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第6話 「夜の代々木公園にて」

「我々は、見えるものにではなく


見えないものにこそ目を留める。


見えるものは一時的であり


見えないものはいつまでも続くからだ。」



コリント人への手紙II 第4章 第18節

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夜の代々木公園は静かだった。


水辺はとても寒かったので、なるべく池やプールから離れようとしたが、水辺から遠いベンチはどれも

中央に仕切りがあったり、小さめだったりして寝心地が悪く、体は猛烈に疲れているのに、なかなか寝付けなかった。



僕は何度も居場所を変えて、結局もともといたプール脇のセラミックのベンチが寝やすいということに

気付き、プールと通行人に背中を向ける格好でギターのケースの肩ベルトを腕に絡ませて帽子を枕にして寝た。



少しウトウトしかけた頃、すぐ近くに人の気配を感じた。


僕は飛び起き、辺りを見回すと20代後半から30代初頭くらいの小柄だが筋肉質な男性が僕のすぐそばに屈んでいた。


彼は飛び起きた僕に「このあたりで携帯電話を見ませんでしたか。落としてしまったんです」と声をかけてきた。


僕が何も見ていない旨を伝えると、彼はなぜか僕の寝ていた場所の隣のベンチに腰をかけた。



僕は警戒すると相手の情報を多く得るために無意識に饒舌になる癖があり、気付いたら「大変ですね。もし良かったら鳴らしましょうか?終電乗り過ごしちゃったんですか?」と彼に尋ねていた。


彼は今まで酒を飲んでいたのであろう。頬が赤い。


そして、なんだか距離が近い。


「そうです。そちらもですか?携帯は、多分さっきまで飲んでた店にあると思うんで大丈夫です。ありがとうございます」


僕は家出して野宿しているとも言えず、山手線の終電を逃して始発を待っていると嘘をつき彼の路線を尋ねた。


「東横線です。始発は5時過ぎなんで、あと2時間は

ありますね」


「大変ですね、、今日はお仕事じゃないんですか?」


「幸い半休なんです。お仕事は何を?」


「楽器屋をしてます」僕は素直に答えた。


「そのケースはギターですか。僕も昔トライしてみましたが駄目でした。続かなかったです」


「最初は難しいですよね。痛いこともありますし、、そちらは何を?」


やばい。会話が盛り上がってきてしまった。


「僕はマッサージ師なんです」



僕はここまでの流れで、この男性を以下の3者の内どれかだと考えていた。


1、携帯電話を落としてしまって自分の歩いて来た道をトレースしている酔っぱらい。

2、物取りの酔っぱらい。

3、男性が好きな男性の酔っぱらい。


1は本人の申告。だが電話をかけようか尋ねて断られたので

実際この可能性は低いだろう。


2は寝ている僕に対して近付き過ぎだったのでそう思えた。


3は彼の距離の取り方と、僕はその手の方に好かれるタイプなので経験上有りうる、というところからの判断だった。



「そちらの業界は景気はどうですか」

僕はそれとなく話を続けた。話が続くということは

2の物取りの線は消えたということになる。普通バレればいなくなる。



「あまり良くないですね。給料が安いので常連さんに特別なサービスをしてチップをもらってなんとか。」


特別なサービス?


「お客さんは女性が多いんですか?」僕は恐る恐る尋ねた。


「いえ、男性がほとんどですね」


3番ですね!



僕は警戒体制に入り、妻がいること、もうとんでもなく女性が好きであることを丁寧かつ猛烈にアピールした。


それまで彼はじりじり距離を詰めて来ていたがその話を聞いて去っていった。



男性が好きな男性を差別する気は毛頭無い。むしろそういった方は頭の回転の早い、感性の鋭い方が多くリスペクトさえしている。


が、やはりぐいぐい来られると怖い。



ここには何泊もできないぞ、と僕は明日からの行動と居場所について頭を悩ませた。



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