小さな世界とシュルレアリスム
無事、私の呟きは歓声の波に飲み込まれた。思いを口に出しすっきりとした私は、周囲に睨まれることもなく、ライブの続きを楽しむ。
ただひたすらに享楽的であった1曲目から、流れるように続けられた2曲目。「ヨウコソ夜の楽園へ」「不安なオモイは最初だけ」「最高にキモチイこの世界」。少しばかり危険な雰囲気のその曲は、退廃的ながらもどこか支配的な詞だった。
危ない魅力の声に誘われ、思考が鈍り、ただぼんやりと壇上の道化姿を目で追う。「ココにおいで」「愛すべきシモベ達」「怠惰にイキよう」歌詞に流され、すべてを忘れて跪きたい衝動に駆られる。これが、小鳥遊の言う、キングとしてのカリスマなのだろうか。プロですらないバンドの曲にここまで引き込まれるなんて、ただ事じゃない。頭の一部、理性的な部分でそんなことも思うが、意図的に無視する。素直にのめり込んでしまえば、今よりもっと、楽しくなるはずだ。
2曲目も終盤か。マイクをスタンドから取り外し、カトーがステージ上をだらだらと移動する。舞台の端まで到達すると歌うのをやめ、そのままずるりと座りこんだ。
空いた舞台の中央に赤いギターを提げたイケメン――ジャックが進み出て、目で追えないほどの速度で指を動かし、脳を揺さぶるような音を奏でる。おお、凄いな。単純だが素直な感想を抱き、今度はそこから目が離せなくなる。
暫し。荒ぶるギターに身を任せ、怠惰な心地を吹き飛ばすように、頭を振る。そろそろ止めないと目が回ってしまう。そう感じた頃、まるで見計らったかのようなタイミングでジャックの指が止まる。一瞬の静寂、そして。
「ねぇ、そこ、僕の場所なんだけど。」
「「キャーー!!!」」
どことなく拗ねたような響きの声と、待ってましたとばかりの歓声に、ハッとする。
ゆらり。みんなの視線を集め、やはりどことなく気怠そうに立ち上がったカトーが、なんの予備動作もなく、手にしたマイクを放り投げた。
ブン、ブン、ブォン。
くるくると回るマイクが、自身の風切り音を増幅し、会場に響かせる。高く高く、放物線を描くように投げ上げられたそれは、過たずジャックの元へたどり着き、真っすぐ挙げられた右手でしっかりと受け止められた。
ほぅ……。
会場のどこかから感嘆の溜息がもれ聞こえ、同時に、カトーが身軽に飛び跳ねる。
いままでの気怠さが嘘のようだ。その場で2度跳ね、宙返り。逆さに落ちて、着地した手で横に跳び、ゆっくりと3回転してジャックの傍へ。美しい円を描くような側転に、手、足首で翻る飾りが彩りを添える。
舞台の中央。2人の視線が絡み合う。まずは小さく、ベースが単音を鳴らし、次いでドラムがそっと加わる。ジャックの左手がカトーの右の頬、涙のペイントを軽くなで、身体のラインに沿って胸元まで下ろされる。
ジャギャギュイーン
銀のギターが耳障りな音をかき鳴らす。ジャックがカトーの胸ぐらを掴み、力任せに持ち上げ、投げ飛ばした――ように見えた。
「「きゃー!!」」
女性陣のわざとらしい悲鳴。常人の腕力では不可能だろう高さと距離を飛ばされたカトーが、重力に任せて落下する。背中から着地し、反動で跳ね上がった身体を弓なりに反らし、両手足をバネのように弾ませて起き上がる。耳障りなギターの音が収束し、ベース、ドラムと合わさって、激しい曲を創りだす。
「垂名さん!どうです?すごくないですか!?」
「っ!!」
突然、耳元で囁かれる、興奮しきった声。小鳥遊だ。反射的に振り向いてしまい、至近距離で目が合う。ちょっ、待っ、はっ!?近い近い、やめてくれ!
