~過去 里中編2~ 彼女と友達
この話は恋愛リスタート!の雪野編1の続編となっております。
日常→里中1→高槻1→雪野1→里中2の順番に読んで頂けるようお願いします。
「雪野さん、おはよう!」
「雪野さん、私と友達になってよ!」
ちょうど一限目の授業が終わると、クラスの女子たちが一斉に立ち上がって、俺のところに来て盛り上がっていた。
...いや、正確には俺の隣の席だが。
「雪野さんって前はどこの学校だったの?」
「前の学校では雪野さんモテたりした?」
「いや...あの...」
遠慮を知らない女達の襲撃を受けた転校生さんは、あわあわしながら困っているようだった。
「雪野さーん!俺と友達にならないー?」
「ちょっと今私たちが話してるんだから邪魔しないでよね!」
一方で、男子生徒たちの入る隙間は女性陣によって遮られ、会話することは困難な状態に陥っていた。
「雪野さんってさ、可愛いよね」
「え...?あぁ...」
隣の騒がしい光景をぼーっと眺めていた俺に、後ろの席に座っている高槻がそう言う。
(お前の方が可愛いんだよなぁ...)
俺は心の中でそう密かに思いながら、決して口では出さずにいた。
「あの調子だと友達に困ることはなさそうだね」
「なんでお前がそんなこと気にするんだよ」
昔から高槻は、俺も含めて誰にでも無駄にお節介なところがあった。
で、自分が困っているところは誰にも見せないように、言わないように、いつも必死でいるのだった。
ずっとそばにいた俺には、彼女が隠しているつもりでもそれに容易に気づくことができていた。
「友達といえばさあ」
「え?」
「ヒロ君が私以外と喋ってるところ、あんまり見ないね」
「だからなんだよ」
「友達いないの?」
「何か問題ある?」
「大アリだよお!」
彼女は怒ったような表情を作って、急に声を張り上げながらそう言った。
「おこなの?」
「おこ...?」
「すまん、なんでもない」
「そうなの...?」
「それはともかく、そういうお前も誰かとまともに話しているのを見たことがないんだが」
「私はいいの!」
「よくないだろ」
「私はヒロ君がいれば何もいらないんですよ」
「そう...」
「今の喜ぶところだと思うんですけど」
「高槻に言われてもなぁ...」
「酷いなぁ...」
無論、嬉しかったけど。
自分のことより、人のこと。
それが彼女―高槻のモットーなのだと、俺は思っていた。
そして、俺はそんな高槻のことが好きだった。
もちろん、友達としての意味ではなく。
「あの、雪野さん!」
「なな、なんですか?」
噂の転校生の周りの人が減ってきたところで、ここぞとばかりに雪野さんに話しかける俺の幼馴染。
「ここにいる可哀想なぼっち里中くんと、友達になって欲しいんです」
「はぁ?!」
初対面の女の子に対して、この女は何てことを言ってくれているのだろう。
「えっと...あの...」
「ほら、困ってるじゃないか...ごめん、こいつが急に変なこと言い出して」
「いや、大丈夫です、すいません...」
言葉とは裏腹に、困ったような表情を浮かべながら、雪野さんは答えてくれた。
「ちょっと何よ変なことって?!」
「初対面の子に向かっていきなり『この可哀想な子とお友達になってあげてください(笑)』ってどう考えても変だろう」
「別にそんな言い方してないでしょ?!」
「似たようなもんだよ」
「人がせっかく友達募集中のぼっちヒロ君の助けになってあげようと思ったのに」
「そんなことは頼んだ覚えもないし、俺は友達募集中じゃない」
「だとしても、友達なしはやっぱり寂しいと思うがね」
今なんで急に口調変えた?
