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第8話 「皇居にて」

「歓ぶ人たちと共に歓び


泣く人たちと共に泣きなさい。」



ローマの使徒の手紙 第12章 第15節

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僕がギターを弾き終わると、その品の良い男性は暖かい拍手を贈ってくれた。


彼はどこのものか分からない強い訛りをもっていたが聞き取りやすい穏やかな声で僕に「どこかでコンサートをいつもしてますか?」と尋ねた。


僕が「あまりやらないんです」と答えると、その男性は残念そうな顔で勿体ないですね、と言ってくれた。


「何か楽器をなさっているんですか」と僕が尋くと

「聴く専門ですが、音楽は本当に好きです」と彼は答えた。



その人はKさんといい、近くの教会の牧師さんだと

自己紹介してくれた。

僕も名乗った。


「困ったことがあったら訪ねてくださいね」と彼は教会のパンフレットの冊子を手渡して去っていった。



押し付けるような素振りの無い、優しい人だった。



僕はしばらくギターを弾いていた。

11月のある日、ラグリマ、亡き王女のためのパヴァーヌ、アルハンブラの思い出、バッハのブーレのようなクラシック。

涙そうそう、童神、てぃんさぐの花のような沖縄の歌。

あと、僕は小さい頃ゲームっ子だったので、ファイナルファンタジーやドラゴンクエストやクロノトリガーの曲をギターソロにアレンジしたものが好きで、それらも弾いた。


人が通りすぎ、時々立ち止まり、時々拍手をくれた。



僕は太陽の下でギターを思いっきり弾けた満足感を味わった。


そして少し座り疲れてきたので、どこかに移動しようという気になった。



今朝の明治神宮の美しさを思い出し、明治天皇のことを思い、そこから皇居を連想した。


楽器の音は場所によって異なる。


皇居の近くでギターを弾いたらどんな音だろうという好奇心が湧き、僕は自転車に乗って六本木通りに向かった。



渋谷駅の脇を通る六本木通りの終点が皇居で渋谷からだと自転車で30分はかからない。


僕は日の照る中、帽子を深く被り、皇居を目掛け出発した。



大きな坂を下り、昇り、西麻布、六本木、赤坂を超えそれでも直進し続けると永田町に辿り着く。

このあたりは日本の中枢だけに独特の緊張感がある。


信号を渡り皇居に辿り着いた。

皇居の回りをジョギングしている人達が目につく。


自転車で入れるギリギリまで進むと、いくつかベンチが並んでいた。


ランナー用の時計台の麓に自転車を置き、ベンチに腰掛けしばらくあたりの様子を伺ってからギターを弾いてみたが、あまり良い音で鳴らなかった。


ギターをしまってしばらくボンヤリしていると、東北から来ているという二人組の初老の男性が話しかけてきた。


話の内容は他愛の無いもので、東京では自転車は車道と歩道どちらを行くのが普通か、とか皇居に観光に来る外人さんはどこのホテルに泊まるのだろう、といったものだった。


彼らと話しているうちに、秋葉原に行ってゲームの音楽を弾いたら、おひねりが貰えないだろうか、というアイディアがふと浮かんだ。


僕はその初老の男性たちに秋葉原に行きたいがどちらだか知っているかと尋ねてみた。


片方の男性が遠い昔にこの界隈に住んでいたことがあったらしく、秋葉原までの道のりをざっくり教えてくれた。



僕は彼らに礼を言い、外苑地区の公園で水を飲み秋葉原に向けて出発した。


電車で3駅くらいの距離で、思いの外近い。



途中で皇居の中に入れる門を見付けたので入って観光した。


皇居の中には観光客がひしめいていて、なかなかに盛り上がっていた。


僕はギターを担いだまま、天守閣跡に向かい一般客が入る事の出来る皇居の一番高いところから東京を見た。



小高い場所から見る東京はビルが乱立し江戸城の跡とのギャップに少し混乱する。



僕は植物や空気を楽しみながらゆっくり元来た道を帰った。


未来のことと妻のことは考えないようにしていた。



僕はまた自転車に跨がり、秋葉原を目指し、強い日差しの中、ペダルを漕ぎ始めた。


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