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五話

「いよいよですか」

「だな」


 孫策そんさくが盟約を破棄し、韓当かんとうを大将に3万で淮南わいなんに進出してきたという。こちらは張遼ちょうりょうを派遣、対抗する。


 張遼は呂布の降将ながら一騎当千の荒武者であり、かつ頭が回る。韓当程度であれば地の利のある曹操軍にとっては十分すぎる備えだ。淮南には袁術えんじゅつがおり、迂闊には攻め込んでは来れない、と李典は読んでいた。


徐州下邳。楽進は曹操からの退却命令の使者を城内にとどめおき、書状をしたためた。「ご心配には及びません。秘策がございます故」、と。



 その秘策とは――。

 楽進には考えがあった。


「失礼致します!」


「うむ」

「……楽進様にお目通りを願い出ている方がいらっしゃいますがいかが致しましょうか?」

「うむ、来たか。通せ」


 楽進は客間に人を通した。男は絹織物に身を包み、羽扇で自らを仰ぎながら入室し一礼した。


「よくいらっしゃいました。朱志才しゅしさい殿。平素は兵糧、武器等のご支援をいただき誠に感謝の言葉もござらん」


「いえ、こちらこそ。我々の商いは丞相あってこそ成立し得るのです。徐州安堵を賜った、そのご恩に報いることができ、私としても嬉しい限りです」


「ところで。楽進殿にお願いがございまして」


「何ですかな、朱志才殿」


「城下での商いをお許し願いたい」


「うむ……」


「こうして県外で調達し、都度兵糧を運び込むには少しばかり危険が伴いましてね。賊による被害も少なからず出ております。これをなんとかしたいわけです。一度に大量に調達した兵糧を城下にて一時保管。商いで在庫を捌きつつ、楽進殿にも都合する……いかがです?悪い話ではないでしょう?」


「実に良い話だが、お受け致しかねるな。安易に兵站線を明かすわけにはいかないからな。……朱志才殿、申し訳ないがその提案は受けかねる」


「兵站線を明かす必要はございません。調達までは私が行いますが、運び込みは楽進殿の手勢にお任せしましょう。その後手前どもは城下に入り、商いを行う……というわけです」


「もうやめよう、朱志才殿」


「はい?」



「腹を割って話しましょう、朱志才殿」


「はっは……承知しました」


「何がお望みです?」


「いやはや参りました。楽進殿には叶わないですね……」


「利権ですよ」


 なんともなしに朱志才は言ってのけた。


「利権?」


 楽進は訝しむ。


「丞相の城下に私の店を展開させる。それも大規模に。いずれは中原全土に、ね」


「私は投資をしているだけなんですよ、楽進殿」


「私は信用せずとも良いのです」


「……む?」


「金を信じてください。金はね――」


「裏切りませんから」


 朱志才は心底楽しげだった。



「籠城への備えも必要だ。わかった……要求を飲もう」


「ありがたき幸せ、早速手配を致します」


 朱志才は一礼し、客間を後にした。


「なあ李典」

「なんです?」

「あの朱志才という男、信用できるか?」


「これまで貧しい者にも芋や米を安く供給してきた篤志家として有名ですからね。一応は信用しても良いのではないでしょうか?」


「そうか、そう思うか?」


「洛陽が焼けた後、徐州に移り住んだと聞きます。怪しい者ではないのでしょう」


「ただ不思議な点がありましてね」


「なんだ?」


「呂布との戦の間、彼らは忽然と姿を消したというのです。そして終わったとみるや、こうして姿を現した」


「戦乱の間、陳留あたりに身を潜めていたのではないか?」


「そうでしょうか?兵糧不足のあの状態であれば呂布軍に高く売れたでしょうに。儲けに聡い男がその商機を逃しますかね?」


「先が読める男なのだろう、きっと。呂布には未来がないと踏んで我々の支配を待っていたと考えるのが自然だ」


「そうでしょうか……そうかもしれませんね」


 李典は頭をよぎる不安を打ち消し、自分を納得させた。「少し疑心暗鬼になっているのかもしれない」、と。



 民は口々に言う。


「物価が下がって助かるわあ」

「ほんまやな、なんとか生きていける。ありがたや朱志様」


 朱志才は細心の注意を払っていた。

 ――気づかれないように。少しずつ、売価を引き下げ、買価を引き上げる。目安としては「城下で最安値」。


 「彼は利益を求めていないのだ」、と商人どうぎょうは頭を抱えていた。商人らは次第に諦め、市場から締め出されていった。


 ある一定の線で同業はついてこられなくなる。そこで……とどめとして仕掛ける。

 半値にする。

 ここからは短期勝負だ。


 買い手が締め出され、供給元が限られた米は間もなく一所に集まるようになり、物流は朱志才に依存する。


「不当廉売かよ、現代では課徴金ものだぜ。朱志才」


「嫌ですね、我が君。私は善行を積んでいるのですよ?貧しい者に施しているだけですから。安く、限りなく安くね」


「で、本音は?」


「我が策なれり。さて仕上げるとしましょうか」


「何をする気だよ、朱志才」


「兵糧を焼き払いなさい、残らずですよ」


「はっ」


 少年衛士は拱手で受け、下がった。


「ああ、なんてことだー不慮の火災によって兵糧が残らず焼けてしまうなんてー」


「棒読みすぎる……」


「うん。満足した」


「満足!?どういうこと!?」


「戦わずして勝つ。私のやり方です」


「スルーかよ……まあその考えには同感だな。無駄に血を流す必要はない」


「違いますよ、我が君。貴方とは違う。私は楽をしたいだけです」


「は?ラク?」


「統治が楽でしょう、実に受け入れられやすい。夢を見せたのですから。私は彼らの救世主。いわば神にも等しい。人は希望を見せられると簡単には忘れられません。信じてみたくなってしまう、期待してしまう生き物なんです。人心は楽進に在らず、我に在りってね」


「桜の園ってことだな。現代で言うと、民〇党に入れた国民の心情のようなものか。耳心地良いマニュフェストに踊らされるっていう意味でな」


「金もばらまきましょう。これからの未来を担うのは若者や子供。その名はもう考えてあるんですよ。実は」


「嫌な予感しかしねえけどよ……なんだよ?」


「子供手当」


「言うと思ったわ。つっこまねえからな、絶対」


「……つっこむ?」


「わざとだろ、絶対」



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