう言うと、彼女の方に向き直り

「申し訳ありません、ちょっと行かなくてはならなくて」

と言うと、彼女は

「全然大丈夫です。気にしないでください、あの、大丈夫ですから。」

と言った。

『時が止まればいいのに…』心からそう思った。


俺がこの事件について警察に説明をしている間に、彼女は帰っていた。

『彼女に何もなくて良かった。もし彼女に危害が加えられていたら?』

そう考えるだけで居ても立っても居られない自分がいた。


『 それにしても、あともう少しで彼女と一緒にコーヒーでも飲みながら

話しが出来たのにな…』

長い一日を終え、そんなことを店長室でぼんやりと考えていると

休憩所で見つめ合った時の彼女の顔が思い出されて

無性に彼女に逢いたくなった。




俺は閉店作業を終えると昼食などでよく利用するラーメン屋で食事を済まし

彼女のマンションへと向かった。

この時間になると開いている店もさすがに少ない。

コンビニの明かりに吸い寄せられるように寄り、缶コーヒーと雑誌を買って

いざマンションへと向かった。

静寂に包まれながらも妙に心が躍っていて、軽やかで穏やかな自分がいた。

最初はマンションの横を通り過ぎるだけのつもりでいたが

彼女にしてはこんな時間に珍しく、部屋の灯りがついていたのを見て

思わずマンションの脇に車を停めた。

静かにエンジンを切ると缶コーヒーをひとくち口にした。

缶コーヒーを口にしたまま少しの間ぼんやりしていると

ふと、彼女の顔が浮かんで『逢いたい』という強い気持ちが俺を支配した。

そしてもう次の瞬間にはドアを開け外へ出ていた。


マンションのエントランスを入るとコンクリートの無機質な冷たさが

俺を別の人格にさせた。

一段一段踏みしめるようにして2階へ上がると踊り場に出た。

先へと続く長い廊下が俺の理性を揺さぶっていた。恐る恐る一歩また一歩

足を進めると、突然大きな物音がした。 ビクッとして足を止めると

「どうしてまた呑むの?もうさっき呑んだでしょ」

と女性の声が聞こえた。

俺はまた一歩、足を進めると彼女の部屋の前に立った。

「アナタ、ウルサイネー」

外人らしき男の声が聞こえ、そしてまた大きな物音がした。

「もうヤだ…」

彼女の泣き声が聞こえ、やがて静かになった。


しばらくすると再び玄関近くで物音が聞こえ、人の気配がした。

俺は慌てて下へ降りると車に乗り込んだ。

そうこうしているうちにドアの開閉の音がして、人が降りて来た。

俺は身を隠しながらも、その姿を確認するとあの男だと分かった。

俺は動揺していた。昼間俺と話した時のあの、彼女の「大丈夫です。」

と言った表情と、さっきドアの向こうから聞こえてきた泣き声が

交錯して、俺をひどく混乱させた。

『彼女を泣かせるなんて、うまくいってないのか?…』


外で猫の鳴き声が聞こえた。

『ちょっと探ってみるか?…』

俺は以前テレビで見たことがあった盗聴器の番組を思い出していた。


窓の外に目をやると黒い猫が1匹俺の方を見ていた。

その猫は俺の目をジッと見つめると威嚇するように牙をむいた。

その時、俺の抱えている心の闇が広がっていくような不気味さをうっすらと

感じていた。












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