第05話 神代島の洗礼
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予定外のCランク擬似イーターがトンネルに出現し、観測室に緊張が走ったその時。
「おやおや。どうしました理事長。まさか、あなた主催のこの催しで、なにか、トラブルでも、起きたのですかな?」
扉を開き、一人の杖をついた男が、姿をあらわした。
神代銅次郎。銀之丞の祖父の弟に当たり、この島において、銀之丞唯一の血縁である。
齢七十を超えた老人だというのに、背筋はピンと伸び、歩みも杖を軽い補助として使っているが、その足取りはしっかりとしていた。
突然の出現に、観測室の者達がざわめく。
この男は、大昔からこの神代島のナンバー2である。しかしひと時、ナンバー1に上り詰めそうにもなったこともるが、当時十二歳だった銀之丞に権力闘争に敗れ、それからもずっと、ナンバー2の座に甘んじてきた。
以来、ことあるごとに、この二人は水面下において、幾度となく権力闘争が繰り広げられている。
そんな男がこの場に来れば、観測室の者達が、ざわめくのも当然の話だった。
観測室の面々の視線にさらされているというのに、彼は気にも留めず、悠然と観測室の中を歩き、理事長である銀之丞の座る、一段高くなった席の前に立ち、モニターを見上げた。
少し腰を浮かした銀之丞の姿を見て、なにかを察したその老人は、楽しそうに、にやり。と、唇を歪め、笑う。
「おや、ずいぶんと趣の違う、擬似イーターがいるねぇ」
翁が、白々しい声をあげる。
「あれも、理事長が用意したのかね?」
「……」
銀之丞は答えない。
銅次郎は、見上げたモニターに映る、ある一人の人物へ視線を向ける。
「ひょっとして、なにかハプニングでも? そいつは大変ですなぁ。これでもし、貴重な貴重な新入生に、死者でも出たりすれば、一大事。ただでさえ、この催しは評判が悪いというのに、そんなことがもし起きれば、理事長の責任問題になりかねませんよ」
ある一人。時坂廻を見て、にやりと笑った。
その表情は、時坂廻が、どのような価値を持っているのか、確信している顔であった。
時坂廻が暫定とはいえ、ランクSであることは、まだ公表されていない。
しかし、神代島でナンバー2であり、神代の名に連なる銅次郎にすれば、その程度の情報を手に入れるのは、容易いことであった。
そして、廻は銀之丞のお気に入りであるのは、昨日の一件を見れば、誰の目にも明らかである。
世界に三人しか居ないランクAと、世界唯一のランクSが手を組めば、銅次郎が神代島のナンバー1にのぼりつめることは、不可能となる。
さらに、ランクSという存在が現れたとなれば、銀之丞さえ失脚する可能性もありえる。
ならば今、イクシアもマトモにあつかえない素人同然の今が、そのランクSを排除する絶好のチャンスであり、さらにその死亡事故の責任問題を、この催しを引き起こした現ナンバー1の、理事長へ擦り付けることができる絶好の機会だった。
死者が出ずとも、誰か教師や警備員が助けにはいるだけでも、この催しは危険だと、糾弾する十分な手札となる。
この事態は、神代銀之丞同様、擬似イーターのシステムにアクセスできる銅次郎が、目の上のたんこぶとなりえるランクSとランクAの生命的、政治的排除を目的とした、策略であった。
だが、にやりと笑う銅次郎の背中に向け、銀之丞もまた、にやりと笑い返した。
「ええ。万一死者が出れば、大変ですわねぇ。ですけどこの催しがはじまって、すでに三十余年。アテクシより前の代より、擬似イーターに殺された者はおりませんわ」
「ぬっ」
すとんと座り、ヒザを組んで余裕を返す銀之丞に、銅次郎が振り返る。
「新入生の心配ありがとうございます。でも、そんなの、どこに出るのかしらね。ひょっとして大叔父様は、なにか心当たりでも?」
「……あるわけなかろう」
今、予想外であるはずの事態を見せても、動揺を見せず、むしろ余裕を返す銀之丞の態度に、銅次郎は逆に動揺を返す。
そう。この態度だ。
例え逆境でも、決して揺るがない。これが、この男女を、神代の、いや、日ノ本を守る守護神として、揺るがぬものとさせている。
銅次郎は、その揺るがぬ姿を見て、ぎりり。と嫉妬の歯軋りをかみ締める。
「ですわよねぇ。安全。安心。でも漂う死の危険。がこの催しのモットーですから。ですので大叔父様。今回のショーも、この最前列で、お楽しみくださいませ」
「ああ。そうさせてもらおうか」
二人の間に、火花が飛び散った。
「ほら、早くワシのために椅子を用意しないか!」
「は、はい! ただいま!」
あくまで揺るがぬ銀之丞に苛立ちを募らせた銅次郎が、近くにいた職員を、叱責する。
叱責された職員が、椅子を用意しに走った。
「言わぬとわからぬとは、上と同じく、使えない奴等だな」
その銅次郎の言葉に、二人の火花はさらに強くなった。二人の間にある空間さえ、歪んでいるように見えた。
その光景を見て、観測室にいる者達は、この一触即発の状況に、戦々恐々としていた。
この島ナンバー1とナンバー2という意味は、イクシアのナンバー1とナンバー2という意味でもある。
この二人がぶつかりあえば、こんな観測室など、一瞬にして消し飛ぶ危険を孕んでいる。
さすがに、そんな大人げないマネは、人類とイクシアンをイーターの手から守るこの島で起きたことはなかったが、発せられるプレッシャーに、皆の胃の方が心配になるレベルであった。
この周囲を歪ませるような対立をとめられるのは、画面内でCランク擬似イーターと対峙する、一人の少年だけだ。
ランクSという、世界の理さえ捻じ曲げる力を秘めるかもしれない、死んでも死ねない能力を持った、それ以外は、ただの少年に。
(……だから、信じてるわよ。めぐるきゅんなら、誰も殺されず、この事態を突破できるって。あーたは、アテクシが見こんだ、男なのだから!)
(くくくくく。愚かなことを! 島にきたばかりの小僧が、ワシの手によって強化された擬似イーターに勝てるものか! 銀之丞。ランクSなどという磐石の力が貴様のモノになるくらいなら、まだ使い物にならないうちに、破壊してくれる!)
普通に考えれば、イクシアの使い方もわからない新人が、ランクCに値する擬似イーターに勝てるはずがない。
ただの人に、ダンプカーの衝突に耐えろと言っているようなものだ。
だが、銀之丞の勘は、そうではないと告げていた。
なぜか、廻は負けないと、確信的ななにかが、あった。
なにより、廻の実力を、直に見てみたい。という自分もいたのだ。
期待と、不安の入り混じった瞳が、モニターを見つめる。
トンネルの中で動きはじめた事態。彼等はそれを、観測室でじっと見守ることしか出来なかった。
──時坂廻──
すでに一回全滅したけどな!
なんだかよくわからないが、心の中で叫んでおきたかったので、叫んでおいた。
洗礼だと思って油断していたら、トンネルに出現した人型両腕武器イーターに、あっさりぬっ殺され、そいつが出現する直前にループしたってもんだぜ。
もうちょっと前。トンネルに足を踏み入れる前に戻ってくれれば、トンネルに入らず道路を行こうって提案できるのに!
なんでもうエンカウントしますって画面が切り替わるようなところにループしてくるのさ!
三人の背中が、足を止める。
俺が入り口の天井を確認していて、ちょっと遅れていた状況だ。
俺は、刀の握りを確認すると、そのまま三人を追い越して、走り出した。
姿を現す人型イーターに向け、不意打ち気味に、刀を大きく振り下ろす。狙いは、あたまぁ!
