~過去 高槻編1~
この物語は、主人公の幼馴染である「高槻」から見た主人公との小学生時の思い出話となっております。
「お母さんおはよう」
太陽が照りつける朝。
彼女が私と彼の場から離れてから数年がたったある日。
気づけばもう高校生になっていた。
まだ学校へ行くには早すぎる時間。自分の枕元でうるさく鳴り響く目覚まし時計の音を聞き、私は目を覚ました。
「今日も早いね~いいことだわ。また孝宏くんに会いにいくの?」
「そうだよ」
目の前に用意されている朝ごはんを食べつつ、それを作ってくれたであろう母親と会話をする。
「で、どうなの?」
「何が?」
「孝宏くんとのことに決まってるでしょ?」
「別に普通だよ...」
「普通って、あんたまだ何もできてない訳?!」
「タイミングがつかめなくて...」
「はぁ...」
私は、孝宏くん―ヒロ君のことが好きだった。
「あんたねぇ...こういうことは、早く言わないと手遅れになっちゃうよ?」
「分かってるけど...」
と言っても、自分が恋をしていることに気づいたのはつい三日前のことである。
いつも当たり前のように近くにいた彼に対して「好き」と告白するということだけでも、とても難易度が高く感じられた。
「こういうことはさっさと言ったほうがいいよ~。経験者の私が言うんだから、間違いない!」
母親にそう忠告される。
私の母親は、自分と同じくらいの歳の頃に、好きな男性がいたらしい。
しかし自分のその想いを伝えられないまま、その男性には彼女が出来てしまう。
幸せそうにしている二人を見た私の母親は、後悔と共に、どうでもよくなっていた。
しかしその彼は、本当は自分の母親のことが好きだったらしく、付き合っていたその娘と別れて母親に告白する。
だが母親はそれを断った。むしろ彼女と別れた彼に対して別れることなんてなかったと言ったらしい。
「鉄は、熱いうちに打つんだよ。何事もね」
「うん。頑張ってみるよ」
「麻衣は可愛いから、心配しなくても大丈夫よ」
「ちょ...何言ってるの?!」
冗談半分で、母親は私にそう言う。
「じゃあ行ってくるね、お母さん」
私は部屋にある時計を確認しながら、何かを期待してるような気持ちでその場を立つ。
「うん、頑張ってらっしゃいね~」
その母親の言葉を最後に、私は早々と家を出た。
「ねぇヒロ君、起きて」
私はいつものように、寝起きの悪い彼の元を訪れる。
「ん...高槻おはよ...」
私の言葉に反応した彼は、重いものを持ち上げるような、辛そうな表情をしながら体を起こした。
「おはよヒロ君!」
「わざわざ毎朝起こしに来なくてもいいのに」
「ダメ?」
「いやダメじゃないけど...なんか申し訳ないなと思って」
私はその申し訳ないという言葉に、引っかかりを覚えた。
私は自分の意思でそうしたいと思い、ヒロ君を起こしに来ているのだ。
昔から鈍感な私の昔からの幼馴染。
私はずっと前から、彼のことが好きだったのかもしれない。
(・・・よし)
私は、先ほどの母親との会話を思い出す。
私はこの流れを利用して、彼に対し挑戦的な態度を取ってみることにした。
「ヒロ君。私ヒロ君のこと好きだよ」
私はヒロ君の反応を伺うつもりで、そう言った。
私のその言葉は、ちょっと震えてたかもしれなかった。
「...は?」
突然の私の言葉に、ヒロ君はぶっきらぼうにそう返してくる。
「だから、毎朝ヒロ君のことが気になって、朝起きたら真っ先に会いにきたくなっちゃうんだ」
それでも私は、彼に対して真剣な表情を作ってみせた。
「高槻...お前...」
「...ヒロ君?」
ヒロ君はじっと私の顔を見ていた。
今にも吸い込まれそうな私の好きな人であるその目に、私は目が離せなくなっていた。
「あー...なんてね!冗談冗談!!」
「え?」
それに耐え切れなかった私は、この話を無理矢理終わらせようとした。
「いいから、早く顔洗ってきて!寝癖もひどいよ!」
話の流れを変えるために、私は彼に洗面所へ行くのを促す。
「高槻...」
「な...何?」
「顔赤いぞ?」
「そ、そんなことないです!!」
「なんで敬語なんだよ...」
彼のその言葉で、私は自分が今激しく動揺していることに気づいた。
(はぁ...)
そして、私は心の中でため息をついた。
私は、彼とのこんな当たり前の生活が好きだった。
幼馴染としての普通の会話。何の変哲もない日常。
こんな生活が、いつまでも続けばいいと思っていた。
そして、この想いが、彼に伝わるのを信じて待っていた。
しかし、彼はその時が来るまで、気づいてくれることはなかった。
それは、私がまだ小学生だった頃。
真上にじりじりと照らされる真夏の光にダメージを受けつつも、私は彼のいるところを目指して走っていた。
私が目的の家に着き呼び鈴を鳴らすと、彼のお母さんが扉の前で待つ私を出迎えてくれた。
私はその母親の了承を得ると、彼のいるであろう部屋に向かって走り出した。
「孝宏ー、高槻ちゃんが来たわよー!」
彼のお母さんが、私の目的の人に向かって叫ぶ。
私がここまで興奮してるのは、今日が大事な約束をした日だからである。
「痛っ...」
それは昨日、私とヒロ君の二人で下校していた時のこと。
私が道につまづいて転んでしまった時だ。
「おい大丈夫か?」
「いたた...大丈夫...」
私は膝を擦りむいていたが、彼に心配をかけたくなかったため嘘をついた。
「嘘を付け、怪我してるじゃないか」
「あっ」
そういうと彼は私の膝を確認する。
やはり、彼にはこういう嘘は見抜かれてしまう。
正義感が強いというか、優しすぎるのだ。
そして、そんな彼を、私は...
