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第11話 「私の場所」

「誘惑に陥らぬよう、


目を覚まして祈っていなさい。


心は燃えても、


肉体は弱い。



マタイによる福音書 26章第41節」

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インターホンから聞こえてきた強い訛りは紛れもなくK牧師のもので、僕はその声を聞いて心からほっとした。


僕が、朝代々木公園で会ったギター弾きです、と言うとKさんは僕の訪問をとても喜んでくれてあっという間に玄関まで来て、教会の中に迎え入れてくれた。



Kさんは僕にスリッパを勧め、1階の食堂のような場所に案内してくれた後「どうぞお掛けください」と向かい合う形で僕に席を勧めた。


僕は礼を言い、遠慮無く腰かけさせてもらい、ギターを倒れないように椅子に立て掛け、帽子を取って学食にあるような白い大きなテーブルに置いた。

太腿が疲れているのが分かる。



「何かお話ししたいことがあっていらっしゃったんじゃないですか」

Kさんは座りながら、優しい口調でそう切り出した。


「実は、Kさんに話を聞いていただきたくて来てしまいました。遅い時間に申し訳ないです」


「分かりました。かまいませんよ。何か飲みます?」


「良かったらお水を一杯戴きたいです」


Kさんは隣接するキッチンの冷蔵庫から350mmのペットボトルの水を2本取り出しテーブルに置き、どうぞ、と1本を僕にくれた。


僕はお礼を言い、ペットボトルの水を半分ほど一息に飲んだ。


何かを口に入れたのは代々木公園で夕方に水飲み場の水を飲んで以来だった。

その冷えたミネラルウォーターは公園のものとは同じ水とは思えないほど美味しかった。



「お話、聞きますよ」Kさんは眼鏡の奥の目をにっこりさせて、僕が話し出しやすい体勢を取った。


K牧師はどことなく、僕の母方の沖縄の祖父に似ていた。

祖父も小柄で、眼鏡をかけ、落ち着いた物腰でいつも僕の言葉に耳を傾けてくれる。


だからKさんを懐かしく思うのか、と僕は1人で納得した。




僕は昔から「勧誘」というものが好きじゃない。放っといて、と思ってしまう。


だから、宗教というか「布教」というものを遠ざけて生きていきたい。


ただ、宗教画や讃美歌などの宗教音楽、宗教的な物語などの文化的な側面には感動させられることが多々ある。

ビートルズのLet it beだって聖母マリアの歌だ。



そんなわけで「布教活動をしないストイックな宗教家」という存在は芸術作品を見るような気持ちになり、好きだ。



僕はKさんに僕自身のこと、妻のこと、今僕がここにいる経緯を聞いてもらった。


話の流れで昨晩から水しか飲んでいないと語った僕にKさんは「何か食べますか?」と聞いてくれた。


僕は、何かほんの少しお菓子かパンでもあれば戴けると嬉しいです、と正直に答えた。



Kさんは「ちょっと待っててください」と言い残しキッチンに向かっていき、しばらくして手ぶらで

戻ってきて、


「ごめんなさい。今教会には何もありません。だから、外に食べに行きます」


と謝った。



僕はそこまでしてもらうつもりは毛頭無かったので、全力でお断りしたが、Kさんは譲らなかった。


しまった。ぼんやりしていた。少し考えればこうなることは分かりきったことだ。


僕が再度断ろうとした時、今まで見たことのない毅然とした顔でK さんは

「あなたは救いを求めてここに来た。ここは私の場所。

ここでは私に従ってください」

と言って立ち上がり、限りない暖かさをこめてにっこりと笑った。



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