ぽきーん。
頭に命中したのはいいんだけど、見事にはじめちゃんお手製イクシアカターナは、見事な音を立ててまっぷたつになりましたとさ。
Oh。なんてかたさデスか。
振り下ろした格好のまま、相手の右腕が動きました。ミーもデスですよ。
ループ。
いかん。最大にして唯一と言っていい攻撃命中機会の不意打ちでの攻撃が、完全無効化されてしまった。
はじめちゃんの刀が効かないとなると、俺の攻撃は相手に一切通らないと考えた方がいい。
再び、イーターが出現する直前へループしたこの瞬間。俺の心の中の悪魔が、ささやいた。
今が、逃げる、チャンスだと。
このままトンネル入り口のシャッターを落とし、外に逃げだせば、自分だけ助かる可能性は高くなる。と。
とてもいい考えだ。俺の中の天使様も、それ以外にあんなバケモノから生き残れる手段は欠片もないとおっしゃっている。
これで一人と二体の多数決なら、すでに可決。今すぐダッシュで駆け出すべきだろう。
なので俺は、即座に駆け出した。
トンネルの、奥へ。
出現した、イーターの方へ。
悪魔がなんと言おうが、天使が最善策を出そうが、友達を見捨てて逃げる選択肢は、俺には最初からない!
正直俺だって逃げ出したい。みんなで逃げる選択肢も選びたい。
でも、こっちの二人。特にゴーリキさんは戦う気満々だ。
豊増だって、引く気がないのがよくわかる。
下手に、さっきまでのあの小型のヤツを相手にして自信をつけてしまっているから、たちが悪い。
そして、このイーターと戦った結果、どうなるのか、俺は知っている。
戦えば、なすすべもなく、二人は死ぬ。
戦えば絶対に死ぬ。でもそれを納得させられるだけの説得力を持たせる証拠は、ここにはない。
俺の記憶にあっても、それは、今はもう、存在しない未来だから。
こんな状況で、俺一人が逃げられるわけないだろう!
ほんの少ししか一緒にいない人達だからって、ちょっとでも関わってしまった人を見捨てるなんて、俺には、出来ない!
出現した腕武器イーターが、俺にめがけて攻撃を仕掛ける。
刀というものは、実は優秀な盾でもある。正眼と呼ばれる、両手で構えて相手の喉下に切っ先を突きつける構え。
ここから、相手の振るう攻撃に対し、刃を垂直にして衝撃を殺す。そうすれば、弾丸さえ捌ける(当たれば)、まさにジャパニーズサムライの魂なのだ!
ばぎぃん。
刃で受けたその腕剣の一撃で、刃こそ折れなかったものの、今度は俺の握力が足りず、そのまま刀は手を支点に、床の方へ叩き落されたのだった。
うん。パワーが圧倒的に違うね。
そしてそのまま返す刃で、俺はアーメンしたのであった。
ループぇん。
リスタート直後、今度もつっこんで相手の前に立ったが、一歩後ろにさがり、攻撃を回避した。
続いて迫る攻撃も、さらに後ろへ大きく跳んでかわすと、俺と入れ替わりに、豊増が両手に刃をもってとびこんできたのが見えた。
「あっ……」
思った時には遅かった。圧倒的に長いリーチの腕剣が、豊増の体をなぎ、見るも無残な姿に変える。
豊増の生み出す刃では、長さが圧倒的に足りない。武器のリーチってのは、そのまま強さに繋がる、それだけ重要なものだ。あれでは、威力があっても、アイツに一撃さえ当てるのは困難だ。
その返す刃で、呆然とした俺も、同じ姿へ、変わった……
剣が近づいてくる瞬間。下がりすぎてもダメなのか……と、俺は諦めにも似た気持ちを覚えた。
ループして再開!
ええいくそっ。だからって諦めていられるか!
それなら、後ろにも気を配ればいいだけのこと!
何回。何十回。何百回死のうと、俺は死なない。無限。かどうかは知らないが、ほぼ無限のコンテニューを持って、全員が生きる活路ってヤツを見つけてやるったらやるから覚えとけ!
とはいえ、いくら記憶は引き継いでも、戻る先の能力、装備は変わらない。
徐々に体が早く動けるようになるわけでもなく、力が強くなるわけでもない。
でも、相手の動きを学び、覚え、自分の動きの無駄をなくせば、振るわれる一撃一撃を、なんとかかわしてゆける。
最初にとびこんだ時の一撃目の振り下ろしも、受け止めてダメなら右にかわし、右にダメなら左へ。左でかわせても返す刃で頭がとんだら、右をもう一度挑戦して、返す刃を刀で受け流す。
当たれば終わりだが、当たりさえしなければ終わらず、次へ進める。
運で回避したとしても、同じ状況を再現できれば、同じようにかわせる。一撃一撃を、一回一回学習して、何度も何度も繰り返して、黒椀より生えた剣をかわしてゆく。
刀を垂直に立てて受けるのではなく、斜めにして流れをそらすようにすれば、刀は十分盾として使えると俺は知った。でも次の返す刃には反応できず、頭の上半分がなき別れしたのは嫌な思い出さ。
さらに、隙を見つけて援護に入ってくれようとする豊増を、移動してさりげなく邪魔をする。
「お願いだから、来ないで!」
と言っても、聞いてくれないのは、何度も何度も繰り返した結果、俺は学んだ。
ただ、幸いなのは、ゴーリキさんが、援護に入ってこない。何度繰り返しても、飛びこんでくるのは豊増だけ。何故だかわからないが、これは助かった。
だから、イーターの攻撃回避ついでに、援護に入ろうとする豊増への妨害を行う。
さすがに、俺を背中から攻撃することはない。文句を言われたりもするが、とびこまれて返り討ちにされるよりはましだ。
それでも邪魔に失敗し、俺を狙う攻撃に巻き込まれて、豊増も何度死んだだろうか……?
ループして、皆の死もなかったことになるとはいえ、いい気分じゃない。
でもそのたび、絶対諦められるか。という気持ちにはなる。
ある意味これは、完全に、死に覚えゲーだ。
しかも、完全にクソゲーといわれるレベルの、鬼畜難易度。
でも俺は、コントローラーを放り投げることはできないし、諦めることもできない。
こいつを倒すまで、このループを抜け出すことはもう、できないのだから……!
何度も何度も同じ動きを繰り返させて、それを覚えてかわしてまた死んで覚える。
死んで覚えてかわして死んで、またそれを覚えて死んで死んでかわして。ただひたすらに、生きて次の時間へ進むために。
そして、後ろにいるみんなと生き残るために!
問題は、いかにしてこいつを撃退するかだ。
何度死んでも、外から救援がやってくる気配は、欠片もない。
といっても、実時間では、一回長くて何分。短くてン秒なので、来るのを期待する方が無駄なのかもしれないが。
となると、こいつを倒すために、ここにある力を終結させるしかない。
でも、俺の手にあるはじめちゃんの刀では、あの人型武器腕イーターに、傷一つつけることは出来ない。
俺は、はるか遠くになりかけた、一番最初のループの記憶を思い出した。
豊増の生み出した光刃は、あの腕剣を受け止め、さらにあのかたい剣を切り裂いていた。
確か、はじめちゃんのランクは、Eで、豊増はランクCだったか。ランクCなら、あのイーターにダメージを与えるだけの威力があるのは間違いない。
なら、あれを俺が使えれば……
……ダメでした。
そもそも、出現から攻撃がはじまるまでの間にある時間は、一言二言くらいしか発する時間しかないのだ。
その間に、豊増への説明から発動までを終わらせるタメには、ツーと言ってカーと帰ってくる間柄でも、出来るかどうか難しい。
言葉が伝わっても、俺に触れて発動。という形も必要になるからだ。
何度か挑戦したが、説明している間に全滅するのを何度か繰り返すのみで、俺へ豊増の作り出す刃を受け取ることは不可能だった。
俺が前に出て、豊増に攻撃をお願いしたところで、結果は前にもあった通りお察しである。
現状豊増の状態では、相手に攻撃をかすることさえ出来ない。
声で指示をしてもいいが、相手の動きが速すぎて、覚えてかわせる俺でないと、攻撃も回避も、ほとんど無理だった。
パワーもスピードも体格もリーチも上なイーターを相手に、素人に毛が生えた程度の俺達では、最初の不意打ち以外で動くこいつに、マトモに当てることは不可能と言ってもいい。
であるから、豊増が攻撃を安全に当てるには、俺が時間を稼いで指示を出し、ヤツに隙を作って一撃を当てる。
この工程が必要だった。
これは、百五十回くらいループを繰り返し出した結論だ。
時間を稼ぐというのは、俺が必死に攻撃をひきつければいい。問題は、一撃を当てる状況を作りだすことだ。
そのために、アレの動きを封じるか、豊増の攻撃が命中するほど、安全を確保して近づいてもらう必要がある。
生存への道筋を考えながら、俺は頭を必死に働かせる。
すると、視界の隅に、壁のレバーがうつった。
あれは、使えるかもしれない。
何度も何度も死を繰り返して、俺はいくつかイーターの特性を学んだ。
その中の特性を一つ使えば、ヤツの動きを止められるかもしれない。
ならばあとはヤツをあそこに誘導して、動きを止めて、一撃を加えるだけだ。
百八十四回のループを経て、俺はやっと、勝利までの道しるべを見出すことに成功した。
見えたぞ。生存への道が!