「本当にたまーにですけど、あの2人が揃った時だけやってくれるんですよ。毎回違う内容で、映画みたいに戦うんです。ほら、見てください、今度はキングの蹴り技で王子様が吹っ飛ぶ演出ですよ。」
何事もなく続けられた説明に、慌てたのは自分だけか、とホッとする…と同時に少し残念に思う。話を聞きながら少しずつ距離をとり、落ち着け、落ち着け、と自己暗示をかけながら舞台に視線を戻した。
右右左、上に下。ジャックは荒々しく、カトーは華麗に。互いに繰り出す拳を避け合い、たまに喰らってはじけ飛ぶ。本気の喧嘩がはじまったようにしか見えないが、ジャックが宙返りをしたところで、カトーがさりげなくギターのコードを掴み、絡まないよう配慮していることに気が付いてしまった。
「くっ、なんていうものに気付いてしまったんだ。せっかくのムードが台無しじゃないか。」
「えー?あ、コード事情ですか?初めて見たのに気付くなんてさすがですね!うふふ、なんかこう、仲良しさんでイイネっ!って気分になりませんか?微笑ましいというかぁ。」
「わからないでもないが、ここは、微笑ましいとか思ったらダメなところだろう。」
平常心、平常心。よし、普通に話せたな。小鳥遊に気づかれぬよう、そっと息をつき、最後にガッチリと手を組むことで和解のシーンを演出した2人が歌う3曲目に意識を集中させた。
剥き出しの闘争心をぶつけ合うような曲を終えれば、流れるように、しかしガラリと曲調を変えて4曲目へと続く。ジャックは押し殺したような切なさを、カトーは包み込むような優しさを。今までとは明らかに違う響きを乗せ、しっとりと届けられたバラードは、会場の興奮のみならず、小鳥遊の接近で乱れた私の心も落ち着けてくれた。
「改めまして、こんばんは。…今日はずいぶんと沢山の人が来てくれたみたいで、嬉しいなぁ。皆さん、楽しんでますかー?」
ここでいったん小休止なのだろう。軽やかに、かつ少しのんびりとした口調で呼びかけるカトーに、思い思いの返事や歓声、口笛などで応える観客たち。もちろん、私も惜しみない拍手をおくる。その様子を見たカトーは、巨大に描かれた口唇をさらに大きく歪めて笑い、うんうん、と大仰に頷いて続けた。
「好評だったみたいで良かったぁ。それじゃあ、前座はここまで。マイクは主役にお返しするね?」
拍子抜けするほどあっさり言い放ち、マイクをスタンドに戻して舞台の端へ下がろうとすれば。
「ぅおい、カトー!MC短すぎだろうが、せめてメンバー紹介くらいしてくれよ!!」
すかさず腕をつかんだジャックに怒鳴られ、不思議そうに小首を傾げて振り返る。
「えー?だって、今日はみんな、ジャックのお祝いに来てくれたんでないの?……みんなも、はやく王子様のターンになって欲しいよねぇ?」
その詫びれのない返答に、会場がどっと笑う。そこから2言3言。あぁ、仲が良いんだな。自然とそう思わせる会話が小気味よい。
「……それに、まだ30分も経ってないじゃねーか!担当分は働けよ!」
「まぁまぁ。あ、じゃあ僕はコレを貰うよ。ジャックだって今までこれで歌ってたんだし、変わらないんでない?」
「あぁ、そうか。そんならイイな。……っておい!」
ジャックの胸元から小型のマイクを奪い、いつの間にか、メインボーカルの話からマイクの話にすり替えて。誤魔化しに気づいたジャックが突っ込んだ時には、ちゃっかりキーボードの前に移動し終わっていた。
「ったく。まーたそうやって人のことオチョクリやがって……っま、いっか。」
へらりと笑ってみせるカトーに、呆れた口調で向けた文句をすぐに苦笑に切り替えて。スタンドごとマイクを握れば、纏う雰囲気をガラリと変えて、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「よーっし、そんじゃあ、ちっと早ぇけど、このジャック様の出番だな!オメェら盛り上がってこうぜー!!」
「「うぉぉぉぉぉ!!!」」
彼の笑顔と掛け声に誘われるまま、私は腹に力を入れて声を出し、ジャックへの返事に代えた。各々の気合溢れる声が混ざり合い、場の空気がビリビリと震える。会場は、一瞬で彼の色に染められた。




