第7話 「朝の明治神宮にて」
「あなたがたは世の光である。
山の上にある町は、隠れることができない。」
マタイによる福音書 第5章 第14節
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酔った男性に絡まれて以降は特に何も起こらず、気づくと朝5時までまどろんでいた。
日が昇り、空の色が明るくなっていく。
雲は多かったが、雲間から金色の朝日が漏れ雨の降る気配は感じられなかった。
僕は強張った体をほぐすために軽く体操し、開門したばかりの明治神宮に向かった。
ジョギングをする老人、通勤途中の社会人、犬を散歩させる人などが既に活動しており、夜とは全く異なる爽やかな様相を呈していた。
僕が寝ていた場所から明治神宮まで5分とかからなかった。
人の少ない明治神宮の広い敷地を一直線に拝殿に向かう。
明治神宮は日本一の初詣の参拝者を有する神社でかなりの広さの敷地を持っている。
参拝者が足を踏み入れらる場所は限られていて、そこは砂利道になっており、係りの人がそこを掃き掃除していた。
僕はそんな時間に明治神宮に入った事が無かったので、その瞬間の空気を物凄く新鮮に感じた。
敷地一杯に聖なる雰囲気が漂っているかのようだった。
柄杓の水で手を洗い、口をすすぎ、お賽銭箱の前で柏手を打ち、拝んだ。
清々しい気持ちで拝殿を後にし、行きとは別のルートで帰る途中、橋を見付けた。
橋は川とは呼べない本当にささやかな流れに掛かっており、その流れの始点が橋から藪の中に見えた。
そこは鬱蒼とした茂みだったが、草木の隙間をぬって、金色の光が流れに落ちていた。
その時間しか見られない奇跡のような美しさの光を
目の当たりにし、足が止まった。
僕はギターを背負ったまま、しはらく、かなり長い時間、橋のそばに佇んでいた。
あまりすがろうとは思わないけれど、神様っているかも知れない、そう思えるくらいに綺麗な木漏れ日が水に落ちていた。
人が通らなかったら泣いていたかも知れない。
あまりに美しいものを見ると涙が出るのはなぜだろう。
僕は代々木公園に戻り、水道の水を飲んだ。
日が昇りきり、暖かくなったら急に眠気が襲ってきた。
僕は木陰のベンチで座った姿勢のまま眠った。
気が付くと10時過ぎで、晴れて暑くなっていた。
僕はまたプールの横のセラミックのベンチに戻り、指の体操、ストレッチ等の基礎練習を始めた。
結婚してからやる機会が減った基礎練習は昔のようには滑らかに行かなかったけれど、心地よかった。
僕は一通りの基礎練習を終えるとブローウェルの『11月のある日』を弾いた。
僕はこの曲がすごく好きで11月と言わず何月でも弾いている。
僕が1音1音噛み締めながら語りかけるように弾いていると、眼鏡をかけた小柄で品の良い中年男性が、感じの良い笑顔で声をかけてきてくれた。