「俺は寂しいとは思ってない」
「あ、あの...」
「おーい席着けー授業始まってるぞー」
雪野さんが何かを喋ろうとしてたところで、休憩時間が終わる。
「はぁ...」
「溜め息つかない」
「いちいち反応しなくていいから」
いちいち反応するあたりが可愛いなぁ
というか思うがねってなんだよ普段そんな言葉使わないだろ
可愛いなぁ
静かだ。あと胸が大きい。
それが、雪野さんに対して抱いた俺の感想である。
彼女は基本無口で、どこかおどおどしてるような印象があった。
先程までは彼女の周りではあんなに沢山いたギャラリーも、今では嘘のようにいなくなっていた。
彼女のこの性格が影響したのだろうか。
雪野さんからはなんとなくとても暗いオーラが漂っているように、俺は感じていた。
俺はこういうタイプは嫌いではないが、高槻の方が好きであることは間違いない。
確かに高槻の方が胸こそは小さいものの、女は身体だけではないのだ。
彼女は、間違いなく過去に何かあった。
もちろん証拠も何もあるわけではないが、俺の厨二的な心が、確かにそう感じさせているのだ。
「...ヒロ君!聴いてる?」
「...え?あぁ何?」
昼休憩の時間、俺はいつも通りたった一人の会話相手である高槻と教室で弁当を食べていた。
「もう...ヒロくんずっと雪野さんの胸ばっか見て...」
「嫉妬?」
「そうかも」
俺は本当に嫉妬であることを心に願っていた。
「そうですか」
隣には、今日の有名人である女の子が、一人で何も言わずに黙々と弁当を食べていた。
もし、こうして俺のそばに高槻がいなかったら、俺も今頃あんな感じになっているのだろうか。
「うん、やっぱりヒロ君には友達が必要です」
「は?」
「ちょっと挑戦してみるね」
そう言うと、俺の唯一の会話相手は突然、一人で黙々と食を進めている話題の転校生の元へ向かった。
「ゆっきのさん♪」
「...はい?」
「一人でお弁当?」
「あっはいそうですけど...?」
雪野さんがちょっと不機嫌そうな表情をしている。
気がした。
「私たちと一緒に食べようよ」
「いえ、結構です」
「即答ぅぅ?!」
「すいません、私は一人がいいんです」
「えぇ...」
雪野さんは(確実に無理して作った)笑顔を作りながらそう言うと、再び黙々と弁当を食べ始めた。
「...」
高槻が困ったような表情をしながら、こちらを見て来ていた。
「...帰って来い」
それが、俺の敗戦した高槻にしてあげられる精一杯の言葉だった。
「雪野さんってさ、可愛いよな」
退屈な授業が終わり、放課後を迎えて、他のクラスメイトがさっさと帰っていく。
そんな中、俺たちはいつものように二人で教室に居残って喋っていた。
「はあああああああああああああ?!」
俺が言ったことに対して、高槻が隣のクラスにも響くんじゃないかと思われるくらいの声を出して叫んでいた。
「高槻さ仮に女の子だとしてもさ、はああああ?!はないだろさすがにさ」
「...」
「ヴッ?!」
「帰るよ」
その後高槻に何故か無言で腹パンを受けた俺は、先に歩いて行ってしまう彼女の後を追いかけた。
ありがとうございますと、心の中で感謝しながら。
「ちょっとトイレ寄ってくわ」
「あっ、うん」
さっき殴られたせいか、どうもお腹の調子が悪い。
俺は高槻を外で待たせて、トイレに駆け込んだ。
「ふぅ...」
(俺はいつ、言えるのだろうか)
俺は用を足し終えると、ふとそんなことを考えていた。
俺は高槻が好きだ。気づいたら好きになっていた。
小学生の頃だっただろうか、詳しい時期までは覚えていないが、俺は彼女に恋をした。
だがその相手が、よりによってずっとそばにいたあいつなんて。
幼馴染との恋はほぼ高確率で失敗すると、どこかの話で聞いたことがある。
それがどこの誰のデータかは知らないが、正直俺があいつとそういう関係になるというには、違和感がありすぎた。
今は...まだ自信がない。