──豊増光──
トンネルに到着し、その真ん中にイーターが現れた瞬間。僕達の背後から、ヤツに向い、時坂が一人、駆け出した。
天知も、僕も、あのリーゼントも追い越して、僕達とあの二メートルを超える人型イーターの前に立ちはだかる。
その時はまだ、この事態の異常に、あの時坂を除いて、気づいているものはいなかった。
僕もあのリーゼントも、時坂が急にやる気を出した。
その程度の認識だった。
姿を現したイーターの両腕が、硬質化して剣のように変わり、時坂に向け大きく振り上げられた。
この時初めて、僕達の前に現れた敵は、さっきまでふよふよと浮いていた雑魚とはレベルが違うと気づかされた。
勢いよく振り下ろされた右腕が、大きな風きり音と共に、道路へ振り下ろされる。
巨大な音がトンネル内に鳴り響き、振り下ろされた腕剣は、トンネルの道路を大きく切り裂き、巨大なクラックを道路に生み出していた。
ぞっとするような威力だ。
時坂が身をひねり、かわしていなければ、彼は確実に肉片になって死んでいた。
はっきりとわかる。
あのイーターは、僕達を殺す気だ。
地面をえぐった腕剣を再び持ち上げ、今度は横に凪ぐようにして、その腕剣が振るわれる。
目の前に迫ったそれを、時坂は身をかがめてかわす。
僕達の眼前に、その振るわれた剣の剣圧が届き、髪を揺らした。
さらに残ったもう一本が、時坂の体を突き刺すように振るわれる。
どちらも、時坂はそれを、なんとかギリギリのところで、かわす。
このままじゃ時坂が危険だと感じた。ここで僕は死ぬわけにもいかないが、彼をただ見捨てるわけにもいかない。
だから、僕もフォローに入るため、間合いをつめようとした。
二対一になれば、彼の負担は大きく減るし、時坂を狙う隙に、僕のイクシアがヤツをとらえることも出来る。
でも、僕が近づこうとしたら、なぜか時坂から妨害をうけることになった。
彼は、僕の進もうとした場所の前に、わざと大げさな回避行動をとって、移動してきたのだから。
彼は僕の方を見ていないし、最初は、偶然かと思ったけど、すぐにそれは意図的。わざと僕を邪魔したんだと気づいた。
なぜなら、その回避だけが、不自然な移動だったからだ。僕を邪魔した攻撃の回避以外は、ほぼすべて、ギリギリのところでかわしているからだ。
彼は、余裕がなかったわけじゃない。むしろ、ほぼ紙一重と言ってもいい、無駄のない動きで、あのイーターの攻撃をかわしていたのだから。
これらのことから、彼はわざと僕の邪魔をした。そう考えられる。
一瞬、カチンと来た。
こうなれば、逆に時坂の前に出て、目の前の獲物を奪ってやろう。なんて子供じみたことを考えた。
でも、その機会は、二度と訪れなかった。
僕が助け舟を出す前に、時坂が死んだり、目の前のイーターが倒されたわけじゃない。
僕が、その戦いに加われなかった。それだけだ。
今度こそと、機会をうかがいながら、目の前で起きている戦いに集中する。
足を止めたイーターが、時坂に向い、その両腕を振るう。
ひゅんひゅんと、イーターの腕剣が、どんどんと加速をしてゆく。
目にも留まらない速さで、それは振り回されていた。
僕の表情から、色々なものが、消えた。
その剣の動く速度が、速すぎた。とてもじゃないが、僕の目じゃ追えない。
目の前で、なにが起きているのか、すでによくわからなかった。
時坂とイーターの攻防をうかがえばうかがうほど、手を入れる隙間など、欠片もないことに気づかされた。
彼が攻撃をかわすたび、イーターの攻撃の余波で、壁や道路が切り裂かれてゆく。
まるでそれは、巨大な暴風や、竜巻のようだ。
レベルが、圧倒的に違いすぎる。
その時初めて、僕は背筋に冷たいものが這い回ったことを感じた。
敵が圧倒的過ぎて、その凄さを認識するのに、時間がかかってしまったのだ。
あんなのを相手に、僕が隙を見つけることなど、出来なかった。
むしろ、どうして彼は、あの双腕剣の猛攻を、一歩も引かずに避けきれるの?
彼の動きはまるで、どこにどう、剣がくるのかわかっているかのような動きだった。
まるで、舞うように。
まるで、全てが事前に打ち合わせしてあるかのように。
それは、アクション映画の、殺陣を見ているかのようだった。
すべてが決められ、相手と呼吸をあわせて動く、殺陣。
それほどまでに、彼の動きは、完璧だった。
でも、そんなことはありえない。
だってこれは、実戦だ。相手は、彼を本気で殺そうと武器を振るう、バケモノなのだから。
これがそう見えるということは、彼が、そう見えるほど、あのイーターの攻撃を完璧に見切り、動いているという意味になる。
舞いを踊るように見えるほど、余裕があるということなのだ……
相手の動きを完全に見切り、全ての攻撃がそう見えるように、回避する。
なんなの、彼は……
僕は思わず、その美しいダンスに、見惚れてしまった。
ひょっとして、それが君のイクシア?
僕が光刃のイクシアを持つように、君も、回避に特化した力を持っているの?
答えはわからない。
唯一わかるのは、時坂は、相手に全くダメージを与えられていないということだった。
手に持つ刀で、攻撃をさばくことはするが、その刃は、相手のぬめりを持った外皮を傷つけることが出来ていないように見えた。
それでも彼は、全くひるまない。
彼は、敵の猛攻に、一歩も下がることもなく、手にした刀で攻撃を受け流し、ギリギリのところで身をかわし、逃げずに間合いをつめる。
むしろ、彼はさらに前へと出た。
その距離は、相手に接触するほどに近い、ほぼゼロと言ってもいいほどの距離。
だが、そこまで近づいて、僕はなるほど。と思わざるを得なかった。
ゼロに近いほど接近すれば、腕から生えた、あまりに長い剣は、振るえない。そこは、組み技などの範囲にあたるが、腕が武器ならば、相手をつかむというのは不可能だ。
もしくは、胸からなにかが飛び出したり、人型として意味のない攻撃が発しない限りは、最も危険に思える、相手の目の前こそが、最も安全な位置といえた!
相手の姿を考えれば、確かにそこへもぐりこむのは、有効な手段だ。
でも、範囲の長い腕剣をかわし、そこへもぐりこむため相手に接近するなど、正気の沙汰とは思えない。死さえ恐れない精神力と、確かな技術。そして勘を伴った経験を持たねば、到底実行できない。
だというのに、彼はそれをあっさりとやってのけた。
ここまで近づかれると、相手が出来ることは、後ろに下がり距離をとるか、苦し紛れにヒザを打つこと。この二択だけだった。
イーターが選択したのは、その前者。
大きくバックステップをすることだった。
なんと時坂は、相手へ有効打を与えているわけでもないのに、怪物を後ろへ下がらせたのだ。
バックステップで間合いを開き、イーターが再び腕剣を振るう。
一陣の風がふきすさみ、小さな竜巻が発生するんじゃないかと思うほどの風圧と速度だ。
だというのに、時坂の動きも止まらない。さらに前へ出ながら、その攻撃を舞うようにかわしてゆく。
かすっただけで死んでしまうような塊が二つ振り回されているというのに、かすりもしない。
まさに、ギリギリの位置を見切り、時坂はさらに歩を進めてゆく。
また、同じように間合いをつめ、相手をさがらせる。
その時やっと、時坂が、僕を邪魔した真の意図に、気づいた。
壁や道路に描かれる腕剣の跡は、僕達へ届かない位置にしか刻まれていない。
そして、跡が刻まれるそこは、僕が踏みこもうとして、彼に邪魔された場所もふくまれていた。
僕の攻撃を邪魔したのも、僕があの範囲に踏みこんで、殺されるのを事前に回避させた結果だ。
僕の、あの突撃は、ただの自殺行為でしかなかった。
そんなこともわからずに、調子に乗ってこの戦いに参加していたら、僕はすでに、死んでいた。
僕はあの時、彼に命を救われていたのだと、やっと悟ったのだ。
そして、何故彼が下がらないのかも理解できた。
下がれば、イーターの攻撃が、僕達へもさらされるからだ。
だから彼は、前に出て自分に注意を集め続け、その身をイーターの攻撃へさらし、かわし続けることで、相手へプレッシャーを与え、後ろへ下がらせた。
イーターを後ろに下げれば、その分僕達は安全になる。
狂気の沙汰とも言えるその行動は、僕達のためだった……!
