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呼ばれる話のプロローグ  作者: もざ
3/5

道化にしてハートのキング

寂れたビルの階段を降り、地下2階。入口でドリンク代という名の入場料を支払い、重たい扉を開け、中に入る。会場は思ったよりも広かった。すでに多くの観客がひしめき合い、思い思いに雑談をしている。若い女性ばかりがいるのではないかと危惧していたが、案外男性客も多い。見たところ、女性と男性が3:1、年齢層も私より年下と年上とが3:1くらいといったところか。


すでに前のグループの演奏は終わっていたようだ。ステージには、ギターが2本、ベース、ドラム、キーボード、それからスタンドマイクが万全の状態でセットされ、主役の登場を待ち構えている。


「今日のボーカル、やっぱり王様かなぁ?」


「どうだろう?せっかくのお祝いだから、王子様がやるかもよ?」


「うーん…でもジャック様はギターメインだしぃ。」


「まあねぇ……私としては、2人が交互に掛け合いとかしてくれたら最高なんだけどな!」


「あー、それ、チョー美味しい!!」


ちょうど横並びになった二十歳(はたち)そこそこの女性たちの会話が耳に入る。小鳥遊(たかなし)はやはり、大ファンのカトー――いや、ここは彼女に倣ってキングと呼ぶようにしようか。同じ呼び名を使った方が、聞こえがいいだろうと思う。打算?知ったことか、童貞ナメるなよ。


「小鳥遊さんもやはり、キングが歌うと嬉しいのか?」


「そうですね。キングは大道芸とかも結構やってるんで、パフォーマンスも上手いし、面白いんですけど、やっぱり一番の魅力は声だと思うんですよ。」


「なんだ。K(キング)っていうのは、そろいもそろって大道芸係なのか?しかし、キング――くそ、ややこしいな、(ハート)の方のキングは歌も歌えるんだな。さすが、ロボットダンス野郎とは格が違う。」


「ぶっ。ロボットダンス野郎って…ふふふ、笑っちゃうじゃないですか、勘弁してくださいよぉ。」


「いや、すまん。愛あっての暴言だ、許せよ。」


よほど可笑しかったのか、小鳥遊はひとしきり笑い、それから、ツタンカーメンはクールでニヒルでスマートで、少し堅物なキャラで通っていることを教えてくれた。ほぅ、ずいぶん実際と違うキャラ付けになったもんだ。思わず口元が緩む。大方、いつの間にか固められたイメージに違うと言い出せないまま、ここまで来てしまったんだろう。今度会ったら盛大に弄ってやらなくては。


J(ジャック)と違ってK(キング)は全部のスート(マーク)がいるんですが、(クラブ)のツタンカーメンと(ハート)のカトーはかなり古参のメンバーなので、まだPOKER(ポーカー)としての活動が少なかった頃の名残で、路上パフォーマンスの方が好きなんじゃないかって言われてます。逆に、(ダイヤ)のルイと、(スペード)のアーサーはPOKER(ポーカー)が流行りだしてからのメンバーなので、ライブ参加が主ですね。」


「なるほど、そういう違いがあるのか。っとなると、カトー…キングはもしや、私たちと同年代なのか?」


「あ、そうですね。たしかキングは、今ちょうど30歳ですよ。早生まれだから、今年31歳の人たちと同級ですね。」


「私やツタンカーメンと一級違いか…同じアラサーでもこの人気……羨ましい限りだな。」


「そりゃあもう!若い時からいい声でしたけど、最近ますます…こう、なんていうか、とにかくセクシーで、もう、ホント(とろ)けちゃうーって感じなんですよねぇ、うふふふ。っと言うか、ほんと、キングは格別なんですよー。王子様だって、本当はキングとペアでデビューしたいって言ってるそうですよ?もうほんと、だって、王子様と違って、K(キング)は4人もいるのに、キング、とか王様、とかスート(マーク)なしで言ったら問答無用でキング・カトーのことですし、いや、まぁ、他の3人はみんな王様っぽい名前でカトーだけはそうじゃないからだとかも言われてますけど、私としてはそれを加味してもやっぱりキングとしてのカリスマ性が違うというかぁ……」


しまった、小鳥遊の変なスイッチを押してしまった。彼女のキング…いや、口に出さない時はカトーで良いか。カトーへの愛をどうやって止めようかと悩んでいたところで――


唐突に明かりが落ちた。会場の騒めきが止み、ステージにぼんやりと、大きな時計が浮かび上がる。21時29分。そうか、そろそろ始まるのか。私もなんとなく背筋を伸ばし、皆に(なら)ってステージに向き直る。


