最終話 「美しいもの」
「もうしばらくの間、
光はあなたがたと一緒にここにある。
光がある間に歩いて、
闇に追いつかれないようにしなさい。」
ヨハネによる福音書 第12章 第35節
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僕は大多数の日本人と同じように、特定の宗派を持たず毎年初詣をし、バレンタインとクリスマスに浮かれ、実家にはお仏壇があり、お盆とお彼岸にお墓参りをする。
ただ、
ものすごく美しいもの、
ものすごく大きな自然界のもの、
ものすごく不思議な巡り合わせ、
それらを目の当たりにしたとき
こちらの感受性の錯覚を超えて「神様がいるとしか
説明がつかない」という気持ちになることがある。
それは理解できないものを説明するシステムというだけではなく、もっと美しい力を持つ存在として、確かにこの世にあるのだと僕は信じている。
そしてその存在こそが、例えば音楽が例えば絵画が
例えば文学が人と人とを繋ぐ力の正体であると思う。
音で、
言葉で、
色で、
動きで、
他者を思いやる感情で
懐かしさで、
シンプルで奥深い計算式で、
温もりで、
人が感動し、それを語り継ぎ、
創作意欲を掻き立てられるのは
そして生まれてきて本当に良かったと思うのはそこに暖かく安心感のある、人を闇から救う大きな力があるからだと僕は思う。
それを神様の力と呼んでもバチは当たらないんじゃ
ないだろうか。
これは非科学的で、なんの根拠もなく飛躍した感覚かも知れない。
それでも、僕は今までの自分の体験によって、その力、「美」が孤独や絶望から人を救い出し生きる希望、未来を楽しみに思わせる光を人に与えることが出来ると心から信じている。
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僕の家出事件からひと月ほど後、専業主婦だった妻がパートで外に働きに出るようになった。
妻の出勤は僕より1時間半くらい早い。
僕はその一時間半の間に部屋に掃除機をかけ身支度を整える。
そして余った時間に僕はギターを弾けるようになった。
早く掃除を終わらせればその分多く練習できるので
僕は毎日張り切って掃除機をかけている。
妻と一緒にK牧師の教会に仲直りの報告とお礼を
言いに行こうと思っていたが、妻と休みが合わなかったり、合えば用事があったりで、なかなか伺えないまま数ヵ月が経ってしまった。
モヤモヤしていたある日、デング熱のニュースが僕の耳に入った。
僕とK牧師が出会った代々木公園が、デング熱のウィルスを持った蚊のせいで一部閉鎖されていると言う。
その「一部」とは僕がギターを弾き、眠り、酔っぱらいに絡まれ、Kさんと出会った場所であった。
Kさんから貰ったパンフレットをギターのケースから取り出し、僕は教会に電話した。
電話に出たのはKさんの奥さんだった。
5月の末にそちらにお邪魔してご飯をご馳走になりギターを弾かせてもらった者なのですが、と伝えると、彼女は僕のことを覚えていてくれて、すぐにKさんに代わってくれた。
Kさんは僕の名を呼んでくれた。
彼は僕の連絡をとても喜び、僕と妻とが仲良くやっているか心配し尋ねてくれた。
僕たちが以前より仲良く、元気にやっていると言うとKさんは安心したようだった。
僕は連絡が遅くなったことを謝り、デング熱のニュースを聞いて心配になったので電話したことを伝えた。
Kさんは、お陰様で自分の身の回りには特に異変はないけれど、代々木公園にはしばらく来ない方が良いですよ、と言い、「またご飯でも食べにいきましょう」と誘いの言葉を掛けてくれた。
僕は礼を言い、電話を終えた。
暖かいものが胸に溢れた。
近いうちに妻と共にギターを持って再びあの教会に
行ける日が来ることを、僕は本当に楽しみにしている。
お読み頂き誠にありがとうございます。
この物語は実体験を基にしています。
この小説を読んでくださった方と、登場人物たちに永い幸せが訪れるよう、祈ります。