僕達を守るため、あえて前進している。
なんてことをしているんだ彼は。命をかけて、僕達をヤツから遠ざけている!
なぜなんだろう。
なぜ、彼は、他人のためだけに、力を振るえるのだろう。
自分のことしか考えていない僕は、なぜかとても、惨めに思えた。
僕達は、完全に足手まといだった。
僕達のせいで、時坂は不自由な戦いを強いられている。
だというのに、僕達はなにも出来ず、彼に守られるしか出来ないというのか。
それはとても、悔しい……!
なにか、こんな僕にも、なにか出来ることはないか!?
彼の負担を、ほんの少しだけでも減らせないだろうかと、思考をめぐらす。
……あっ。
すると、あることに、僕は気づいた。
彼は、武器を持っている。
確かあの天知の、製作のイクシアで作られた刀だと、トンネルに来る前聞いた。
イーターにダメージを与える手段は、イクシアでしかない。
ならば、イクシアで作られたアレでイーターにダメージを与えられるはず。
だというのに、あの刀は、イーターの注意を自分へひきつけるような形でしか、振るっていない。
僕達を狙わせないために、あくまで狙いを自分にひきつけるためというのはわかる。
だが、あれほどの実力があって、とどめを刺さないのは、疑問だった。
その、答え。
つまり彼は、あのイーターを倒さないんじゃない。倒せないんだ……!
それの疑問の答えに突き当たった瞬間。僕に出来ることが、思い当たった。
僕は、時坂から視線を外し、同じように彼に守られた二人へ、視線を向けた。
──剛力龍雄──
……ぞっ。
廻と、あの黒い腕武器のイーターが戦い始めた瞬間。俺の背筋が、凍った。
イーターから発せられる雰囲気。
その圧力に、俺のヒザは、かたかたと震えはじめる。
あ、あああ……これは、この、感覚は……
この感覚は、あの時と、同じだ……
島に来る前、俺は、あの黒い怪物に襲われた。
チームが丸ごと潰されかけ、俺がバイクで囮としてひきつけ、なんとか死人は出さずにすんだ。
あとで、狙いが俺だってわかった時には、壁をぶん殴ったけどな。
……チームの皆には、そう語った。
賞賛もされた。
が、それは、嘘だ。
俺はあの時、皆を見捨てて、逃げ出した。その結果、あの怪物が俺を追ってきた。ただ、それだけだ……
あの時と、同じ、感覚。
あの日と、同じ、恐怖。
死ぬと思い、足がガタガタ震え、なにも出来なかったあの絶望の時。
今まで思いださなかったってのに、なんで今さら思い出す!
答えは、わかりきっていた。
廻を攻撃するアイツの攻撃には、明確な殺気がある。
あの日と同じく、俺達を殺すための、明確な目的が、殺意がある。
それが、俺の足を、震わせる。
簡単な話だった。
俺は、死ぬのが、怖い。死にたくない。
だから、廻を助けにも行けず、ここで、震えているしかできない……!
挑めば、確実に殺される。
俺には、それがわかった。
それゆえ、俺は足が竦んで、動けない。
俺達を守るために、廻が必死に戦っているというのに、俺は、それに、加勢することさえ出来ないなんて!
情けねえ。
小走には、あれほど漢を語ったってのに。
いざとなると、なにも出来ない。俺は、なんてダメな男なんだ……!
ずずずっ。
「っ!」
さらに、情けない事実に気づいた。
俺は、後ずさっていた。恐怖のあまり、逃げようと、後ろへさがろうとしていた。
いや……、明確に一歩、さがっていた……
俺はそれに気づいて、愕然とする。
「あ、あのっ!」
戦いに怯え、一歩下がった俺の背中に、声がかけられた。
後ろにいるのは、天知だ。
その声のおかげで、俺はそれ以上さがるのだけは、阻止することができた。男の、意地というヤツだろうか。
「わたしも、怖いです! 今すぐ、逃げ出したい! だって、誰でも、死ぬのは怖くて、当たり前ですから!」
俺の背中に、天知の言葉が響いた。
おどおどして、言葉もつっかえつっかえのか弱い女の子だってのに、今回だけは、はっきりとつっかえもせず、言葉が俺に届いてきた。
「でも、ここで逃げたら、二度と戻ってこれません! 時坂君も、助かりません! でも、一人じゃ、無理です!」
声が震えているのが、わかった。
あいつも俺と同じで、今にも逃げ出したいのを、必死で我慢している。なぜなら、目の前で、より死に近い場所で、戦っている漢がいるから……!
「だから、剛力さんも力を貸してください! 一人じゃ無理でも、二人なら、勇気を出せます! 時坂君と一緒なら、今度は三人です! 怖いけど、わたしと一緒に、勇気を出してくれませんか!」
俺の背中に、いや、心に、なにかが生まれた。
必死な言葉。それに、俺の震えが、一瞬とまる。
なに、やってんだ。俺は!
俺は、時坂と約束した。後ろにいる、天知を守ると。約束した。それを破って、震えて尻尾を巻いて逃げるってのか!?
そんなこと、俺に、出来るわけがねえ!
俺は、ぐっと拳を握り、その拳を、自分の顔面に叩きつけた。
ごしゃっ!
右の拳が、俺の頬に突き刺さる。
くぅ、きいたぁ~。
頭を振る。キンキンと、頭の中でなにかが鳴り響き、ヒザの震えが、完全に止まった。
へっ。女の子にここまで言われて、震えていたら、漢じゃねえ!
「ああそうだぜ。なんでもやってやろうじゃねえか!」
俺は、吼えた。
もう恐怖なんざ、欠片も感じちゃいねえ!
「ご、剛力さん!」
「なんだぁ!」
天知が、俺を呼んだ。
「わたしに、考えがあります!」
俺は振り返り、なんのようだと、しっかり天知の顔を見る。
こいつ、震えてはいるが、なんてまっすぐで、強い瞳をしているんだ。
今までずっと、目をそらされてきたから、わからなかったぜ。
だが、この強い意志を秘めた目なら、なにか勝つための考えがあると、はっきりとわかった。
俺と天知は、うなずき、残ったもう一人の方を振り向いた。
どうやら俺達は、三人とも、同じ気持ちのようだ……!
──天知はじめ──
剛力さんと顔をあわせてうなずいて、わたしは豊増さんと向き合った。
剛力さんと豊増さんは仲が悪いから、時坂君のいない今は、わたしが、橋渡しをしないと。
いつも、時坂君に迷惑をかけているわたしだから。こんな時こそ、みんなの力になりたいから!
