拝啓 ヒロイン様
ありきたりで、よくあるテンプレ話である。
飛んできた魔玉に激突して思い出したのは、前世でお馴染みライトノベルの悪役令嬢の姿だ。
ああ、それ、それ。
よくあるやつ。
はいはい。
おつおつ。
ドリルのような縦ロールの赤い髪をくるくる弄びつつ、フカフカだけど趣味が悪いカバーがかかった枕に顔をうずめた。
「はぁ……」
魔法の世界。ライトノベル。悪役令嬢。婚約者。ヒロイン。虐め。失脚。
キーワードが次々と頭に浮かんで消える。
とりあえず、私は悪役令嬢みたいーの。明日転校してくるヒロインを虐めーての。1年後に婚約破棄されて失脚ざまぁーでEND。
うん。悪役のざまぁは美味しいよね……他人事なら。
でも、これが自分の事なら?
「……吐きそう」
ああ、ヤバイな。最悪の未来しかみえない。
1年後には、学園追放だ。
この学園を卒業できないというのは、これからの死を意味する。
家族を巻き込んで不名誉で笑いものの罪深き馬鹿娘になってしまう。
でも前向きに考えよう。
この世界が“乙女ゲーム”の世界だったら、敵と言う名の“攻略対象者”は少なくとも2人以上いる。そして選択権も多くバッドエンドも多種多様に揃えられている。
しかし、この世界は“ライトノベル”だ。
ヒロインと結ばれるヒーローは私の婚約者一択で、考えようによっては回避する事も可能かもしれない。
ヒーローの婚約者の立場だから、私が“悪役令嬢”として舞台に立たされるのであって、そうでなかったらただの通りすがりのモブ令嬢ですむのではないのだろうか。
「……いや、それだけでは弱い」
思い出せ。
思い出せ。
前世で読んだライトノベルの悪役令嬢に転生したヒロイン達は何をしていた?
どうやって回避した?
婚約破棄をする?
――婚約は家と家との問題で、私だけの問題じゃない。
学園に通わない?
――これも無理だ。私たちの年頃は性別家柄も関係なく、魔法を学ぶためにあの学園で寮生活を送らなければならない。学園に通わないなどと言った時点で頭がおかしいと疑われるような世界だ。
彼らに近づかない?
――運命や補正によってシナリオ通りに“悪役令嬢”に仕立て上げられてしまうかもしれない。
――そして?
ヒロインも同じ転生者で、しかもしたたかに私を陥れるかもしれない。
では、どうする?
表紙に描かれていた――ヒロインとヒーロー(婚約者)が幸せそうに笑っている姿の後ろで真っ赤な髪をした縦ロールの少女が意地悪そうに笑っている。
思い出せ。
どうする。
考えろ。
*:*:
考えるだけの事をして、様々な努力をしたつもりだった。
私の特徴である真っ赤な縦ロールは、真っ黒な肩までのボブに。
悪趣味のゴテゴテドレスはやめ、白いカッターシャツに黒いジャケットと細く赤いリボン。そして黒いズボンと軽い男装風コスプレ。
婚約者と学園に入る前に「お互い干渉しない」「貴方がどこの誰と仲良くなっても、私は気にしないので好きにして」等の事を第三者を交え、書面にて約束。
悪役令嬢の装備といえる取り巻きは作らず、逆に先生と仲良くなりいざとなったら味方になってもらうよう外堀を埋めた。
猛勉強をし、わずか半年で2回生まで飛び級。
ここまでして――ヒロインとの接点をたったはずだったのだ。
なのに、どうして。
目の前に、右足に包帯を巻き、ウルウルと大きな瞳に涙を浮かべているヒロインがいて。
その隣に久しぶりに見た鬼の形相の婚約者と2人して
「嫌がらせはやめろ」
「イストリ様! アレッタ様を責めないで! 私がぼんやり歩いていたから悪かったんです」
「ルーシー。君は優しすぎる! この前は教材を破かれ、その前は水をかけられたんだろ?!」
「違うんです。違うんです。全部、全部、私が! イストリ様と一緒に居る私が! うわああああ」
「ルーシー!! ~~っ!! 何か言ったらどうなんだ。アレッタ!!!」
三文芝居をしているんだ?