どう思っているのだろう。この頃は、まだ答えに出せずにいたのだった。
「体がなまってるから、こんな怪我をするんだ」
「え?」
「明日、学校休みだよな」
「うん...」
「体を鍛え直そう」
「え...?」
彼の突然の言葉に、私は戸惑っていた。
「明日、公園でランニングだ!俺と一緒に!」
その言葉が、休日なのにも関わらず、彼を起こしに行っている理由だった。
いや、休日だろうと関係なしに毎朝起こしに行ってるんだけど。
それでも、今日は異様に心が高ぶっている気分だった。
ヒロ君と二人でランニング。ただそれだけの話だ。
なのに、私はとても落ち着いてはいられない気持ちに駆られていた。
「ヒロ君起きて!朝だよ!」
ドアを開けると同時に、私は大声でそう言い放つ。
「うーん...おはよう高槻...」
「おはよう、ヒロ君!」
体を起こして眠たそうにしている自分の幼馴染に、私は笑顔でそう言った。
「あ!ガメンライダー!今何時?!」
唐突に、ヒロ君は言う。
「大丈夫、まだ10分前だよ」
私はそう答えた。
ヒロ君はヒーロー番組が大好きで、毎週の休日の朝に放送していたヒーロー番組を欠かさず見ていた。
それを知っていた私は、大体この時間くらいにヒロ君を起こしに来ることが日課になっていた。
「チャンネルチャンネル!」
先程までの眠たそうな様子はどこにいったのか、起きて早々慌ただしくするヒロ君。
「そんなに慌てなくても...」
「今日はいよいよ黒幕との最終決戦なんだよ!少しでも見逃すわけにはいかないの!」
興奮気味な様子で、ヒロ君は言う。
「私がこうやって起こしに来てくれるから、見逃さずにすんでるんだけどねー」
「あ、あったあった!」
ヒロ君は、私の言ったことを受け流しながら、チャンネルを見つけてテレビをつける。
「むぅ...」
私は不機嫌な気分になった。
(誰のおかげで起きれてると思ってるんだか...)
寝坊気味なヒロ君が学校を遅刻しないで来れるのは、私が毎朝起こしに来てるからである。
「あの...ヒロ君?」
私はなんとなく不安だったため、今日の本題について聞いてみることにした。
「ランニングのことは...ちゃんと覚えてるよね?」
「え?何か言った?」
「!」
私は彼のその言葉に、怒りを覚えた。
「な、何でもないよ!!」
「あ、おい?!」
私はそう言うと、彼にベーと舌を出して、自分の家の方へ走っていった。
「ヒロ君の嘘つき...ヒロ君の嘘つき...」
私は自分の部屋で座り込みながら、そうぶつぶつ言っていた。
「おい麻衣ー!孝宏くんが呼んでるぞー!」
私のお父さんの声が聞こえる。
「ふん、知らないもん、ヒロ君のことなんて...」
私はそう言って、無視し続けた。
その時、ヒロ君の叫び声が聞こえた。
「おい高槻!今日はランニングの約束だろ!逃がさないぞ!」
ヒロ君は、ランニングのことをちゃんと覚えていた。
「え...」
ただの私の勘違いだった。
「はぁ...はぁ...」
頭の芯に突き刺さってくるような真夏の道の反射。
焼けつくような真夏の陽射し。
もう走り出してから10分が経過しただろうか。
私はそんな状況の中で、必死に公園を走り回っていた。
「ほら頑張れ頑張れ!」
彼はまだ元気そうだった。
その彼の元気そうな顔を、私は今までどれだけ見てきたのだろう。
私は、彼のそんな姿を見ることが好きだった。
「はぁ...ヒロ君...」
ヒロ君は、隣で一緒に走ってくれていた。
それだけのことなのに、私は走ることの辛さよりも、そのことによる幸せを大きく感じていた。
「ヒーローは恐れない!正々堂々戦って、世界を救うんだ!」
「知らないよぉ...」
何かのヒーロー番組の台詞か何かだろうか。彼は嬉しそうにそう私に叫びながら、応援してくれていた。
「はぁ...もうダメ...」
走り続けて15分くらいたったのだろうか。
「ちょっと休憩するか?」
私がもう限界そうに見えたのか、ヒロ君はそう聞いてくれた。
「うん...」
私たちは、公園の近くの木陰に座って休憩を取っていた。
「どうだった?走ってみて」
「疲れた」
私はちょっと怒ったような態度を取りながら、そう答えた。
「ハハハ、そう怒るなって」
彼が笑いながらそう言う。
「これで、もうあんな馬鹿みたいな怪我をすることはなくなったかな!」
「これくらいじゃ何も変わらないよ...」
私は呆れたようにそう口にする。
「でも...」
私は、何に対してなのかはよく分からない覚悟を決めて、少し恥ずかしく思いながらも、彼の手を握る。
「...ん?」
「ヒロ君のこと、もっと好きになれたって、思えたからいいよ」
私は、緊張しつつ、よく分からない気持ちで、彼にそう言った。
「えっと...」
彼は途端に顔を赤らめていた。
「どうしたの?顔赤いよ?」
「か、帰るぞ!今日の特訓はもう終わりだ!!」
照れているのを隠すように、ヒロ君がそう叫ぶ。
「一緒に...帰ろうね」
「うるせぇ!」
そうして、私たちは一緒に、家に向かって歩きだした。
(いつまでも...あなたのそばでこうしていたいな...)
今も変わらない、その夢を見ながら、私は今を幸せに生きていた。