第9話「選択肢」
「あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。
上の天にあるものでも、下の地にあるものでも、
地の下の水の中にあるものでも、
どんな形をも造ってはならない。」
出エジプト記 第20章 第4節
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皇居の前の内堀通りを渋谷とは反対の方に真っ直ぐ進み、靖国通りを右折し、青看板と歩道に建てられた市街地図を頼りに秋葉原へ向かった。
神田川にかかる細い橋を少し戻る形で自転車を押して渡り、僕は秋葉原駅に辿り着いた。
昔の記憶では電気街の歩道でパフォーマンスをしている人がいたように思ったが、その日平日だったせいもあるのか、通行人に向けて楽器を演奏できるロケーションは見当たらなかった。僕が知っているより街はずっと綺麗になっていた。
僕は自転車を路肩に駐め、良さそうな場所を探した。
場所が決まったら箱か何かを調達し、そこにおひねりをもらおう、そしてご飯を食べよう、という腹積もりであったが、全くそういう雰囲気ではなかった。
僕は寝不足と空腹と疲労でふわふわしていた。
駅の近くの歩行者専用の道でメイドさんが「献血をお願いします」というプラカードを持って立っていた。
僕は献血が好きで、献血カードを作って昔よく行っていた。
献血するとドーナツやアイスのような何かしらの甘いものが貰える。
僕は吸い込まれるようにプラカードが指し示す献血ルームに入っていった。
献血という言葉のイメージからほど遠い可愛らしいメイドの格好の受付のお姉さんが、僕に元気に挨拶をし「昼食はお済みですよね」と笑顔で僕に聞いてきた。
全く何故か分からないが、僕はとっさに「まだです」と答えていた。バカバカバカ俺のバカ!と内心思ったものの時すでに遅し。
「では昼食をお取りになってから又いらっしゃってください」とニッコリ言われてしまった。
僕は、さも再びすぐ戻るかのような顔でUターンし、プラカードのお姉さんに何故か申し訳なさそうな顔をされ、また自転車に跨がり、代々木公園に戻る事にした。
神田を通り過ぎ、皇居に戻り、六本木通りをばく進し青山通りを突き抜け、代々木公園に戻った。
疲れが溜まり、自転車のスピードが落ちているのが分かった。
代々木公園に戻りギターを弾いたが、空腹のせいか
まるで良い音が出せなかった。
集中力も保てず、演奏にならない。
時刻は17時を回ったところで、頭のなかに選択肢が3つ浮かんでいた。
少し休んでから何か箱状もしくは筒状のものを捜し
このままここでギターを弾き続けるか、実家に戻るか、妻のもとに帰るか、の3つである。
その時、ふとK牧師の「困ったことがあったら来てくださいね」という言葉が思い出された。
僕は彼に全てを聞いて欲しいと思った。
誰が悪く、どうしたら良いのか、意見が欲しかった。
僕が悪いなら、叱って欲しかった。
僕の心はそれくらい弱っていた。
急に訪れたら迷惑だろうか、という心配は教会の前に行ってから様子を見て訪問するか決めようという事にして乗り越えた。
僕はギターケースにしまっておいたK牧師のくれたパンフレットを取りだすと自転車に跨がり、教会に向かってゆっくりと出発した。