ザワザワザワ。
私たちを取り巻きで見ている視線が痛い。
ギャラリーを背にしヒロインとヒーローの三文芝居は定番の舞台設定である。
これが物語的演出の性なのか。
今回は、昼休みの食堂だったが、定番の舞台のラインナップは豊富である。例えば、卒業式。パーティー、舞踏会……etc
物語のヒロインとヒーローは、注目を浴びないといけないというセオリー。
まったくもって、理解しがたい。
すっかり食べる気が失せた昼食を脇によけ、私を見下ろす2人と同じ視線になるように、ゆっくりと立ち上がった。
「ルーシー様」
「は、はい?!」
大げさなくらいに青ざめ震えた声をだしたヒロインことルーシーをかばうために、婚約者のイストリは彼女を後ろに隠した。
「やだな。イストリ。別に取って食おうというわけじゃないわ」
「……どうだかな」
「まぁ、どうでもいいけど。そこでいいから聞いてくださる? ルーシー様」
「……」
「この世界は魔法の世界」
「おい」
「貴女が想像しているよりも、この世界は厳しくて息が詰まるの」
「おい、何を言って」
「黙れ、イストリ!」
今、大事なところだから黙れってんだよ!
ギッと睨むと、ビクッと身体をパチパチと切れ長の目を瞬いた後、震わせ顔を真っ赤にして俯いて威勢を失ったイストリ。
「?」
そんな挙動不審なイストリ越しにルーシーを見つめる。
彼女は困惑した中、私に挑む目を返してきた。
「その厳しい世界だからこそ、犯罪が殆どおこらないのです。だから、貴女がさっきいったような小さな事件は、大変大きな事件として皆さんに捉えられるの。普段冷静なイストリだって、この取り乱し様。どうしてかお分かりになられます?」
ここで、一呼吸。
彼女から目を離さないまま、コテンと首をかしげる。
結われていない黒い髪がサラリと揺れた。
「悪に慣れていないんです。だって、この世界は善人しかいない世界。そういう風に創られた世界」
あら、嫌だ。意味がわからないって顔。
「異物なんですよ。私も、ルーシー様も。この世界にとって」
だから、残念。
目の前の彼女が、脳みそお花畑バージョンの転生ヒロインだったとは。
ああ、もう! 同じ転生仲間なら仲良くなれたらなと思っていたのに!! このタイプは無理!
ため息をつきたくなるのを我慢し、両手を拡げる。でてきたのは小さな四角いメモリー。それが、何百、何千と空に浮かぶ。
ざわめく人々。
映された私の姿が渦を巻き空に浮かんでいるのだ。
1年前に思い出したその日。そして、今、この時間をも。
「私の一年間のすべてが、ここにあります。さぁ、私は、いつ、どこで、あなたをそのような目に合わせたのでしょう? おっしゃってくだされば、すぐにお出しします。そして、その日の映像をギャラリーのみなさんと一緒に観ましょう。さぁ、教材が破かれたのは? 水をかけられたのは? いつ? どこ? それは、私?」
この世界は魔法の世界。こういう事ができたって、不思議じゃないでしょ?
「こんなことって……」
青ざめたルーシーが気を失う事によって、ここはひとまず収まった。
失神芸はヒロインお手の物というのもセオリー通り。
何事もなかったように、ギャラリーが元いた場所に移動していく。
あの子はまた何か仕掛けてくる。
これもセオリーなんでしょ?
あの顔をもう一度してくれ! もう一度怒鳴ってみてくれ! 何か目覚めそうなんだ! とかいう、イストリを放置し考えた。
さて、どうする?