この気持ちを、今もすぐそこにいる彼女へ伝えるのが果たして正解なのか。
「...ん?」
携帯の通知音が響く。
トイレに入ったまま俺は自分のポケットで鳴る携帯を取り出すと、音が鳴った原因を確認する。
「高槻...?」
すぐそばにいるはずの彼女から、何故か着信が届いた。
「...?!」
俺はその通知分を読むと、手を洗うことも忘れて、慌てて彼女の元へ向かった。
『雪野ちゃんが危ない...早く戻ってきて!』
通知分には、そう書かれていた。
トイレから出ると、問題の現場は思ったよりもすぐそばにあった。
「高槻!雪野さん!」
「ヒロ君!」
「あぁ?誰だよお前」
目の前には、高槻と雪野さんの他に、どこかチャラくさい男子生徒3人が立っていた。
雪野さんが、怯えるように震えているのが分かった。間違いなくこの男たちが原因だろう。
「高槻何があったんだ?!」
走ったわけでもないのに、俺は無駄に呼吸を激しくしながら彼女にそう聞く。
「ヒロ君この人が...」
「おい無視してんしゃねぇぞ!」
「グハッ...?!」
これはずるい。不意打ちである。
訳の分からないまま、俺はこのチャラ臭そうな男に顔面を殴られた。
「いったいなぁもぅ...」
「俺は今雪野ちゃんと大事な話をしてるんだ、邪魔しないでくれよ」
「...それは認められないなぁ」
「は?」
そう彼に言いながら、俺は高槻たちの前に立つ。
状況が理解できてないので何とも言えないが、とりあえず素直に引き下がるべきではないと直感で感じた。
そもそもいきなり人を殴ってくるような人がよからぬ事を考えてない訳ない。
俺は都合よくそう考えておくことにした。
「雪野ちゃんがこの人たちにいじめられてて...」
高槻が何があったのかを教えてくれる。
「おいおいいじめてるなんて人聞きの悪い」
「じゃあ何してたんですかね」
俺はこういう場は全く慣れていなかったが、できる限り強気でそう言ってみせた。
「その雪野っていう転校生、前の学校で生徒に告ったらしいじゃねぇか」
「それがどうした」
「あなたが...好きです...だってか?勝手に勘違いして木村にそう告ったんだぜ?」
「うっ...」
彼のその言葉に反応した雪野さんの声が後ろで聞こえた。
「ちょっとやめてよあなたたち!」
後ろで雪野さんの手を握りながら、そう援護射撃してくれる高槻。
まともに喧嘩したことなく、口では言えても心では滅茶苦茶怯えていた俺にとっては、今の高槻の存在はとても心強かった。
「ちょっと二人で出かけただけですぐ堕ちるってもうほんと面白いわぁ雪野ちゃん?」
「ねぇねぇ今度は僕とデート行かない?」
「雪野さんが何か君たちに悪いことしましたかね?」
「はぁ?何女の前だからって強がってんだよお前!」
「グハッ?!」
また殴られた。喧嘩なんて生まれて二度とやらないと思ってたのに。
「グフウッッ?!」
勝てるわけがない。俺は自分の好きな女の子も守ってやれないのか。
「グハアッ?!」
「ヒロ君!」
高槻が叫んでるのが聞こえた。
でももうダメだ。
アニメの主人公だったらここらへんで覚醒できるのだろうが、残念ながら俺は普通の人間だった。
「ウッ...?!」
段々と意識が遠のいていくのが分かった。
「君たち!何をしている!」
「あ、ヤベッ...」
そのまま向こうの世界へ行きかけた時、先生の声が聞こえた気がした。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないです」
翌日の朝の学校。
喧嘩騒動はとりあえず一件落着した。
先生が早めに気づいてくれたおかげで俺以外の怪我人が出ることはなかったらしい。
雪野さんをいじめていたあいつらはそれなりの処分が下されるらしいが、正直あまり興味はなかった。
それよりも、高槻も雪野さんも無事で何よりだ。
「あざがまだくっきり残ってるよ」
「仕方ないだろ」
俺の後ろの席で、笑いながらそう言う高槻。