気合を入れて。こんな時に、か、かまないように。
「豊増さん。お願い。力を貸してください」
「ヤツを倒すために、力を貸して」
わたしと豊増さんは、同時に口を開いた。
普段のわたしなら、ぽかんと口を開いて、言葉がかぶってしまったことに、罪悪感を感じてしまい、身を縮こまらせてしまうだろう。
でも今は、そんなことを言っている場合じゃない。
いつもなら、これだけで頭が熱くなって、真っ赤になってしまうけど、今は不思議と、心は冷静で、すぐどういうことか理解できた。
豊増さんがこう言ったということは、彼女とわたしは、同じ気持ちであると、悟れた。
豊増さんも、時坂君を助けたいと、思っている。
そのために、わたし達の力を必要としている。
わたしと、豊増さんの力を考えれば、おのずと答えは出た。
だから、わたし達にそれ以上の言葉は要らなかった。無言でうなずきあうと、剛力さんの方を振り返った。
「わたしのイクシアは、なにかを作り出すことが出来ます」
「僕のイクシアは、手で触れた場所に、光の刃を作り出す」
わざわざ説明をする必要なんてないはずだけど、なぜか説明してしまった。
決して。決して、剛力さんがわたし達のイクシアを覚えていないだろうからじゃありません。絶対。
「「だから……」」
わたしは、両手を祈るように握り、力をこめた。
ぐっと体に力を入れて、体の中に集まるなにかを、ぎゅっと束ねて、体の外に押し出す。
そうすると、手の中になにか物体をつかむような感覚が生まれて、光が生まれて、その光の卵から、わたしのイメージする物体が、生まれてくる。
作り出したのは、金属製にも思える、一本の棒。
それは、刃のない、槍の、柄。
光から生まれたそれを、豊増さんが手に取り、その先端に、触れました。
先端から手を離すと、そこから光の刃が生まれる。
全長百七十センチくらいの、槍。
手に持ってつくのではなく、投げるのに適した、槍。
時坂君の戦いを見て悟れるのは、ランクEでしかないわたしの作り出した武器じゃ、あのイーターは倒せないということ。
でも、ランクCもある、豊増さんの力なら、話は別。
さらに、豊増さんは、その槍を剛力さんへ差し出した。
「最後は、君だ。この槍は、威力を出すため、十分な重さを持っている。さらに、僕のイクシアだけじゃ、威力がたりないかもしれない。でも、君の力が加われば、この重さも、足りない威力も、問題がなくなる」
そう語る、豊増さんの表情は、どこか不満げだった。
剛力さんの力を借りるというのが、気に入らない。そういう表情。
でも、そんな感情を押し殺して、協力をしようとしている、とても複雑な、表情。
「僕は、君が好きじゃない。でも、今は、それとこれとは話は別。頼むから、力を貸して欲しい」
自分を犠牲にして、わたし達の盾となっている時坂君を救うため、そんな気持ちは心の奥にしまって、豊増さんは、剛力さんへ、協力を頼んでくれた。
ぶすっとしていた剛力さんは、どこか不満そう。
まさか、ここで嫌だなんて……?
「はっ。バカ言うなよ」
剛力さんは、どこか呆れたように笑って、差し出された槍を握り返す。
「俺だって、てめぇは嫌いだ。だがな。頼まれなくても、協力するに決まっているだろ! だから、頼むからなんて言う必要はねえ!」
ぐっと握ったその腕に、力がこめられた。
不満そうなのは、違う意味だった。協力しないと思われたのが、嫌だったみたい。
「あそこで俺達のために命をかけてる奴を助けたいのは、俺だって同じなんだよ!」
槍を握った右手に力が入り、その腕が大きく膨らんだ。
「投げる自信は?」
「ガキの頃は四番でピッチャーだったよ」
豊増さんの質問に、剛力さんはそっけなく答えた。
剛力さんが大きく振りかぶり、槍投げの格好で、標準をあのイーターへ向けます。
問題は、あの嵐のように動き回るイーターに、時坂君をかわして当てられるか。
いくら自信があっても、激しく動き回る二つの人影を狙うなんて、投げなれた人でも、至難の業……
狙いをつける剛力さんの顔にも、その不安がにじみ出ます。
狙いをつけて、ゆらゆらと揺れる槍の穂先。
いくらイーターの攻撃が、時坂君に当たらないといっても、集中力は永遠に続かない。いつ、時坂君に攻撃が当たって、死んでしまっても不思議じゃないこの状況。
集中力が永遠に続かないというのは、こちらも同じ。
だから、思わず剛力さんの口から、こんな言葉が漏れてしまっても、わたしは不思議に思わない。
「廻、一瞬でいい。奴の動きを止めろ!」
多分それは、心の声が漏れてしまったんだろう。
剛力さんが、突然叫んでしまったのだ。
「なっっ!?」
豊増さんが、なにを言い出す! と焦った顔を見せた。
わたしも、びっくりしていただろう。どんな顔をしていたかは、正直びっくりしすぎてわからない。
いきなり発せられた一言。それは、時坂君の集中を乱す可能性が、大いにあった。
現に、その直後、時坂君は壁に追い詰められてしまった。
このままじゃ。と一瞬最悪の事態を想像せざるを得ませんでした。
でもそれは、わたし達の、杞憂だった。
「おうよ!」
待ってましたと言わんばかりに答えを返した時坂君は、壁からなにかを、勢いよく引き抜いて、倒れこむように側転したんです。
直後。
がらがらがらっ!
という大きな音と共に、イーターの頭の上に、なにかが降り注いできました。
トンネルと、地下街の間にある入り口にシャッターがあったのです。
実に重たそうな、格子状のシャッターが、イーターの体を襲います。
シャッターは相当の重さだったらしく、すずぅんという重たい音を上げて、イーターに直撃した。
その衝撃はすさまじくて、イーターの足元に、小さなひびを生み出すほどでした。
でも、イーターはその両手を上げ、頭の上でクロスさせて、重いソレを、平然と受け止めていたんです。
その光景を見た瞬間。わたし達は、時坂君の意図に、気づいた。
時坂君は、わたし達の考えを汲み取って、これを狙っていたに、違いありません。
シャッターの落下で、イーターにダメージは見えない。そもそも、イーターはイクシアの力でなければ、傷がつかない。
でも、シャッターを受け止めたイーターは、両手でシャッターを受け止め、足は、その重さに固定されている。
今、この瞬間だけ、あのイーターは動けず、さらに両手を上にあげたまま、無防備な体をわたし達にさらす格好になっていのだから!
「みんな、信じてた。やっちまえー!」
時坂君の声が、聞こえる。
時坂君がどうして、たった一人で戦っていたのか、その真意がわかった。
時坂君は、わたし達を信じて、待っていてくれたんだ!
「おらあぁぁぁ!」
時坂君の言葉に突き動かされるように、剛力さんの絶叫が響きました。
流れるような、投擲フォームで、わたしと豊増さんの作り上げた槍が、宙を舞う。
腕の筋肉と、さらにその付け根は、投げる瞬間には二倍を超えたかと思うほど膨れ上がり、手から離れた槍の先端は、音速を超えたんじゃないかと思うほどの速度で、シャッターに縫い付けられたイーターの元へと飛んでいく。
空気を切り裂き迫るそれを、道路とシャッターに挟まれ、動きを封じられたイーターは、かわすことなんてできなかった。
トンネルの奥。T字路に突き当たったところで、二度目の激しい衝突音が生まれ、支えを失ったシャッターは、それから一瞬遅れて、道路に落下していきました。
衝撃にパラパラと、小さな欠片がトンネルの天井から落ちて、道路に転がり、時坂君との攻防で生まれた埃や塵が、その威力に引き寄せられて、螺旋を描くように舞いあがっていきます。
それらの影響で、イーターの姿が、わたし達の視界から、消えてしまった。
じっと。わたし達は、衝突音の響いた、トンネルの奥へ、注意を向ける。
ドキドキと、わたしの心臓が高鳴るのが、わかった。
煙の晴れた、トンネルの先。T字路の壁。そこには、光の槍によって磔のように突き刺さったイーターが、壁にめりこんでいました……!