ザワザワザワ。
この世界のヒロインであるルーシーが、次に仕掛けてくるとしたら、ダンスパーティーと相場が決まっている。
だから、先に仕掛けさせてもらった。
余談だが、最近イストリが犬のように懐いてきて「お前しかいないんだ。ちょっと、俺に痛みを与えてくれないかっ! 特別に許す」とか、うざくてたまらない。
お互い干渉しない約束だったと紙面で契約したのをみせると ギリッと眉をひそめ「お互いじゃない。俺だけだからいいのだ! ……それにしても今の表情いいな。後で過去メモリーから印刷をしておこうか。俺もあの日から記録し始めたんだ。ふふん」と、訳の分からない事をいいだした(特に後半)ので目下ガン無視し中である。
さて。
ダンスパーティーというのもあり、いつもの男装はやめ、落ち着いた色合いのドレスに身を包みながらも、頭に包帯を巻いている私。
その後ろで、わちゃわちゃ煩いイストリ。
イストリがダンスパーティーのパートナーだと信じ切っていたようで、私とイストリの距離間に苛立ちを隠せない華やかなドレス姿のルーシー。
前回と立場を入れ替えたような、シュールな構図で。
「お久し振りですね。ルーシー様」
「……アレッタ様? その……頭の包帯は?」
ひょっとして、今気付いた? 相変わらず、男しかみていない肉食系ヒロイン。イストリの他にも色々唾をつけているのを私は知っているんですからね!
半ば、呆れ顔になりつつもシンプルな扇をパッと開いてキメ顔を作る。
「あら? 貴女がよくご存じなのではなくて?」
「はぁ?」
遠巻きに見ていたヒロイン、ヒーローが大好きなギャラリーがざわついた。
きっと前回、食堂にいた者や噂を聞いた者だろう。
普段味わえない緊張感に興味津々。デバガメ根性丸出しってとこか。
私は両手を上にあげ、前にみせた私の過去メモリーを3つ程だした。
そこに映っているのは黒髪ボブの少女と茶色の髪の毛のストレートヘアな少女。
少女たちは、視線を集めている2人によく似ていた。
「ほら」
その茶色の髪の少女が
1つめの画面では、黒髪ボブの少女を階段から突き落としているところ。
2つめの画面では、黒髪ボブの少女の目の前で教科書を切り刻んでいるところ。
3つめの画面では、黒髪ボブの少女にバケツ一杯の水をぶっかけているところ。
その様子が繰り返し、繰り返し流れている。
モニターを見上げた私の黒髪もヒロインの茶色い髪をも、視界にいれながらも人々は見入っていた。
「なによ! これ!! 私じゃない! 私じゃないし!!」
「……」
「こんな出鱈目な映像……?! そ、そうよ! 私のも観てもらえばいいのよね! ねぇ、それはいつ? その日の私のメモリーを観ればすぐに無罪ってすぐに証明できるわ!」
「本当に、よろしくて?」
「何を言って……」
「3日程前の……昼食後になりますけれど、本当に、よろしくて?」
「?!」
大きな瞳を更に見開いたルーシー。サクランボの唇が“どうして……?”と形作った。
観せられるわけないだろう。
その日彼女が私を更に追い込もうと、私を襲わせる予定の暴漢達と楽しく打ち合わせをしていた頃だから。
繰り返し、繰り返し、流れる映像。
茶色の髪の少女が黒髪の少女をいたぶり続ける。
「嘘よ、嘘よ、嘘よ! こんなの、嘘よ!!」
遥か頭上にある映像を必死に隠そうとする姿は、ヒロインの外面の良い笑顔に慣れていた者たちの驚きと疑惑を深めるスパイスとなる。
この魔法には欠点がある。
映像はカクカクで鮮明ではなく無音だ。
しかし、それがなんというのか。
茶色の髪の少女が本当は誰か。
黒髪ボブの少女が本当は誰か。
真実なんて、思い込みと善良な視聴者の眼差しが頭の中で楽しく決めてくれる。
そして創られた真実は、彼女の顔色をドンドン白くしていくのだ。
「ルーシー様?」
ペタンと鏡のように磨かれた大理石の上にへたり込むルーシーの手を握り、そっと立たせる。包帯のせいで結い上げられない私の肩までの黒髪は口元のカーテンとなり、私の甘い囁きを上手に隠してくれた。
「ねぇ、ルーシー様。私、そんなに怒っていませんの」
「……?!」
彼女の瞳が私を大きく映しだす。
だって、私、知っていたんですもの。うふふ。セオリーですわよね。悪役令嬢が暴漢をつかってヒロインを襲うって。本当は、これ、私の役目だったんでしょ?
決められたストーリー通り動かないのはだめだって? それがヒロインの役目ですって? 役通りに動かない私のせい? だから、ヒロインである貴女が世界を正したと?