「感謝して欲しいけどな」
「してますしてます!」
「何かお礼をもらいたいところだけどな~」
「じゃあ何して欲しいの?」
冗談で言ったつもりなのだが、彼女が真面目な表情でそう聞き返してくるので困ってしまう。
「何してくれるの?」
「質問に質問で返すのは違法だよー!」
「違法ではねーよ」
例え怪我をしても、高槻との何気ない会話だけで癒された。
こんな大切な幼馴染に怪我なんてさせられない。本気でそう思える。
それは友情だけの理由ではないとはっきり理解していた。
俺は、完全に彼女に堕ちていた。
「おーい皆席着け~」
先生が来て、授業が始まった。
「雪野さんが今日休みだから、今から配るプリントを誰か家に届けられる人はいないかー?」
雪野さんは今日は学校には来ていなかった。
昨日のこともあってか、仕方ないことなのかもしれない。
転校早々ひどいことがあったものだ。
「はい!私が届けます!」
「おう、じゃあ頼むぞ高槻」
予想通りというか、お節介な幼馴染がそのプリントを受け取った。
「はぁ...」
なんてことだ。
と言うのも、高槻が急に用事を思い出したというので、雪野さんのプリントを俺に押し付けて先に帰ってしまったのだ。
『ごめん!いつか借り返すからお願い!』
そう言われて受け取ってしまった俺も悪いのだが。
どうせ明日になったらそんな借りなんて忘れてる癖に何を言ってるのか。
でもやっぱり、大好きな幼馴染に言われちゃうと断れないもので。
先生に教えてもらった地図を頼りに、俺は雪野さんの家に着いた。
「雪野」の表札を確認して、俺はインターホンを押そうとした。
「あっ...」
その時、後ろから雪野さんの声がした。
「あぁ雪野さん外にいたんだ...」
「はい、何かご用ですか...?」
雪野さんがどこか不安そうにしながら、俺にそう聞いてくる。
「これ」
昨日のこともあり、あまり話しかけずらかった俺は、さっさとプリントを渡して帰ろうかと試みた。
「...」
「雪野...さん?」
残念ながら、そう上手くはいかないみたいだった。
「すいません...こんなところで...」
「いや...大丈夫気にしないから...」
突然、彼女は俯いて泣き出してしまった。
「すいません、昨日のことを急に思い出しちゃって...」
「大丈夫だよ、雪野さんは何も悪くない」
とりあえず雪野さんの家に入れてもらった俺は、雪野さんの部屋にまで案内される事態となってしまった。
しかもよりによって他の家族は皆出かけているらしい。
思春期の男の子に対してこれはあまりよろしくないことじゃないのかと、俺は勝手に思っていた。
「少し...話をしてもいいですか?」
珍しく、彼女の方から話をふってきた。
「別に問題ないよ」
俺はそう答えた。
今の状況に、心の整理が間に合ってなかったため正直それどころではなかったが。
「昔...私、ある人に初めて恋をしたんですね」
「うん...」
「でもそれがとんでもない罠で、その男の人に騙されちゃったんです」
「...」
雪野さんが話しているのは、昨日のあのチンピラ共の言ってたことの話だろう。
正直、あまり聞きたくはなかった。
「それで、その罠にハマってから、私はイジメを受け出し始めて...」
「雪野さん、もう...」
これ以上聞くのは、俺の精神が持ちそうになかった。
「だから転校してきたんですけど...昨日のことでこの学校にも噂になっちゃいますよね、だからまた...」
彼女が、また、今にも泣きそうな表情をしていたので、俺は黙っていられなくなってしまった。
「え...?」
「その時は...俺がまた守るからさ」
抱きしめることを抑えながら、俺は彼女にそう言ってみせた。
「だから俺たちさ、まずは友達になってみないかな...なんて...」
「里中...さん」
俺は心拍数を極限まで高めながら、会ってたった2日の異性の子に対して、初めての友達申請をしたのだった。