「やった……!」
わたしは思わず、拳を握っていた。
──時坂廻──
ついに、大きな一撃が決まった。
ループすること約九百五十回。正確には、九百四十台だと思うけど、正確な数字は正直わからない。下手すると、千回超えてるかもしれない。
最大の問題は、三人の合体攻撃。あの槍を、どうやってあのイーターにぶち当てるか。ということだった。
その道筋は、二百回位のループの時には出来ていたのだけど、それを実現するのは、その四倍以上の回数が必要だった……
まず、何度も何度もループを繰り返す中で、肌で学んだ奴等の特性が一つある。
奴等は、なんの対策もせずあのぬめりとした黒い外皮に触れると、まるで粘度のある液体に手を突っこんだようにとりこまれてしまうのは、一番最初のヤツと、今回のから経験したことだ。
そう。なんの対策もないと、そのまましめられ、くちゅっと潰されてしまうアレだ。
これがある限り、上からシャッターを落としても意味はない。今回のこいつは、腕剣もあるから、さらに困る。
だが、この特性。あるタイミングならば、イクシアを使わずとも触れられると気づいた。
それは、奴等がなにかを攻撃している瞬間。その瞬間は、奴等の体にとりこまれず、素手でも石でもなんででも外皮に触れることが出来る。
ちょっと考えれば当然のことだが、こっちに物理的に触れようとしているのだから、相手も同じ状態になっているというわけである。
となれば、その瞬間を狙えば、奴等の体に捕まることなく、触れることが出来る。
ダメージは与えられないが、相手を押すことによって、バランスを少し崩すことが出来る。
それを利用し、攻撃をそらすことも出来る。
そして、それは、相手の動きを止めることにも利用できた。
つまり、うまくこのタイミングを狙って、かつ、腕剣でシャッターを斬られないように頭の上に落とせば、動きをとめられるのだ!
これが思いついたときは、俺は天才かと思ったけど、実際にやろうとすると、これがとんでもない無茶だった。
何度も諦めようかと思ったけど、いつの間にか声に出さずとも、背中で語れば合体攻撃を察してもらえるようになったり、相手との間合いをつめて、後ろに下げる方法を発見したりと、色んな前進が見えたから、俺はがんばれた。
間合いに関しては、小学校の頃、剣道をやっていた関係で、間合いの重要性を知っていたから出来たというのもある。
まあ、二十回くらいは立ちっぱなしという諦めモードの時期もあったけど、延々殺されループになって、でも死ぬのがわかっている上、考えるのはやめられないから、余計に辛くなって、諦めようがなかったと再認識したんだけど……
そして、その努力が実って、ついにあの一撃が成功したのだ。
トンネルの入り口両方にシャッターがあってくれて、本当によかった。
ちなみに、あとで知ったことだけど、そもそもシャッターはイーターが簡単に通り抜けられない材質で出来ているらしく、そんな特性考えずに落としても成功していた。と知るが、後の祭りである。であるな。であった! くすん。
ともかく、やっとここまできたが、ここからがまた問題だ。
見事にみんなの一撃が決まったこの状況。ここまでこれたのは、初めての展開だ。
あのイーターは、まだ体が崩れていない。
だからまだ、倒したと安心は出来ない。まだなにかしてくる可能性や、平然と動き出す可能性を忘れず、俺は警戒する。
くっくっく。一番最初も残心がなっていなくて一度やられたからな! その反省を生かし、今度はちゃんと止めを刺しに行くぜ!
後ろの三人が! さっきと同じ攻撃で!
くっくっく。ダメージ与えられない刀しか持っていない俺が出来るのは、結局おとりなんだよ。おら、起き上がるなら早く起きろや! 二千回でも三千回でも、何度でも付き合ってやる!
あの気持ち悪い奈落の底で、魂粉々に砕けたところで、俺は諦めないんだからな!
なんて思っていたら、ぐぐぐっと、あの黒い体が動いた。
あ、やっぱり諦めたいから、大人しくして欲しいな。なんて……
まあ、無理だろうけど……
俺が一瞬たらりと冷や汗をかいて、盾となるシャッターを前に、刀を構えようとしたその時。
「出ろ!」
という豊増の声が、俺の後ろから響いた。
刹那。イーターの胸の中から、光が漏れる。
イーターの胸から頭にかけて、光の刃が飛び出してきたのだ。
なにが起きた。と思い、後ろを振り返ると、左手を強く握った豊増がいた。その手は、うっすらと輝いている。
その瞬間。俺はぴんときた。
豊増のイクシアは、手で触れた所から、光の刃を生やすというもの。
それは現状、右手、左手から、一本ずつらしい。
槍を作った際、一本目は槍の刃。そして、その刃を作る時に触れた柄。それが、今回発動した、二本目。
突き刺さってめりこんだ槍の柄の部分から、豊増のイクシアが飛び出し、そして、あのイーターにとどめを刺したのだ!
体内から光の刃に貫かれたそれは、断末魔の悲鳴を上げ、黒い塵に帰ってゆく。
今度こそ、安心していいようである。
しかし、なんというか、しっかりとどめまで用意してあるとは、すっげーな豊増は。やっぱおいらはしょせん行き当たりばったりのシロート。真似できねーわ。
「はー。倒したー」
乱れた息を整えるため、腰に手をあて、大きく息をはきだす。
体感時間では、ものすごく長い時間を戦っていたが、実際に体を動かしたのは、ほんの短い時間だ。
精神的な動揺もないから、肉体的な疲労以外、疲れはほとんどない。
とはいえ、百メートルダッシュ以上の疲れはあるから、さすがにみんなのところへ歩くという気にはなれなかった。
でも、今はとても、充実していた。
今、俺は、ループを心配せず、地面に立っている。時がきちんと、未来に進んでいる。
それだけのことなのになぜかとても、安心した。
俺は、この負の連鎖から解放され、皆と生き残ったこの瞬間に、大きな感謝を覚えた……
────
観測室。
がたん!
戦いの終わったその映像を見て、一人の老人が椅子を蹴り、立ち上がった。
正面に存在する、巨大なモニターには、T字路の奥で光の刃に体を貫かれ、消滅してゆくCランク擬似イーターが映し出されている。
その老人の姿を見て、銀之丞は、にやりと笑った。
「あーら大叔父様。いかがいたしました? ああそうそう。今回新入生にランクCの逸材がいましたのよ。ほら、あの子」
余裕綽々で、足を組み替え、銀之丞は、モニターに映る肩まである髪を後ろで束ねた少女。正確には、男で娘の豊増光を指差す。
「新入生からいきなりランクCなんて、八年ぶりですからねぇ。ちょっと危機感をあおるためにランクCの擬似イーターを差し向けてみたのですけど、ふふっ。ちょーっと無意味でしたわね。今回の新入生は、実に、優秀だわぁ」
ふふふ。うふふふふふ。と、自分の前で立ち上がり、呆然と画面を見つめる老人。大叔父の神代銅次郎へ勝利の笑みを降り注がせた。
老人の肩はぷるぷると震えている。
当然だろう。自信を持って仕掛けた策略が、逆に圧倒的な強さによって粉砕されたのだから。
こんなにも簡単に擬似イーターをもぐりこませ、なんとも甘いものだと、銀之丞をあざ笑い、策略が成功したと思いこんでいた銅次郎には、屈辱的な状況に違いない。
なにせ、これでは、ただ、抜き打ち洗礼が普通に行われた。という事実しか生まれないからだ。
勝利を確信した銀之丞は、笑いが止まらなかった。
(さすが。さすがアテクシの見こんだめぐるきゅん! まさか、イクシアを発現させずに、あそこまでやってのけちゃうなんて! なんて素敵なの!)
なんて思いながら、心の中で大叔父を見下し、ほーっほっほほ。ほーっほっほっほと、勝利の笑いをあげる。
「美しい……」
「ほぉ!?」
ぼそりとつぶやかれた銅次郎の言葉に、銀之丞の動きも、ぴたりととまった。
「勇気を振り絞り、わだかまりをこえ、全員の力を結集させ、あのCランクを見事に倒してのけた、あの協力プレー。出会ったばかりだというのに、それを実現させるとは、なんと、素晴らしい子達なんじゃ……!」
はらはらと、銅次郎の瞳から、涙がこぼれる。
銅次郎がプルプルと震えていたのは、策略の失敗からの怒りや悲しみからではなく、廻達の戦いを見て、感動からの震えだったのだ!