「そうですね。でも、私なら許されるんですよ?」
「……っ! 私よりも上流階級のお嬢様だから? 笑わせないで。あんたの与えられた役は“悪役令嬢”なの! そして私が“ヒロイン”! それが決められた事だもん!」
「満足いかない? うーん。では、こういう結末はいかがでしょう?」
「なによ!」
「“自ら手を汚してしたルーシー。学園を追われ、家族からも見放され、その後の彼女を知る者は誰もいなかったといいます”――というのは? ちょっと捻りがたりないですか?」
私は与えられた“悪役令嬢”らしく、意地悪に微笑んだ。
「“結末”なんてdeleteキーでいくらでも書き換えられるんですよ?」
「何を、言って……まさか……」
私から離れ、ふらふらと後退するヒロイン。
カタカタと震え、再度しゃがみこむ。
今度は私も手をかさない。
前世でお馴染みライトノベルの悪役令嬢。
お馴染みのはず。
だって。
この箱庭を創造したのは私だから。
『悪に慣れていないんです。だって、この世界は善人しかいない世界。そういう風に創られた世界』
私が、そういう風に創った世界。
ヒロインに成り替わる程、この世界を好きでいてくれたなんて。
怒りよりも先に、正直感動してたんです。
だから、前世の分も含め、私はゆっくりと礼をとらせていただく。
「ご愛読ありがとうございました。――読者様」
:::::*
冷たい視線にさらされる中
「大丈夫かい?」
温かく柔らかい声が、ルーシーに降り注いだ。
「……、エイブラム先生っ」
温かい声とかわって、冷たいが包容力のある大きな手がルーシーを引き上げ、背中をゆっくりと撫でる。
周りが敵になってしまった今、ルーシーはこの冷たい手に縋りつきたくなった。
「エイブラム先生! 私! 違うんですっ。私」
「うんうん。わかってるよ。ルーシーさんは本当に優秀で優しい子というのは、先生、わかってるからね」
「わああああ、先生!!」
両手で顔を隠し、大げさに泣いてみせたルーシーは思った。
――ああ、チョロイ。
やっぱり、私はこの世界のヒロインなのよ。誰もが私を愛する。そういう運命なの。だから――前世で作者? それが何? 笑わせないで。
この世界のヒロインは密かに嗤う。
ヒロインが幸せにならない世界などないのだと。
エイブラムは、ルーシーの背に手を添え優しい言葉をかけながら思っていた。
――私の今までの人生はなんだったんだろうと。
アレッタは不思議な生徒だった。一見物静かな淑女でありながらも、男装に身を包む浮いた存在。取り巻きは作らず、同世代よりも我々講師と交流をとっていたかと思う。理解できず、彼女にきいた事がある。どうして、正しいとされている生き方をしないのかと。
『あら、道は一本ではございませんよ?』
私は今まで、決められた通りに選択し、その様に行動してきた。生をうけた瞬間から、道は決められていると、わかっていたからだ。
なのに彼女は、私に聞いてきた。
『エイブラム先生の将来……いえ、本当にやりたい事はおありになりますか?』
『……本当にやりたい事』
誰にも聞かれた事がない未来の話。決められた通りに筋書通りに行動するのが当たり前じゃないのか? ……当たり前? ここで疑問が生じた。今まで自分を包んでいた固い殻に薄くヒビが入った瞬間。
誰が? いつ? 決めた? 私の道を? 人生を?
私は私じゃないのか?
