第12話 「ご馳走」
「はじめに言葉があった。」
ヨハネによる福音書 第1章 第1節
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K牧師に食事を外でご馳走してもらう事になってしまい僕は非常に恐縮した。
「ギターは置いて行くと良いでしょう。今妻に断りを入れてきます」
そう言ってKさんは先に食堂から出ていった。
Kさんの奥さんはこの建物の2階にいるようだった。
教会から出て、僕が来た道とは異なる順路で最寄り駅へ向かった。
その途中でKさんの身の上話を聞かせてもらった。
Kさんは韓国から20年以上前にやって来て、今は日本に帰化し奥さんとあの教会で暮していると言う。
僕は彼の独特のイントネーションについて納得した。
お子さんはイギリスに留学しており、神職は継がないようだ。
Kさんは日本語を読むのが苦手とのことだったが、話すのにはほとんど不自由していないようだった。
外国で宗教活動をする苦労は並大抵じゃないだろう。
震災以降は皆帰国したりして、この地域の韓国の方のキリスト教徒がどんどん減っているとKさんは憂いていた。
それでも、これも神様のご意志だからと、自分に言い聞かせるように彼は僕に言った。
歩きながら僕は自分の来し方を話した。
自分の母親が沖縄の出で、僕と一緒に沖縄の音楽をやっていることを伝えるとKさんが小さい頃韓国でラジオを聞いていた時に沖縄の米軍基地の娯楽放送に周波数を合わせることができ、憧れを胸にアメリカの音楽を聞いたというエピソードを話してくれた。
また、沖縄にKさんと仲の良いクリスチャンの方がいてその人がすぐに他人にお金をあげちゃうのだが、沖縄の人は皆そうなのですか?と聞かれ、答えに困った。
そうこうしているうちに、駅の近くの商店街の昔ながらの韓国料理屋、という趣のお店に辿り着いた。
お店は縦長で、奥に長く6人がけのテーブル席が5~6個ならんでいて10名ほどの日本人の酔客で賑わっていた。
Kさんは僕に「ちょっと待っててください」と断って1人でお店の中に入っていった。
しばらくして、おかみさんと思しき、ふくよかな女性と共にKさんは出てきて、もうすぐ中のお客さんが帰るから、そうしたら入れます、と説明してくれた。
おかみさんも韓国から来たクリスチャンでKさんは時々こちらに食事に来ると言う。
僕はおかみさんに感謝を伝え、しばらくKさんと世間話をした。
しばらくして店内に通され、僕たちは出口に一番近い席に案内してもらった。
先のお客さんのぶんの会計や片付けが一段落し、おかみさんとは別の女性のスタッフがメニューを持って来てくれた。
Kさんは僕に丁寧にお勧めの品を教えてくれた。
僕は値段を見てからKさんお勧めのビビンパをお願いした。
注文からほとんど時間をかけず、おかみさんと
先程注文をとった女性が料理を持って来てくれた。
スープとキムチとナムルの盛り合わせがサービスで
ついて来て、Kさんが驚いていた。
料理の皿をテーブルに並べながらおかみさんが僕に韓国語で話し掛けた。
僕がなんと言って良いか困っているとKさんが代わりに何か答えてくれた。
僕がどこの国の人かを見たのだろう。
おかみさんは「ごゆっくりどうぞ」と綺麗な日本語で言い笑顔の余韻を残して去っていった。
Kさんはゆっくり食べてくださいね、と言ってお祈りの言葉を言って十字を切ったあとゆっくりとビビンパを食べ始めた。
久しぶりの食事で、体が喜んでいるのが分かった。
しかし、ご馳走して貰っているので、がっつく訳にはいかない。
僕は韓国の食事のマナーについてKさんに尋ね教えて貰いながら食事をした。
本場のビビンパのお焦げの美味しさは尋常ではなかった。
どの料理もまるで家族が作ってくれたもののような
暖かい味がした。
食事が終わり、僕はおかみさんとKさんに心からのお礼を言い、教会に戻った。
道中、神父さんと牧師さんの違いを教えて貰いながら歩いたことを覚えている。
神父と牧師ではカトリックとプロテスタントで宗派が違い神父さんは結婚出来ないし、お酒もタバコも禁じられているという話だった。
教会に着くと僕は礼拝堂に導かれ、Kさんと向かい合う形で、話をした。
礼拝堂にはビアノやキーボード、ギターのアンプ、譜面台等が置いてあり、定期的にここで演奏が行われている事が見て取れた。
そしてKさんは、何か讃美歌を演奏してくれませんか、とコードの載った讃美歌の楽譜集を譜面台から取ってきて僕に見せて言った。
僕なんかでよろしければ幾らでも、と答えると、Kさんは食堂に置いてあった僕のギターを取ってきてくれた。
奥さんも一緒だった。
僕は礼拝堂の高い天井を見上げて、ここは良い音がしそうだと思った。