「じゃが、あの三人の勇気以上に、見るべきは、あの少年……! いち早くあのCランクの危険性に気づき、誰もかなわぬと察知し、囮となったあの判断力。あの勇気。どれも賞賛に値する!」
なにより、他の三人は、誰が欠けてもあのイーターを倒すことは出来なくなる。製作のイクシアと、光刃のイクシア。そして、それを放つ豪腕。どれが欠けても、あの擬似イーターに致命傷を与えることはできなかっただろう。
「もし、それをあの一瞬で判断していたというのなら、なんと末恐ろしい子じゃ……!」
銅次郎が肩を震わせ、ぶつぶつとつぶやきながら、画面に映る少年。時坂廻を瞳にうつす。
「なにより、囮となりて前に出たあとの、あの動き! あの、舞うかのごとき、まるで演舞や殺陣でも見せられているかのような、計算され、相手を完全に見切っていた動き。武器さえ最初にそろっておれば、彼だけでも勝利は可能であったのだから、なお恐ろしい!」
老人は、両手をかかげ、巨大なモニターにうつる彼を包みこむよう、手を閉じた。
「さらに極めつけは、攻撃を当てずして、相手との間合いをつめるだけで、相手をさがらせた、あの絶妙な位置取り! アレをイーター相手に実現させるものがいるとは! あれで、まだ島にきたばかりの少年じゃと! なんと……なんと!」
熱を持って、銅次郎は一人で言葉を語る。
この場にいる誰かに語っているわけでもない。ただただ、目の前にうつる少年に、自分の熱を、語ろうとしているのだ。
「確かに、君の戦い方が、誰にでも可能かと問えば、可能とワシは答えるじゃろう。イクシアを持たぬ、ただの人間でも、十分に可能じゃ。じゃがそれは、幾多の戦場を駆け抜け、生死の境を何度も垣間見た、百戦錬磨の勇士でなければ不可能!」
特に、あの絶妙のタイミングで相手との間合いをつめ、攻撃をさせるために、あえてさがらせるというあの方法。
それは、後ろにいた、足手まといから、危険を遠ざけるためだ。
手にした武器では相手を傷つけられぬと悟った上で、ある種の、苦肉の策。
それを理解して実行するのに、どれほどの勇気と精神力が必要だというのだ……!
一歩間違えば、即、死!
だというのに、老人の目にうつったのは、攻撃を繰り出し続け、圧倒的に有利な状況のはずの存在を、後ろへ、後ろへとさがらせ、逃げ回っているだけの存在が、前へ、前へと進んでゆく姿。
老人の目に、それは、バケモノであるイーターが、恐怖に怯えながら、さがっているようにさえ見えた。
それを、あの極限状態の中。実戦経験などほとんどない少年がやってのけた。
後ろにいる、あの少年少女達を守るために……!
そして、なにより。観測室の画面には、その少年がイクシアを使ったという表示が存在しない。
例えここからでも、銀之丞が念力を使い、彼等を救えば、その力の使用が察知され、使われたと表示されるシステムだというのにだ!
欠片でもその片鱗が生まれれば、それはここに探知され、表示された。
それは、今後の授業において、どのような成長をうながせばいいのか、参考にするため、行われていることだ。
それがないということは、あの少年。時坂廻は、超常の力を使うことなく、それをやってのけたという証明でもある!
なんと、末恐ろしい少年なのだ!
一体どこからが計算だったのか。それとも、最初から最後まで、ただ無我夢中で行った行動が、たまたまああいう結果を生んだのか。
それは、やり遂げた本人にしかわからないだろう。
だが、だからこそ、銅次郎は、その少年に惹かれた……!
ゆえに……
「イクシアを欠片も使わず、あそこまでの動きをするとは、なんという子じゃ。ワシは、ワシは決めたぞ! あの子を、ワシの後継者にする! 孫にするー!」
「なにいきなり言い出してんのよあんたぁ!」
大叔父突然の絶叫に、流石の銀之丞も声をあげた。
自分で亡き者にしようと画策していたというのに、それをあっさりと覆し、あつい掌返しをおこなったのだから、銀之丞の絶叫も当然であろう。
「ちょっと大叔父様。いきなりなにを言い出しやがるの! あの子はアテクシのモノなのよ!」
「なにがモノじゃ! そんなのだから、お前はダメなんじゃよ! 貴様なんぞに次代の将来を任せていられるか! あの子は、ワシが健全に、そして人類の希望に育て上げる!」
「言ってくれるわねぇ。アテクシにぼっこぼこにされたくせにぃ!」
「そいつは大昔の話じゃろうに。じゃが、今のワシは違う。そう、これが、孫を手に入れたという気持ち。すなわち、愛!」
「あ、あーたが愛を語るなんて、五百年速くてよ! 唐突になにを言い出しやがってんですの!」
「ひーっひっひ。もう決めたもんねー。あの子はもう、ワシの後継者じゃもんねー。いずれは神代の名を継いでもらうんじゃー」
「そんなの、このアテクシが絶対許しません! 許しませんよー!」
「なんじゃと、このアホがぁ!」
「誰がアホですか! このボケェ!」
「なんじゃとー!」
「なによー!」
ぎゃーぎゃーと、大の大人二人が、そろいもそろって低レベルなケンカをはじめたのであった。
「……」
(本人もいないところで、勝手に変なことが進んでますねぇ。結局どっちも似たもの同士なんだから……)
そんなことを思いながら、オペレーターは、時計を見て、終了の時刻が訪れたのを確認した。
ゆえに、今回のイーター襲撃が、擬似イーターであり、抜き打ちの洗礼みたいなものだということを知らせる放送を、島一帯に流しはじめる。
神代学園に来て、最初の授業。イーターの怖さを知る、洗礼の儀式。それが、終わる。
こうして、入学直後の洗礼は、転んで怪我をした者はおれど、死者の方は、毎年どおり、ゼロの数で終わりを告げた。
──時坂廻──
「勝った。のか? 俺達は」
休憩している俺の耳に、そんな声が聞こえてきた。
どうやら、ゴーリキさんは、まだあのイーターが倒れたことに、実感がないようだ。
「うん。勝ったよ。なんとかね」
ゴーリキさんの疑問に、豊増が答えを返す。
「勝ったか」
起きたことに信じられないように、ゴーリキさんは、もう一度つぶやいた。
まるで、今の状態を、確認するように。
「勝ったかー! やったぜー!」
もう一度、同じ言葉をつぶやきながら拳を握り、ぐっとガッツポーズをとった。
大きな喜びを素直にあらわす。個人的に、見ていて凄く気持ちいいなあ。
「そんなことより、君は一つ反省をして欲しい。あの場であんな声をあげるなんて、時坂を殺す気なの?」
「んぐっ……」
でも、即座に水を差された。
シャッターを落とす前の、あの時の叫びについて、豊増から言及のお言葉が入る。
確かに、普通の戦いとかなら、とっても危険な一言だ。
人によっては、集中を乱して、致命傷をうけることもあるだろう。例えば、俺とか。俺とか。
でも、結果で見れば、あのタイミングは、かなりグッドなタイミングでの一言だった。
おかげで、一瞬イーターもゴーリキさんの方へ反応し、落下してくるシャッターへの反応が、一歩遅れ、両手の剣で斬れず、受けとめざるを得ない状況を生んだからだ。
確かに、確かにあの一言は、とても危険な一言だ。でも、あれがなければ、勝利へ届かなかったかもしれない。
だから、あの声に関しては、そんなに怒らないで欲しい。とは思う。
でも、次また同じように横槍的に声をかけられても困るから、ここは大人しく、反省してください。
俺は、ちゃんと感謝してるから。それだけは、知っておいて。ゴーリキさん!
