表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/32

32

病院の売店でサンドイッチと缶コーラを買い、庭の木陰のベンチに航平と一緒に腰を下ろした。蝉があちこちでうるさく鳴いている。今日も三十五度近い夏日だ。

「しっかし暑いよなあ。東京の夏ってなんでこんなに暑いんだあ。・・ああ、今すぐプールに飛び込みたいよ」

だるそうにそう言い、航平はコーラをごくごくと飲んだ。薄い色のジーンズの上に白い無地のTシャツを着た彼はシャツの袖を肩の上までめくり上げ、足を組んでベンチの背の上に片肘をのせてその手をだらんと垂らしている。額には汗がうっすらと滲んでいる。

「おまえはまだましだよ。スーツなんて着なくていいんだからな」

脱いだ上着をベンチの背に掛け、Yシャツの袖をまくり上げながら達也は言った。

「そうだな。・・おまえも早く有名な画家になって、スーツなんか着なくていい生活しろよ」

達也はまた絵を描き始めていた。まだ勘は取り戻せず、なかなか思うように描けないが焦らないようにしている。描きたくなったときに描けばいい、そう自分に言い聞かせて。

「ばあか。俺の絵が売れるようになる頃はきっと定年になってるよ」

達也はサンドイッチの包みを外した。

「じゃあさあ、会社辞めて、俺のバー手伝えよ」

そう言ってから航平はどこか照れたようにふっと笑う。

「そうだなあ、それもいいかもなあ」

達也も笑って言うと、彼は何か言いかけたようだったが結局無言のままコーラを口に運んだ。

「なあ、航平・・」

サンドイッチをひと口かじり、達也は正面を向いたまま言った。

「ああ?」

だらけた声で航平が言う。達也が黙っているとぐいっと顔を向けてきた。

「・・おまえはさあ、俺のどこが好きなんだ?」

照れながら問いかけ、そして達也はもうひと口サンドイッチを食べた。

「え?」

「前にジュリアが俺に訊いただろ? おまえのどこが好きかって。俺はもう言ったんだからさあ、おまえも言えよ。じゃなきゃ不公平だ」

照れた笑みを隠すように反対側に顔を向けながら言い、にやけたまままたサンドイッチをかじる。

「そうだなあ、・・んー・・・」

航平はそのまま黙り込んでしまった。ちらりと横目で見ると彼はどこか前方の植え込み辺りに目をやりながら首を傾げ、眉を寄せている。

「なんだよ、そんなに考えなきゃいけないのか?」

「んー、どこが好きなのかなあ。・・おまえはすぐかっとなるし、すぐむきになる。・・早トチリばっかするし、嫉妬深い」

「なんだよ、それ」達也は苦笑した。

「部屋の片付けはできないし、・・それに料理はまったくだめだしな」

「もういいよ」

むっとして航平から身体を背け、残りのサンドイッチを口に放り込んだ。

「・・でもまっすぐで、・・ひたむきで、・・ナイーブで、・・・なんかほっとけない」

達也ははっとして膝の上の自分の手を見た。そこには航平の手が重ねらていた。さっと振り向くと、航平の笑顔がそこにあった。優しく微笑みながら達也の目をまっすぐに見つめている。

「俺もおまえと一緒にいると安心する。・・おまえは俺の一部だ。・・俺もおまえのいない人生なんてもう考えられない。・・・俺も、おまえのすべてが好きだ」

自分の顔にだらしないほどの大きな笑みが広がるのを感じた。

《ああ、俺はこの男が好きだ。・・愛しくてたまらない》

「なあ・・」

「ん?」

「一緒に暮らそうか」自然にその言葉が出ていた。

「え?」

航平の笑みが一瞬にして消えた。何度か目を瞬いてから組んでいた足を下ろし、腰をずらして身体を向けてくる。

「俺、おまえと一緒に暮らしたい」

呆気にとられているような表情で自分を見つめる航平に、いいか? と照れながら問いかけた。するとその口元がかすかに綻んだかと思うと、次の瞬間顔いっぱいに笑みが浮かんだ。

「あたりまえだろ?!」

心底嬉しそうにそう言うと、航平は達也の首に両腕を巻きつけてぎゅっと抱きついてきた。達也は一瞬唖然として固まった。だがすぐに気を取り直し、あわてて彼の腕から逃れようともがきだす。

「こ、航平! おい、何してんだよ。・・ここは病院だぞ。・・航平、人が見る!」

だが航平は達也をがっしりと抱いて離さない。

「航平! 暑いよ。・・離せ。・・おい、離せよ!」

「・・アイラヴユー」

達也ははっとして手を止めた。ふざけているのではない。航平は真剣だ。達也の肩に顔をうずめ、彼は震える吐息の中でもう一度言った。

「アイラヴユー」

航平のわずかに掠れた低い声が心地よく耳に響き、すうっと心に染み込んでいく。

と同時に途方もない幸福感に全身が満たされ、めまいにも似た感覚にとらわれた。

その瞬間時間が止まり、蝉の鳴き声も周囲の光景も消え去った。

心の底から求めてやまない男の存在が、彼の息遣いと肌のぬくもりが達也の全世界だった。

叫びだしたくなるほどの喜びに掻き立てられ、達也の両手はゆっくりと航平の背へと回っていく。

《・・愛してる、・・愛してる・・》

そしてその身体をしっかりと抱きしめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