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三話

 床一面を血のように染め上げる。南越製の絨毯じゅうたんきらびやかな調度ちょうどの数々。手入れが行き届き、ほこり一つありはしない。


 陳宮はゆっくりと身を起こし、自らの腹に手を当てた。傷跡すらない。


 ――夢か現か。または死か。


 わからない。頭が痛い。


小瑤しょうよう……」


 陳宮は頭をもたげるその名を呼んだ。


「……っ!はっ、はい!いますよ、せんせぇ」


 傍らには髪を短く纏め上げ絹織物に身を包んだ童女、小瑤がちょこんと座っていた。今の彼には太陽のように眩しかった。帰ってきた、帰って来られた。


 この世界に。


「小瑤……ここはどこですか?」


 なんとか乾いた口を開き、陳宮は問う。


 だが、その問いに応えたのは小瑤ではなかった。


ぎょうだよ、先生。河北の名都だ、知ってるだろ、無論」


 烏帽子えぼしを被った長身の男が不敵な笑みを浮かべていた。人をくったような男だが、自然と嫌味はなかった。


 不思議な男だ、陳宮はそう感じざるを得なかった。


「……どちら様ですか?私を助けていただいた……のですか?」


「違うな。あんたは地獄に嫌われたんだ。全くあいつらときたら、未練たらたらウジウジ野郎が死ぬほど嫌いだからな……あーいや、あいつら自体生きてないわけだから『死ぬほど』って言葉ほど不適当なものはないわけだが。とにかくめんどくせえ連中なんだよ」


 烏帽子男は、頭の後ろをき欠伸をし、おのれを高宮(こうきゅう)と名乗った。


「高宮殿……何を仰っているのかわかりかねますが、とにかくありがとうございます」


「でだ、先生さんや」

「何でしょう?」


 高宮は唐突に切り出した。


「俺はサービスって言葉が嫌いでなあ」


「さーびす?」


 小首を傾げる小瑤。尻尾のように跳ねた一房の髪が振り子のように揺れていた。


「奉仕って意味だよ。サービスってのは耳心地が良いのか、全く濫用される傾向にあるわけだ。サービス残業なんかただの奴隷残業だからな。産業革命より続く、使用者による搾取の歴史はどうも人間の歴史とも言うべきものらしい」


「つまり?」


「俺が欲しいのは正当な対価だ。地獄から戻ってこられたのは偏に俺の人脈?があったからなわけだしな。要求を飲んでもらう」


「何をしろ、と?」


「あんたの人生、俺にくれよ。先生……いや陳宮公台。あんたの智謀が必要だ」



「今日から俺があんたの主様だ。よろしくな、先生」


 陳宮は差し伸べられたその手を取った。

 息吹を感じたのだ。


 新たな世界の始まりの。そして正しい死に方の。


 息吹を。


■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 陳留ちんりゅうが居城。どこに行っても変わらない。

 彼らには円卓がある。

 食事中のそれはいつも賑やかだ。


 右から袁秀えんしゅう、高宮、陳宮、小瑤の順で座る。日によって座席順は変わり、彼らなりの主従を意識させない工夫がされてあるのだった。



「小瑤。右の我がk……いや塩をとってください」

「こらこら」

「誰も塩のようにスカスカな頭だなんて申し上げてはいないではありませんか。嫌ですね、我が君」

「よし、鎮まれ俺の右腕」


「さて、本題ですが。……そろそろ仕掛けましょうかね」

「何を、だよ?」


「戦ですよ」


 陳宮は何ともなしに饅頭まんじゅうを頬張る。


徐州じょしゅうか?まだ早いだろ。あの夏候淵かこうえんの守る城だぞ。容易にはとせないと思うが。それにあそこは袁譚えんたん義兄さんの領域だ」

「いえ、中原ちゅうげん全土ですよ」


「はあ?」


「夢を見せようではないですか、民に。桃源郷はすぐそこですよ。我が君」


 陳宮は羽扇を広げ、自らの口元に塞ぐ。手品でも見せようというのか。


「よくわからないが、何か企んでるみたいだな、先生。チビに見せられないくらい悪い顔してんぞ」


その小瑤チビは食事を終えて眠くなったのか、すでに寝室に帰ってしまっていた。


「くふふふふ……はははは」


「……怖ええな、うちの腹黒軍師」


 姫は食事を終え、口元を拭うとこう言ってのけた。


「貴方も人の事言えないわよ。同族嫌悪、かしらね」

「そうか?」


「そういえば、今日は頭……いいえ何でもないわ」

「撫でてほしいのか?」


「えっ?撫でてくれるの!?……じゃなかった、撫でてもいいのよ」


「無理してキャラ作らなくていいぜ、仕方ないな。撫でてやろう、その頭が禿げるくらいになっ!」


 わしゃわしゃと髪を掻き乱す高宮。涙目になる袁秀。


「い……いや、あぁん。や、やめてよっ」


「変な声出すなよ。ただ頭撫でてるだけだろうが。勘違いされたらどうすんだ」


「勘違いされたくないの?」


「当たり前だ」


「私は別に気にしないのに」


「俺は気にする」


「いや、そんなこと言わないで?ね?」



 従者の少女は部屋の隅で壁をひたすら殴っていた。殴るというより平手打ちだが。少年衛士はひたすらおろおろしている。


「いちゃいちゃしてんじゃねえですよ、むしゃくしゃするわあ。あのばか姫」

「まあまあ落ち着いて、ね?李英りえいちゃん」

「あんたはそんなんだから出世できねぇんですよ、ばか王賛おうさん

「ひどいよ、李英ちゃん……ぐすん」


 李英はぼやき、王賛は頭を抱える。


「どうしてこんな奴好きになったのか、ですよ……はぁ」

「え?」

「何でもねえですよ、さあ仕事仕事」

「うぅ……」




「今日も小瑤は可愛かった」

「おい少女趣味ロリコン軍師。大概にしろよな」

「私は少女趣味ではありません」

「一人の女性として愛しているから、ということか?気持ち悪すぎるぞ、先生」

「半分正解です」

「半分?」

「彼女は齢15ですからね。立派な女性です」

「ほんとかよ……見た目完全に幼女だぞ」

「まあいろいろあったんですよ、彼女にも」

「はぁ、そうかよ。まあ詮索はしないけどな」

「よろしい。長生きはしたいですよね。お互いに」

「そうだな……。わかったらその剣をしまってくれな、先生」

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