静まり返った会場に、カチ、カチ、と、秒針を模した音が響く。25…26…、ゴクリ。誰かの喉が鳴る。


「こんばんは、皆さん。(ハート)K(キング)、カトーです。」


暗闇のなか、そっと差し出されるような、自己紹介。ぞくり。腰あたりから快感に似た何かが這い上がり、無意識に身体が震えた。


会場のあちこちから、漏れ出た溜息が聞こえる。これは、凄い。こういうのを甘い、いや、蠱惑的な声、とでもいえば良いのだろうか。気負った風もなく、どちらかといえば気だるげな印象を受ける、妙にエロティックな響き。高いとも、低いともいえない聞き心地の良い声。どちらかといえば伸びにくそうな、大声は苦手だろう声質なのに、しっかりと耳に届く。むしろ、まるで耳元で囁かれているようで、なんとも不思議な感覚だ。


カチ、カチ。秒針を模した音をBGMに、声だけの挨拶は続く。


「今宵もまた、大切なトリの時間(ニイサマtime)を、ワタクシ達POKER(ポーカー)にお預け頂けたことを感謝し……精一杯、努めさせて頂きます。」


秒針が回る。これも演出なのだろうか、カトーの発する甘たるい声と、まるで神聖な祈りかなにかのような文言の不調和が、どことはなしに、背徳的だ。


ゴクリ。誰かの喉が鳴る。


カチ、カチ。秒針は回る。58…59。21時30分00秒(ニイサマtime)。一瞬の間をあけ、時計の映像が掻き消える。真っ暗だ。そう思う間もなく、視界が白で埋め尽くされる。輝くミラーボール。弾けるスポットライト。ドラムのスティックがテンポを刻み、間髪入れずに始まる1曲目。


歓声に包まれる会場。一瞬、息が止まる。怠惰な印象は残しながらも、先程よりも張られた歌声に、不意打ちを喰らった。砕け散ったかのように思えた腰をなんとか持ち直し、ゆっくり深く、呼吸をする。ほんのわずか、酩酊感にも似た目眩までも感じ、集めた唾液を飲み込むことでやり過ごした。


ステージの中央に目を向ける。ミラーボールが眩しい。目が明るさに慣れるまで、ステージのシルエットを眺めて想像する。カトーとはいったいどんな人物なのだろう。こんな色っぽい声の持ち主だ。女性的な風貌の、並々ならぬ美男子に違いない。


そして私はそれを見た。周囲が曲に合わせ、腕を振ったり、飛び跳ねたりし始めるなか、私は虚を突かれ、固まった。


……ピエロ?


ステージの中央では、紫とピンクを基調とした、とんでもない派手な色合いの道化師が、小首をかしげるように立っていた。


私は数回まばたきをし、両手で目をこすり、それからもう一度ステージをよく見てみる。


キーボードの前には誰もいない。ベースの男は大柄な茶髪のロン毛、銀のギターは細身で黒髪の短髪。真っ赤なギターが長身の金髪で――こいつは遠目にも、ずば抜けてイケメンだった。間違いなくあれがジャックだろう。それから、ドラムの前に座っているのは、珍しいことに女性だった、けっこう可愛い。


あえて周りから確認してみたが、状況は変わらない。彼らの中央に、明らかな違和感。先が二股でポンポンのついたとんがり帽子に、ギザギザの大きな襟着きのついた見るからに緩い服。飾りの類は緑や黄色で、あちこちに散りばめられた金銀の装飾がライトを拡散して眩しい。


呆けたように見ている間も、会場を、この場の皆の心を、腰を、震わせ続ける甘い声。発生源のマイクは、何度見直しても、あの煌びやかすぎる装いのピエロが持っている。


「……。」


あれが、本当にカトーなのか…?質問しようにも、小鳥遊は舞台に夢中。目が完全にハートになっている。なんとなく悔しいが、あの声には勝てない。これは仕方がない。


考えてみれば、別に見た目にも華やかで楽しいし、耳は文句なく幸せなのだ。ただ、視覚と聴覚がどうしようもないミスマッチ感を主張してくるだけで。気にせず私も、このライブを堪能しよう。


物事はまず形から、である。周りの皆々と同じタイミングで腕を上げ、かけ声を発し、会場いっぱいに広がる快感を貪ってみる。楽しい。久々に若返ったような気分だ。いいじゃないか、カトー…いや、キング。私も今日からファンになろう。いいじゃないか、ピエロのキング、悪くない。


1曲目が終わる。溢れんばかりの歓声。私も思いを口にする。大丈夫、この大歓声だ。きっと周囲に溶け込んで、声援の一部になるはずだ。頼む、言わせてくれ。これだけは、どうしても我慢ができない。


「なんで、ジョーカーじゃないんだ……!」


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