彼女の言葉はエイブラムの中の本当の心の奥底に眠っていた欲望を見つけ出したのだ。
『そうですね。実は、私―――』
彼は高揚した。話しながら心の臓が熱くなるのを感じた。最近よく話しかけてくるあの人を重ねるとより一層興奮を覚えた。
エイブラムの言葉を聞いた後のアレッタは、若干焦点が合わなくなっていたが、すぐに持ち直して去っていったが、彼は気にしなかった。それ以来、彼女は彼に近づかなくなっても、彼は気にしなかった。
そして、今日。
少女二人を映し出したメモリーが空に浮かんでいるのを観た。
みた事もない道がそこにあった。“正しくない”行いが、数百という目にさらされ、非難され、断罪されるという事。想像すらしなかったそれは、なんという愚かで恐ろしく、胸が高まる事。そして、彼の願いを叶えてくれるきっかけとなった事に感謝した。
ルーシーとエイブラムがダンスパーティーから退場した背を見つめていたアレッタは、ため息をこぼした。
アレッタの勇姿に頬を染めていたイストリはその表情に疑問をもつ。アレッタが悟りをひらいた表情をしていたからだ。まぁ、今のイストリにとって、その表情も後で印刷しておこうと心のメモ用紙に刻む材料となったのだが。
(ルーシーが色々唾をつけていた男の中で、まさかエイブラム先生が動くとは……)
誰にも聞かれないような小さな声だが、アレッタは愚痴をこぼさずにはいられない。
取り巻きを作らなかったアレッタは、先生たちと仲良くなった。その中で、エイブラム先生はアレッタに悟りをひらかせるのに十分な人物だ。
イストリをちらりと見る。
今では、アレッタに犬の様に懐いているイストリ。
彼は“原作”で、このような性格設定ではなかった。正義感のあふれる爽やかな青年だったはずだ。しかし、転生者であるアレッタという異物にふれ、彼の中で作者の知らぬ性癖が開花した結果、原作とは違った趣向に目覚めてしまった。――激しく残念方向に。
エイブラム先生も本来、モブという役割というのもあり、設定に特色もないいたって普通の先生だったはずだった。しかし、イストリ同様、異物であるアレッタとルーシーと交流。そこで化学反応を起こし、とんでもない方向へとシフトチェンジしてしまった。
ルーシーは気付いていなかったが、エイブラム先生の……生徒を見る目とは到底思えない家畜を蔑む目に、流石のアレッタも背中に冷たい汗が流れた。
『エイブラム先生の将来……いえ、本当にやりたい事はおありになりますか?』
『……本当にやりたい事』
ある日問いた。
ほんの少しの好奇心だったのだ。
それが、まさしく猫も殺し、アレッタの心も少し殺した。
『そうですね。実は私――自分が優秀だと信じている奴を持ち上げてから、笑顔で崖から突き落としてみたいと思っていたんですよ』
耳を疑う事をいいながらも、罪人を全て赦した聖職者のような包み込む笑顔は、アレッタの心のトラウマベスト5にはいる。『エイブラム先生ったら、面白いお方。おほほほほ』上ずった愛想笑いをひとつおいて、用事を思い出したと踵を返した背後から聞こえた呟きもアレッタの背中を見事突き刺した。
『性格の悪い雌豚を飴とムチで調教して懐いたら養豚場に売るなんて事。それはとても素敵な事のように思えます。……あ、そうそう。最近気になる女性がいましてね』
あかん。
その女性に超逃げて! って言いたいけれど、さっきの様子からして手遅れなんじゃねぇ? なんて思っていない。女性=ルーシーなんて図式。思い違いに決まっている。知らないったら知らない。
色々な先生に、運命通りにいった場合、助けてもらうようにお願いしたアレッタもこうなる事は予想すらつかなかったからだ。
アレッタは目をつぶった。文字通りの意味でも、別の意味でも目をつぶったが言わずにはいられない。
「どうして、こうなった」
前世で創作したこの世界は、創作上でしかありえない善人だけの世界だったはずだった。だから、ヒロインであるルーシーに嫉妬してしまったアレッタの行動は過剰に断罪されたのだ。
それが、この世界の主要な人物である前世もちの俗世にまみれた思考の持ち主のルーシーそして、もちろんアレッタが混入された事によって、真っ白な世界が簡単に色づいてしまった。
(まぁ、異物なんですよ……ね。私も、ルーシー様も。この世界にとって。うんうん)
アレッタは、いつかルーシーに言った言葉を呟き、ルーシーにも責任を擦り付けた。でないと、心の平穏が訪れない。そんな気がしたからだ。
静かだった会場から、ゆったりと音楽が流れだす。
それに合わせて踊りだす人たち。
アレッタは婚約者の手を取り、中央に向かってステップを踏み出した。
――拝啓 ヒロイン様。
作者でも無理な事があるようです。
キャラクターが勝手に動いて暴走する事が稀にあるって、ご存知ですか?
これ、無理なやつです。
軌道修正不可で放置案件で、考えていたプロットが役に立たなくなって、作者も終わりが見えなくなるやつです。
願わくば、貴女の物語がハッピーな結末である事を心よりお祈り申し上げます。