ちなみにフォローして、君も君だとこっちに飛び火してくるのが嫌だとか、そんなヘタレた理由は欠片もないので、しっかりと心に刻んでおいて欲しい。絶対ないよ。絶対だよ。
「か、勝ったんだから、いいだろ」
やっぱり、思わず発してしまったとしても、後ろめたいのか、ゴーリキさんの声に力はない。
「確かに、勝ったし、彼もこうなることは読んでいた。でも、下手をすれば致命的な隙が生まれかけないし、こちらも危険にさらされる。今回は結果オーライだけど、反省はして欲しい」
「言いたいことは、わかる。だがよ。てめーはあの状態のプレッシャーを知らないからそう言えるんだ。俺の一投で、俺は廻を殺すかもしれなかったんだぞ。思わず口から漏れてもしかたねーだろ」
目をそらしながら、ゴーリキさんは言い訳を続ける。
確かに、仕方ないとも言えるなー。
「それによ。俺からも言わせてもらえば、お前も、無茶してあれに突っかかって行こうとして、廻に迷惑かけただろ」
「んぐっ……!」
ゴーリキ選手の、カウンター。これは決まったー。
そーいえば、言っても無駄だから、実力行使的に邪魔したっけね。ゴーリキさん、気づいてたんだ。
「あ、あれは。あれは……」
「あれは、んー? なんだってー?」
言いよどむ豊増をワザワザ挑発するように、聞こえませんよー。と言いたげに、手を耳にあて、頭を近づけるゴーリキさん。さすがケンカ慣れしている。カウンターを決めた後、一気に反転攻勢に入った。
「あれは確かに、僕が未熟だった。反省する。でも、それを君に言われたくはない!」
「それは俺のセリフだ。廻に言われんなら、反省するって正直に言える。だが、一緒に見ているしかなかったお前に言われるのが、気にいらねぇんだよ」
「それはこっちのセリフだよ! 見ていただけなら、君も一緒じゃないか!」
「あぁん?」
「なんだい? わずらわしい顔を、近づけないでくれ!」
どんどんヒートアップしてきた。二人はもう、オデコがぶつかりそうな勢いで、にらみ合っている。
「てめぇ、やっぱここで決着つけてやろうか?」
「いいかもね。今ならあのイーターのせいにも出来るし」
二人がにらみ合い、その視線の間に、バチバチと火花が散りはじめた。
元気だなー。俺っちはけっこー疲れたから、仲裁しないよー。
なんて、のほほんと見守っていたら。
はじめちゃんが、勇気を振り絞って、二人の間に割りこんだ。両手を広げ、二人の間を広げさせる。
そして……
「や、やめめくださいー」
……かんだ。
「……」
「……」
間に入った必死なはじめちゃんを見て、二人は動きが固まる。
しばらく、沈黙の帳が、舞い降りて。
「ぶっ」
「ぷっ」
二人はそのまま、噴き出した。
「やめろ言われたら、仕方ねぇ。やめるか」
「そうだね。やめよう」
ゴーリキさんが、間にはいて両目をつぶり、プルプルしているはじめちゃんの頭をぽんぽんと撫でて、豊増は彼女の肩を叩いて、俺の方へ歩いてきた。
はじめちゃんは、どうやら必死すぎて、自分の今の状態に気づいていないようだ。
二人が去り、誰も居なくなった場所でプルプルと両手を広げ、二人の間に立つ壁状態のままでい続けている。
もうそこに、二人はいないというのに。
なんだろうあのプルプルした生き物。なでくりまわしたくなるなぁ。
閑話休題。
「みんな、ご苦労さまー」
こっちへ歩いてきた二人と、ケンカが収まったのにまだ気づかないはじめちゃんへ、声をかけた。
俺の声を聞いて目を開いたはじめちゃんは、はっと現状を理解して、恥ずかしそうに二人のあとを追いかけてきた。
二人も、そんなはじめちゃんを見て、微笑ましい笑いを浮かべている。
三人そろって俺の方をむいたところで、俺は用意していた言葉を、彼等に告げた。
「三人ともありがとう。みんなのおかげで、なんとかなったよ」
そしたら、なぜか三人がぽかーんとした顔になった。
なんか、すっごく脱力してる。
「? どしたの?」
「い、いや。ちょっと予想外の言葉がきてな」
「うん。なぜ、君がそれを言うの?」
「うん。うん」
俺の疑問に、ゴーリキさんと豊増が力ない返事を返してくれた。
はじめちゃんは、力強くうなずいている。
「なんでおめーが感謝する必要があるんだよ。むしろ、俺等が感謝する方だろ。お前がいなきゃ、俺等は確実に死んでた」
「そう。僕達は、君のおこぼれを貰ったに過ぎない。君がいなければ、僕達に未来はなかった」
「うん。うん」
三人はなんかエラク俺に感謝しているようだ。
いやいや。俺は単に、何度も何度もやり直して、同じパターンになるよう、行動を繰り返していただけで、言うなれば、勝つまでやった。を実行したにすぎないんだから、その感謝はおかしいと思うな。
誰だって、同じ戦いを同じパターンで千回も繰り返せば、一回くらい勝てる形になるってもんだよ。
──この時俺は、生き残るために同じ行動をこなしすぎて、あれがどれだけ凄いことだったのか。というのが、全く想像出来ていなかった。
ゆっくりと煮えるお湯に入ると、熱くなっているのに気づかないというのと、同じような感じである。
だが、俺以外から見れば、この時俺のやったことは、いきなり煮えたぎる熱湯の中へ飛びこんで、しかも無傷で生還してきたという、なかば信じられないことをやってのけていたのだ。
その外から見た異常と、俺の認識の大きな違いに、この時の俺は、全く気づいていなかった。
だから、この言葉は……
「それは、君等がやったことも、同じだよ。みんながいたから、俺達はこうして助かったんじゃないか。だから、感謝するのは、当然さ」
……俺の、本心から出た、言葉だ。
なぜか三人は、また放心した。
やれやれと、呆れたように、三人で顔を見合わせている。
しかもはじめちゃんは、怒ったように顔が赤い。
なんだろう。俺、なにか変なこと言っちゃっただろうか。
「そう。か。なら、俺も言わせて貰うぜ。サンキューな。廻。お前のおかげで、助かった」
「そうだね。ありがとう」
「時坂君。ありがりゅっ……!」
……物理的に、かんだ。舌を。痛そう。
「ん。みんな、どーいたしまして」
ここで俺が、いやいや。俺には必要ないよ。とか言ったら、さっきの俺の言葉台無しだから、ここは素直に、受け取っておいた。
謝罪、感謝合戦はこんなもんでいいだろう。
ここはまだ、シェルターへの中間地点。
あんまりのんびりしていると、また別のイーターが出てくるかもしれない。
また千回ループは、御免こうむりたいからな。
俺は引き抜いたシャッター用のレバーを拾い、再びシャッターをあげるため、動きはじめた。
『ピンポンパンポーン』
唐突に、放送がスタートした。
何事か。と皆顔をあげる。
『ただいまの時刻を持ちまして、新入生歓迎抜き打ちテストは終了いたします。新入生は、付近の住民か、係員の指示に従い、港区、西公園まで集合してください。繰り返します……』
どこからともなく流れはじめた、この音声に、三人があんぐりと口を開け、トンネルの天井を見つめている。
俺は、ああ。やっぱりこれ、洗礼だったのか。と、一人で納得してうなずいていた。
『てゆーかこれ、どっきりYO-! みんなー。死ぬかと思ったかしらー!』
最後の声は、学園長のだった。
うん。この人をおちょくってあざ笑う感。間違いなくこれを主導したの、あの理事長だ。
俺は、確信した。
放送が、終わる。
「なっ、な……」
「え、え?」
「え」
三人が、虚空を見つめたまま、プルプルしている。なんというか、火山の噴火、何秒前って感じだ。
「なにいぃぃぃ!?」
「えええええー!?」
「えええぇぇぇぇ!?」
やっと事態を飲みこんだ三人の絶叫が、トンネル内に響いた。
どかーんと、大爆発である。
……理事長とか、どっかで見ていたりするのかなぁ。悪趣味だなぁ。
あ、でもそういえば、俺も驚く顔が見たいとか、おしおきとか理由つけて、この推理三人に話してなかった。俺もある意味、理事長のこと、言えない。
こいつは、困った。
「お、お前、まさか知っていたのか?」
一人冷静に、なにか納得している俺へ、ゴーリキさんが怒りの声をぶつけてきた。
「知ってたわけじゃないよ。薄々は感じてたけど。でも、確証はなかった。実際死に掛けたしね」
「うっ……確かにな」
トンネル内の戦いを見ていたから、ゴーリキさんはすぐ納得して引き下がってくれた。
あれはわりと、マジな戦いでしたからね。なんせ俺、千回くらい死んだし。
でも、これが洗礼なら、一つ疑問がある。
俺は、実際に、死んだ。
死んでないけど、死んだ。
これが洗礼なら、あそこで誰かを死なせるというのは、明らかにおかしい。
ワザとなのか、ミスなのか。
これはあとで、理事長あたりを問い詰めないといけないかなー。
でも、あんまり問い詰めない方がいいって、俺の本能が、言ってる。
なんか、背筋がぞわぞわして、危険だって。
……どうしよう。